第5.5話 黒辻劇場の舞台裏

「銀城が、あいつの方から私を頼ってきたのです。日頃から仲良くしているし、ほら、私はちょっとアレな感じの性格だから」


 父も母も頑固が過ぎる。どうしてこうも頑なに一人暮らしを認めてくれないのだ。


「真紀、いくら銀城くんと仲がいいとはいえ、流石に面倒をかけすぎだよ」


 自分一人では生活がうまくいくはずがない。しかし一人暮らしはしたい、いやしなくてはならない。人の多い寮なんかで実験や研究が捗るはずもないんだ。


 だから銀城の助けがいる。とそう説明すればいいのだけど、私が何をしているのかを両親に告白することはできない。頭がおかしくなったと勘違いされても不思議じゃないから。


「いえ、銀城の方からせがんできたんですよ。お前の助けが必要だと。家まで探してくれました」


 貰った賃貸物件の資料と、写真(送ってもらったことにした)を見せると、なかなかの優良物件だったらしく、母は「あら、意外と」と手にとって眺めている。


「それにあいつは……家事もできるし、勉強も疎かにはしません」

「だから、迷惑をかけるものじゃないと」

「私が頼むならそうでしょうけど! 銀城が、私を、頼っているんです!」


 こんなこと言っちゃっていいのだろうか。すまん銀城、きっと謝る。


「でも、どうして銀城くんはそこまであなたに頼るの? だって、家事ができるなら家事のできない人に助けてなんて言わないじゃない」

「母さん、それは」


 そこを突かれると弱いんだ。

 どうしようかと、母さんの顔を窺うと、自分の母親ながら綺麗な人だと思考の逃避に陥り、しかしそれが閃きに変わった。


「それは、ほら、自分で言うのもなんですけど、ね?」


 頬に指をあててみる。彼女に似た私だ、きっとうまくいく。でも恥ずかしいから言いたくないので、これだけで察して欲しい。


「え、顔? 銀城くんってそういう風にあなたと遊んでたの?」


 ハマった! 全力で乗っかっていけ!


「えへへ。遊ぶというか、あの、なんていうのかな」

「つ、つきあって……ンン! 父さんはそんなこと聞いてないぞ」

「いいじゃないのお父さん。ねえ真紀、あなたが可愛いってだけで銀城くんは一緒にいたがっているの?」


 あれ、こんなところで人生初の恋バナするのか? しかも、嘘の恋バナの嘘のノロケを?


「……か、可愛いところとか、性格がいい、とか? それに元気で明るいところが素敵だって——」


 何を言っているんだ私は! 話を盛り過ぎているぞ! やめておけ!


「それに! 紋付袴の姿も綺麗だし似合ってるって! 言ってた! 銀城が言ってました!」


 ああ! 口が止まらん!


「あとはあとは?」

「大学のことを教えてくれたことも生涯忘れないって! 一人暮らしくらい俺が手伝うって!」


 それって。と父さんが呟いた。


「いずれ……ど、同棲するって、そういうことか……?」


 この発想の飛躍は一人暮らしを認めてもらうチャンス(としておく)でもあり、相当に危険な橋を渡ることにもなる。


「彼はそのつもりです!」

「きゃー! 真紀ちゃんもやるわねえ。銀城くんってあなたのことただの友達としか見てない感じだったけど、大胆なところもあるのねえ」


 その通りただの友人だと思う。しかしすでに流れに乗ってしまっている以上、この嘘を貫き通すしかない。


「ねえねえ、もうアレはしたの?」

「母さん! そこまで……そこまでに、今は——」


 父さんのあんな顔は初めて見た。寂しそうだけど、今はそれどころじゃない。


「予行! つまり予行練習です! 何事も経験ですので! ぜひ一人暮らしを認めてくださいお願いします!」

「そういうことなら私はオッケーよ。ねえねえ真紀ちゃん、もっとお話きかせて頂戴。お母さんね、あなたにそんな人がいたなんて知らなくて。銀城くんって格好いいし爽やかだし、いい子よねえ。ご飯もたくさん食べてくれるし、その上礼儀もバッチリだもの」

