二次会③
樹が陽子に翻弄されている頃。
一方で男性トイレ入り口前に、幸雄と彰、敏哉に透が集合していた。声をかけたのはもちろん幸雄である。
「何だよ、男四人突然席を外したら、変に思われるだろうが」
透が言うのも一理ある。
だから幸雄は早急に、ある計画をこの三人に打ち明けなければならない。
「悪いね、みんな。ちょっとした計画があるんだよ」
不敵な笑みを浮かべる幸雄。
敏哉達はあまり見せることのない幸雄のそんな表情に、若干引き気味である。
しかし同窓会当日より一か月前に、幸雄は三人個々に、事前にLINEメッセージを送っている。
平野幸雄
協力してもらいたい事がある。
単刀直入に言えば、川瀬樹と天野陽子。
この二人を二次会以降に二人きりにしたい。
その為に村上敏哉。藤枝彰。梨田透。
この三人に協力してもらいたい。
詳細は当日の一次会、もしくは二次会で。
因みに他言無用でお願いします。
「ゆっきー、一体何を考えている?」
「何かすんだべか?」
「ていうか早くしろよ」
三人は口々に言う。
「一つだけ確認を。今日まで誰にもメールの内容を漏らしていないよな?」
幸雄は呼び出した三人に確認を取る。
「前置きが長ぇな」
敏哉は早く戻りたくて仕方がなかった。
「話の長いお前に言われたくないよ。ていうか話の腰を折らないでくれって」
「悪かったって。何だかさっぱり分からないけど誰にも言ってない。それは誓うよ」
「メールの内容にはビックリだったけど、ゆっきー、何を企んでる?」
透が目を光らせる。
「透も漏らしてないよな?」
「俺かい! 誰に言うんだよ、こんな事。誰にも言う訳ないだろう」
「そっか、それじゃ彰。お前は……言う訳ないよな。ある意味自由人だから言うはずがないもんな」
「メールが来た時んは、驚いたっけ。んでも言ったところで誰が得するんだぁ? したっけ誰にも言わねえべ」
どうしたらそういう方言、訛りになるのか分からない独特な言い回しで、彰は幸雄に誓った。
「でもよ、何で樹と天野を二人きりにさせたがるんだよ?」
敏哉が疑問を投げかける。
「そうだよ。もう二十四年も経っているんだぜ? あの二人、何かあるのか?」
透が幸雄の顔を覗き込む。その距離が意外と近かった。
「いや、近いって。実はさ、樹、中学卒業間近に天野さんに告ってんだよ」
幸雄の告白に、三人は目をそれぞれ丸くするしかなかった。
「マジか!」
「本当け? それって」
「あの気の強い天野に? いやー、樹も物好きだなぁ」
三人とも信じ難い事実に、少々困惑している。中学時代の天野は、結構男勝りな性格をしている印象が強かった。
特に敏哉は男子バスケ部部長だった為、よくコートの取り合いで陽子とぶつかる事も多かった。
透も陽子と、あまり会話をした覚えがないが、『男勝り』というキーワードが当てはまるイメージが強かった。
彰はよく陽子から『梅安』と言われ、弄られていた記憶が強い。
端的にこの三人の、天野陽子に対する印象は、あまり良ろしくない。
「彰はよくあいつに弄られまくってたよな。そういえばさ、今更なんだけど『梅安』って何?」
透が彰に尋ねる。
すると敏哉が割り込んで、
「中学ん時、時代劇ドラマでやっていたんだよ。『藤枝梅安』ってドラマが。その主人公が丸坊主でさ、いや剃ってるって言った方が正しいか。当時の彰の髪型は丸坊主だったじゃんか。んで苗字が『藤枝』だろ? 丸坊主ってだけで、誰かが言い始めたんだよ。誰が言い出しっぺかは分からないけど。あっという間に彰のあだ名として学校中に広まった気がする」
「なるほどねぇ、それで『梅安』かぁ」
透は腑に落ちた様に頷く。
「だな。誰が言い始めたのかは覚えてないなぁ。一体誰だったんだろうなぁ?」
三人の話の論点がズレてきた。
「あのぅ…」
幸雄はか細い声で割り込む。
「話が樹、天野さんから、かなりズレてきてるんだけど、戻していいかな?」
「あ、ごめんごめん」
幸雄は仕切り直して、
「この同窓会で、絶対に樹は天野さんを気にしていると思うんだ。あいつ、ああ見えて意外と純情な奴だから。そこで俺が考えた事なんだけど……」
幸雄は三人に近づき小声で何かを話す。
話し終えると、敏哉が、
「乗った。面白そうだから。上手くいけば良いけどな」
透も、
「女性陣は俺に任せろ。何とかしてみせるから」
『梅安』こと彰も、
