第9話 同期

「じゃあ早速だけド、案内しちゃオ。結構歩くかラ、具合が悪くなったら言ってネ」


 道は舗装されておらず、土煙が絶えない。すれ違う人たちは、ひとくくりに人間としていいのかわからないほどに多種多様だ。

 耳が長かったり、そもそも無かったり、羽が生えていたり、しっぽがあったり。

 松山さんは俺たちがこそこそと疑問を口にするたびに注を入れてくれた。


「あれこそかの有名なエルフだヨ」

「ドレイクは龍の末裔らしいネ」

「獣人はみんな優しいから安心しテ」


 と軽い調子で恐れを興味に変換させてくれる。


 学校指定の薬局と服屋を回り、昼は大橋大学の購買ガーデン支店なる店でサンドイッチを食った。なんの肉か、野菜かは不明だが、味は普通だった。


「じゃあ最後に、ガーデンキャンパスで同級生と顔合わせして終わりにしようカ」


 そのキャンパスは古城を改装したもので、海外ファンタジー映画っぽく見える。無闇に広い廊下に、誰の身長を想定したのかわからない高さのドアが続く。

 そのとあるドアの前で松山さんが足を止めた。どうぞと無言で促され、俺が当然のようにビビっていると、黒辻に肘でつつかれた。


(きみがいきなさい)


 目で訴えかけられると、もう行くしかない。静電気を怖がるように戸を押すと、これまた広々とした部屋である。


「ど、どうも」


 三人の、人間としておくが、前の方の席に等間隔で座っている。


「やあ皆さン。初めましテ。私は松山といいまス。よろしくネ」


 空いている席に腰を下ろす。不安と緊張が隣合わせにくっつく。突然に始まった授業のような彼女の立ち振舞いに困惑するも、義務のように拍手をした。


「やーやーありがとウ。超常生物探求コースの一年生諸君、それぞれのやりたいことや、将来の夢を応援しまス。きみたちの研究成果に、今のうちから期待しておきますのデ、一緒に頑張っていきましょウ」


 また拍手がおきた。先程よりも大きなものだった。


「そんじゃ自己紹介だけしちゃおうカ。この五人がいつものメンツになるのデ、がっつりいこウ。じゃあ、最初は」


 一番端のきみから。と俺が最後になるような順番になった。


「あの、カヤマ・シームーンです」


 起立したのは少年である。癖のついた赤毛を三編みにして、それが肩に乗っている。


「僕はウルハ人ですけど、あんまり戦いが好きじゃなくて、それがなぜなのかを知りたくて」


 つっかえながらそこまで話しきった。ありがとうと松山さんが着席させた。恥ずかしがりやで人見知りなのだろうカヤマを称えるような拍手が起き、彼を照れさせ、ここからでもわかるくらいに顔が赤くなっている。


(いいやつっぽい)

「一般的なウルハ人は戦闘狂なんて見方をされることが多いノ。でもカヤマくんみたいな人も当然いまス。あ、詳しいことは地域ごとの人種の講義がありますのデ、気になったら履修しておいてネ」


 次に立ち上がったのは細身の女の子だ。


「サナ・メッケルだ。エルフは力が弱いという弱点を克服するためにここにきた」


 以上。と座ってしまった。わかったのは、彼女はぶっきらぼうで、モデルのように綺麗だということ、それとエルフは力が弱いということだけである。


「素敵な目標ですネ。あなたが得るであろう力を、みんなで共有したりするのかしラ」

「当然だ。魔術と膂力を兼ね備えた新しいエルフで国を築く。それが最終目標だからな」


 壮大だ。しかも建国だなんて、まさにファンタジーである。


 最後の彼女は、目深なローブを被ったいかにも魔法使いという格好だ。


「クロス・ジュークでぇす。生き物が好きなので、図鑑とか出版するのが夢でぇす」


 間延びした音調が心地よいテノールボイスだ。顔は隠れて見えないけど、背格好は黒辻と同じくらいだった。


「次は私だ。黒辻真紀、ここではない世界から来た」


 これが普通の大学なら一発で変わり者と認定されるだろうが、それが真実なのだから仕方がない。


「ここに入った理由を述べるような流れなので言っておく。私はこのガーデンを広く認知してもらいたいと思っている」


 そして、と松山さんが何か言う前に俺を指さした。


「彼は銀城九郎という。私のツレだ」


 そんな紹介の仕方はないだろう。やるならもっと、うまいこと盛り上げてくれるとか、どういう人物なのかを語ってくれないと困るよ。

 だってほら、いやでもこうやって注目を浴びてしまうじゃないか。


「じゃあ銀城くン、どうゾ」


 苦笑する松山さんもフォローしてくれないし、黒辻はしてやったみたいな顔だし。

 もしかして、お前は元気だと言ったからそれを演出したのかな。だとすれば、俺たちの元気という意味に違いがある。


「あー、ツレの銀城です」


 愛想笑いもない針のむしろ状態だ。


「いやあ、みんなやりたいことがあってすげえと思う。だから俺もすげえんだ、だって夢があるから」


 盛り上げようと話を長引かせたが、教室は静かなままだ。


「……右も左も分からないので、どうぞよろしく」


 馬鹿馬鹿しくなったので席についた。すると黒辻が肘でつついてくる。


 目標、言え。口パクでそう教えてくれた。慌ててもう一度立ち上がり、


「そうだ、目標言ってない。不老不死になりたいです」


 響く笑声、エルフのサナだ。くすくすと笑うのはクロスで、カヤマはニコニコしながら拍手している。


「アッハハハ! 私よりも遠大なことを吐かす奴は初めてだな!」

「そ、そうかな?」


 無謀を誹るような嘲笑ではなく、やり甲斐を認めるような力強さがある。クロスもサムズアップをしているし、その奥でカヤマと目が合うと、小さく手を振ってくれた。

 俺のいた世界では荒唐無稽な妄想が、ここでは非常に困難であるという具合の可能性を持っている。それも希望のひとつだけど、同期、というのかな、その存在が嬉しかった。


 また黒辻が肘でつついてきた。何も言わなかったけど、横目と口角だけで褒めてくれた。ような気がした。


「はイ、自己紹介もすんだシ、オリエンテーションは終わりにしまス。あとは適当にダベるなリ、どこかで会食するなりお好きニ。かいさーン」


 ひどいオリエンテーションだ。サナがそう言って、まったくですねぇとクロスが同意する。それだけで大学生になった実感が湧いた。


「さっき松山が言っていた会食とはなんだ。私たちで飯を食いにいけということか」


 仕切り屋というかリーダーシップというか、サナにはそういうところがあると思う。俺たちを一人ずつ眺め、


「じゃあ街に出るか」


 と同意や意見を求めるのではなく、ほとんど強制のようにカヤマとクロスの肩を掴んだ。


「私はパスしまぁす。予定があるので」

「す、すいません。僕も、ちょっと……」


 すると黒辻に近づいて、


「どうだ異世界から来た者よ。お前は来るか」


 と、挑発するかのように言った。エルフの流儀なのではなく、多分、何事にもそうなのだろう。


「それともツレがいなければ何もできんのか?」

「あ、俺は行くよ。黒辻も行こう。なんか楽しそうじゃん」

「……私もそうしようと思っていたよ。断るはずがない」


 強気だが、俺が行かなければ断っていたはずだ。それを見透かしてか、サナは黒辻の頭に手を乗せた。


「とって食ったりしないよ」

「……絶対に食うなよ」


 噛み合っているようなそうでないようなやり取りがおかしい。ニヤニヤしていると、また肘で打たれた。

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