「あ、あはは。そうですよ。私が認めた男ですので」


 すまん銀城。いくらでも謝る。だから私はこの嘘で一人暮らしの権利を勝ち取るぞ。


「あ、父さん。それで、認めてくれますか」


 意気消沈する父とクラスメイトのようにはしゃぐ母。このコントラストは見るに耐えない。


「まずは銀城くんを家に連れてこい。話はそれからだ」


 あ、まじでやばい。何がやばいって一人暮らしとかじゃなくて、これじゃ結婚の挨拶みたいじゃないか。嘘で恋人のようにしてしまったが、彼の人生をそこまでめちゃくちゃにするつもりはないんだ。


「お父さん? あなたの時を思い返してご覧なさい。私のお父さんにぶん殴られて嫌な思いをしたでしょう? 今の子にはそういうことは厳禁よ」

「殴らない。でも」

「様子を見ましょうよ。私も銀城くんとお話ししたいけど、そこは真紀ちゃんのタイミングもあるでしょう」


 すごいぞ母さん。そのまま丸め込んでしまえ。……父さん、殴られたんだ。知らなかった。


 いやいやそんなことはどうでもいい。ここで私が援護しなくてどうする。絶好のチャンスだ、ここで叩く。そして勝つ。


「ゴールデンウィークには帰ってくるから、その時に連れてきますよ。でも、付き合っているとかそういうことは言わないでくださいね。彼が緊張してありのままを見せられなくては困りますから」


 もうすでに嘘の地層が出来上がっている。怖いものなんてないんだ。


「信頼してるのねえ」


 その一言で父さんは折れた。肩を落とし、冷蔵庫からビールを取り出して寝室に戻った。リビングから出る時に、


「一人暮らしで困ったことがあればいつでも言いなさい」


 と呟いた。涙声だった。


(やったぞ銀城! お前のおかげだ!)


 狂喜乱舞という心境だが、私も早々に部屋に戻らなくては。このままでは母との一問一答が始まってしまう。


「ねえ真紀ちゃん。銀城くんって」

「母さん、私もそろそろ部屋に。由香ゆかにも家を出ることを伝えないといけませんので」

「そんなのいつでもいいじゃない」


 付き合っていられない。創作のノロケ話は惨めになるだけだ。


「……やつと電話をしますので」

「素敵! 行ってらっしゃい!」


 ここにきて身内の制御方法を知るとは思わなかった。うまく使おう。


「あれ? 由香ちゃんもいるのに電話するの?」


 妹との同室を初めて恨んだ。が、我ながら機転のきく頭、というかこの短時間で誤魔化しの技術があがったな。


「ではメールで」

「青春ねえ」


 さて、整理してみよう。

 銀城は私に惚れていて、同棲も考えていて、私も満更でもない。そういう状況なわけだ。入学して一ヶ月くらいで彼を家に招き、そして当たり障りのないことを言わせるか、もしくは好きになっている状態にしていなければならないのか。


(好きになれ。と言うわけにもいかないな。そもそも言えないよ)


 部屋で由香が筋トレをしている。私に似ている顔立ちだが、性格は対照的である。


「姉さん。どうでしたか」

「認めてもらえたよ。これからは部屋を広く使えるぞ」

「狭くても姉さんと一緒がいいなあ」

「来年は由香も一人暮らしをするかもしれないよ。今のうちから慣れておかないと」


 姉としてしっかりしたところを見せたい。でもさっきまでやっていたことはほとんど詐欺である。これではいけないと思いつつ、銀城に謝らないといけないと思いつつ、しかし今は一人暮らしを勝ち得た喜びに浸ろう。

 オカルトを広めるための第一歩を踏み出したのだから。

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