第2話 似合う似合わぬ紋付袴

「準備はいいか、銀城」


 面接当日のことである。彼女は凄まじく気合いの入った出立で待ち合わせ場所に現れた。


「忘れ物はないが緊張している。で、お前のその格好はなんだ」


 いつもの藍色のリュックサックはいいとして、紋付袴で受験にきやがった。鉢巻は無地だからいいというわけでもないし、雪駄なんて初めて見た。


「インナーも着てるし腹巻もあるから寒くないんだぞ」

「見てるこっちが寒いよ。マフラーとか手袋とかはどうした」

「それがね、まったく冷たくないんだ。昔から冬には強かったが、ここまで低温に鈍感だとは我ながら異常じゃないか?」

「そうだな。でも似合うよ」


 国際異能研究所付属大橋大学の不思議町ふしぎちょうキャンパスがそれにあたる。

 俺たちの学部、超常生物学部もここにある。面接会場までは案内板があるが、手書きであり、書道経験有りというような達筆である。


「ふむ、それでは行こうじゃないか。普通は緊張するだろうが、どうも興奮するね」

「びびるよりそっちの方がいいよ。いいところ見せた方が有利だろうし」


 お前は元気が取り柄だからな。そう言うと、彼女は首を傾げた。


「そうかな? 根暗だぞ、私は」

「俺よかずっと元気だよ」


 何せ彼女のその元気が俺をここまで連れてきたのだ。もちろん根暗な部分はあるけど、どこかポジティブでもある。そういうところが影響しているのかどうかはわからないけど、大学受験に紋付袴でやってくるからにははただの根暗ではないだろう。


「そうか。なら今度から自己紹介するときは根暗であるとは言わないでおこう」

「言ったことないじゃん」

「まあね。ともかくだ、中に入ろう」


 正門の前で話し込んでいたのに、後から来る人はいなかった。どちらからこの門を潜るのかでアイコンタクトが行われたが、


「俺が踏み込むべきだ」


 と、どこからか湧いた冒険心が足を動かす。


「べきであるかは置いておいて、男は度胸という言葉はあるからね」

「たかが面接だ。このくらい簡単だって」


 と軽口を叩いたが、我々はセンター試験を利用していないため、入学できなければ浪人も覚悟しなければならない。そういう不安をごまかすためにも、やはり度胸で立ち向かわなくてはならない。


 あちこちに受験生を導く立て看板が設置してあり、迷うことなく会場に到着した。待合室には数人いて、そこから名を呼ばれて個室に入るようになっている。


「おい銀城」

「わかってる。でもじろじろ見たら悪いだろ」


 椅子が不必要なほど多く並べられているのだが、まばらな受験生たちはみんな、なんというか、奇抜だった。


 犬か猫のように頭に耳がついている者。トカゲのような頭をした者。背中に羽のある者。そういう人たちが普通にスマホをいじったり、カンニングペーパーを暗記したりしている。


「見るも何も、目に入ってしまうじゃないか」

「格好でいえば、お前が一番目立つよ」


 彼ら彼女らはどこかの制服だったり普段着で面接を受けるようで、黒辻のような気合いの入り方はしていない。不安を取り除くため隣同士で座ってはいるが、


「お前も制服でよかったんじゃないか?」


 と若干の恥ずかしさが込み上げてくる。


「似合ってないかな」

「そうじゃなくてさ」


 さらりと似合うと言えれば格好良かっただろうけど、照れて何も言えなくなった。二の句を探していると黒辻の名が呼ばれた。


「呼ばれたな。行ってくるよ」

「が、頑張れ」


 チープな声援に彼女は微笑み、袖と裾にまで気合を漲らせ個室へと消えていった。


 それから二十分もすると別な人が呼ばれ、どんどん待合室は寂しくなっていく。俺は一番最後に呼ばれた。


「銀城九郎さん、こちらに」


 ずいぶんと若そうな女性だ。もしかすると生徒かもしれない。パンツスーツは珍しくないけど、それだけで大人っぽいと思えてしまう。

 それにしても家族以外から名前を呼ばれるのも久しぶりだ。祖父が名付け親で、当時飼っていた犬がシロといったから、俺はクロになった。爺さんはシロを溺愛していたが、その愛をすべて傾けるように赤ん坊の俺を愛した。


「はい」


 と声が裏返った。緊張するのも仕方がない、こんなの人生で初めてのことなんだから。


 失礼しますと入ってみると、二人の試験官が長机に並び、さっきの女性が後ろに控えた。


「銀城九郎さんですね」

「は、はい! 本日はよろしくお願い致します!」


 両親からはとにかく元気でいけとアドバイスを貰っている。忘れがちだがあの人たちは人生の大先輩だ、従っておけ。

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