天ぷらと人狼の感想戦

苦贅幸成

第1話

「修学旅行は行くって言ってたのに、何で行かなかったの?」

 夜のリビングで、母が私にそう言ってきた。私は聞こえていたが無視した。中二の一月から学校行ってなくてもう半年経つのに、逆に何故行くと思ったのか。確かに行くって言ったけど、それはあんたらが圧力を掛けてきたから言わざるを得なかっただけだし。

「まあいいけど。最初から行かないって言ってれば、参加費の五万を無駄にせずに済んだのに。先生に聞いたら返金出来ないって言うし」

「…もう寝る」

「おやすみ」

 自分の部屋に戻ってドアを閉める。もう夜だけど、昼に起きたからまだ眠くない。父から無断で借りたノートパソコンで、オンライン人狼のサイトを開く。チャットで出来る無料のオンライン人狼は、一試合で一時間くらい掛かるし、部屋を立ち上げても人が集まらないこともままある。だから時間が溶ける。

 今日の私の名前は”芋天”。今日の夕飯に出てきたからだ。私は部屋に入る度、部屋を立ち上げる度に名前を変えている。

 “松村”という人が建てた部屋に入り、二試合やった。感想戦の後、私と部屋主の松村以外が部屋を抜けて二人になった。夜も更けてきたので人数が集まらず、そのまま雑談部屋と化した。これもままあること。

 しばらく話していて分かったことは、松村は大学生で、日本料理屋でバイトをしているらしいこと。人狼をやるのは久々らしいこと。

 松村:「芋天好きなの?」

 芋天:「そうだよ。今日も食べたし」

 松村:「天ぷら美味しいよな。醤油つけてさ」

 芋天:「天ぷらって天つゆかたまに塩ぐらいで、醤油って珍しくない?」

 松村:「普通だよ。うちの店でも醤油だし」

 芋天:「そうなんだ」

 そうなんだ…

 松村:「芋天って大学生?バイトやってるの?」

 芋天:「高校生だよ。バイトもしてるよ」

 松村:「へー、もっと若いかと思った」

 高校生より若いと思ってたなら何で大学生かって聞いたんだよって思ったけど、言わなかった。

 時刻は午前二時を回っていた。流石に話す話題も無くなってきて、自然とお互い落ちる流れになった。

 松村:「おつかれ」

 芋天:「おやすみなさい」


 ゲームは終了しました


 何のバイトしてるかって、聞かれなくてよかった。答えられないし。何で本当は中学生なのに高校生って嘘ついて、しかもバイトもしたことないのに。何でネット上の見ず知らずの人に見栄なんて張ったんだろう。いや、それは多分、松村が私よりも大人だったからだ。

 私は田舎の狭い範囲でしか今まで生きてこなくて、天ぷらに醤油をつけて食べるなんてこと考えもしなかった。だが、松村とその周りにとっては普通なのだろう。天ぷらには天つゆか塩、私が今まで常識だと思っていたことは、常識という名の偏見でしかない。

「常識とは十八歳までに身につけた偏見である」って、たしか誰か偉人の言葉であった気がする。誰の言葉かまでは覚えていないけど。

 …そういえば、修学旅行は東京だったっけ。まあ、今更考えても仕方ないけど。普段学校来てないのに旅行の時だけ来るのかよって、思われたくなかったし。そもそも友達もいなくて周りから白い目で見られながらだと楽しくなかっただろうし。だからわたしが後悔するべきなのは修学旅行に行かなかったことではなくて、もっと元の方の…。

 あああだめだ。今は醤油をつけた天ぷらが美味しいかどうかが気になって、それしか考えられない。

 もう寝よう。とりあえず、次に天ぷらを食べる時は醤油をつけて食べること。それだけは覚えておこう。

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天ぷらと人狼の感想戦 苦贅幸成 @kuzeikousei4

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