「樹には世話になったっけ、協力するべ。透と一緒に女性陣は任せとけぇ」
と、独特な訛りで答える。
「頼んだよ、俺、このまま帰るからさ」
「えっ? 帰るの?」
透が素っ頓狂な声を上げる。
「新幹線もギリギリだし、これを逃すと帰れないから」
腕時計を見ながら幸雄は言う。
「そういえば樹も新幹線だろう? あいつも気にしているんじゃないか?」
敏哉が思い出した様に口にした。
樹と幸雄の自宅は意外と近い。近いといっても県を跨(また)ぐ事には変わりはないのだが。
「そこは大丈夫。これ見てくれ」
幸雄はポケットからもう一つ、腕時計を取り出した。
「これって…」
三人は何も言えなかった。
「俺を誰だと思ってるんだ? 中学の時によくやって見せただろう? マジックをさ。それを応用して、樹の腕からスリました」
満面の笑みを浮かべる幸雄。
実は幸雄は指先が器用で、マジックにハマっていた事がる。それをクラスメイトに披露し、人気者になったという経緯がある。
その指先の器用さで現在のデザイン事務所を立ち上げるキッカケにもなっている。
「そこまでやる?」
透が幸雄に突っ込む。
「やるよ。失敗したくないもん。それにスマホも、今はハンガーに掛かっている樹のコートの中だから、時間なんて分からないはずだよ」
幸雄のその満面の笑みは変わらない。
「まさか…」
敏哉の予想はその通りだった。
「もちろん、やりました」
悪びれる事もなく、平然とポケットから樹のスマホを取り出す。
「あのさ、ここまでくると、悪戯通り越して犯罪にならないか?」
敏哉はさっき約束した事を少し後悔し始めた。
腕時計にスマホ。それが幸雄の手の中にある。
ここまで来ると度が過ぎていると感じ始める。
幾らクラスメイトとはいえど、やり過ぎだ。
しかし幸雄は急に敏哉の肩を掴んだ。
「頼むよ、村上。そんな事言わないでくれ。ただ俺は樹が幸せになって欲しいだけなんだよ。だからここまでして、年には念を入れているんだ。頼むよ! っていうかお願いします!」
幸雄は三人に頭を下げた。
敏哉達は困惑した。
ここまでするには何か訳があるはずだ。その理由を彼らは全く聞いていない。
メールでのやり取りで理由を聞いても、それは答えられない、と押し問答の様な状態になってしまう。
敏哉は思った。
幸雄と樹は昔から今に至るまで仲が良い。だからこそ俺達に言えない何かがあるんだろう、と。
透は思った。
いつも樹は仏頂面だから、何を考えているか分からない。しかし幸雄が頭を下げる事までしているのだから、何も聞かない方が得策だろう、と。
彰は思った。
幸雄がそう言ってるんだから、別に深く追及さ、する事もないべ?
『梅安』こと藤枝彰は昔から深く考える性格ではなく、かなりマイペースな男だった。
「分かったよ、深くは聞かない。ゆっきーがそこまでするんだから、思うところがあるんだろう? 喜んで協力させてもらうよ」
敏哉は幸雄の肩を叩く。
「だな。樹だっていい大人な訳だから変な気も起こす事ないだろう」
透が意味深し気な事を言う。
「んだんだ。だから頭上げてけれ」
独特な喋り方ではあるが、優しく言う彰。
「んで、どないすんだ? 帰るか?」
「もう任せて大丈夫か? くどい様かもしれないけど」
すると三人は黙って頷いた。
「ありがとう、恩に着るよ。それじゃ樹にバレない様に帰らせてもらうわ」
「それじゃあ荷物とかコート、バレない様に各自、運んでこよう」
それぞれ幸雄を残してテーブル席に戻っていった。
幸雄は樹からくすねた腕時計を見ながら思った。
天野さんだったら、お前の事ちゃんと受け止めてくれる。
そして樹も天野さんをちゃんと受け止められる。
大丈夫だよ、クラスメイトだったから良い所も悪い所も互いに知っている。
天野さんだって樹に対して特別な感情が芽生えた感覚があるはずだ。
だから安心していい。
全ては上手くいく。
余計なお世話って言ったらそれまでだけど、散々な半生だったのだから、残りの半生は幸せになっても良いんじゃないか? 俺は樹に救われた。
今度は俺の番だ。だから悪く思わないでくれな。
そうこうしているうちに、三人がそれぞれ幸雄の荷物を持って戻ってくるのが見えた。
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