天野陽子③

 単位が取れずに留年が確定した私は、そのまま誰にも相談せず自主退学をした。

 突然退学した事で、実家からの連絡が絶えなかった。

 それを無視して私は友人の家を転々としていた。

 とにかく早いところ、仕事を探さなければと思っていた。アパートを借りるにも、当時は本当にお金がなかった。

 だから何でもいいから、アルバイトをして稼がなければいけなかった。

 就職活動も考えたが、私が大学で学んでいたスポーツ選手などの身体のケア、整体などを通して卒業後は個人で店を開くことを目標にしていた。

 その思いが強かった為就活はせず、アパートを借りる為にアルバイトを掛け持ちする事をまず前提としていた。

 だからその間は友人の家を転々として生活をしていた。友人の都合が悪ければ、また違う友人の元へ泊る。それの繰り返し。

 当時は三~四つのアルバイトを掛け持ちしていた事もあった。正直しんどくて、実家に帰ろうかと思った事もある。だけど、留年してしまった後ろめたさと退学した事、そして変に負けず嫌いなところが災いし、実家に帰るという選択肢は『逃げる』、という意味にしか繋がらなかった。

 友人の家を転々としている中には、男友達もいた。

 泊めてあげる代わりに、やっぱりすることは一つだった。

 異性の家に泊めてもらうのだ。

 その時からだろうか、初めて私は男性は女性をそういう目でしか見ていない、と心底思ったのは。泊まったら一晩、絶対服従。相手がして欲しい事を逆らってはいけない。泊めてもらっているのだから。しゃぶれと言われればその通りにするし、上に乗っかって腰を動かせと言われればその通りにする。男性に対して既に偏見を持つ様になっていた。

 そんな生活をして一年弱、やっと資金が貯まりアパートを借りる事が出来た。

 この生活から抜け出せることに喜びを隠せなかった。

 そして運の良い事に、アルバイトから正社員に昇格した。

 職場はスーパーの事務員だった。それでもやっとこれで、落ち着いた生活に戻れると胸を撫で下ろした。

 スーパーの正社員になれたのはいいが、流石に事務は私のしょうに合わなかった。

 どちらかといえば身体を動かしている仕事の方が、働いている実感があったからだ。それでも就職出来たのだから、我儘をいうのは失礼だ。こんな私を拾ってくれただけでも、有り難いと思わなきゃ。

 それから一年が経った。結局事務の仕事に限界がやってきて、店長にレジ打ちでも、品出しでも何でもいいからやらせて下さい、と私は直訴した。

 店長は最初、驚いてはいたが、

「君は変わってるねぇ。事務の方が楽なのに。まぁ、それでも良いけど、パートのおばさん達とは仲良くしないと駄目だよ」と、許可をもらう事が出来た。

 私はレジ打ち、品出し、棚卸しなど何でもやった。

店長に聞いたら、普通はそこまで出来ないよ、というほど機敏に正確にこなしていた様だった。パートのおばちゃん達とも簡単に打ち解けて、可愛がられ、とても良くしてくれて親切だった。

 元々身体を動かしている方が好きだったから、仕事を覚えるのも事務に比べたら、とても早かったに違いない。

 私にとっては、この職場はとても環境に恵まれていて、やり甲斐がある楽しい職場だった。

 仕事が楽しいと思ったのは、この時が初めてだった。

 結局、何だかんだと私は、そのスーパーで十年以上働いていた。

 気が付けば、もう三十半ば。

 おばちゃん達からは、良い相手がいないの? と心配され始めていた。

 良い人なんか、いる訳がない。

 それもそのはず、私は過去の過ちから男性不信になっていた。世の中の男性の殆どが、『ヤれればいい』と、私自身が思い込んでいるからだ。

 店長は男性だけど、五十過ぎたおじさんだったから、私からしたら『お父さん』ぐらいの年齢にしか見えないし、男性としても意識していなかった。

「お見合いでもしてみる?」

「ウチが入っている保険屋さんの知り合いなんてどう?」

「ウチの親戚の子供なんてどう? 次男坊だから文句ないでしょ?」

 いつの間にかパートのおばちゃん達から、有り難いお節介を受ける様になっていた。

それでも丁重にお断りをして、今のままで十分ですから、と私は答えていたと思う。

「勿体ないのにねぇ、性格も良いし、綺麗なのに」

 その言葉は私にとって、もっとも言われたくない言葉だったりもする。

 そのせいで、変な男達に私は引っかかったんだと思うから。

 結局、自業自得であっても私の経験上、男性は女性を性の捌け口にでも思っているんじゃないか、という偏見が根強く心の底に残っている。


『好きな人と付き合い、好きな人と結ばれ、好きな人と幸せな家庭を築きたい』


 いつかの私の夢はもうかすんでいって、いつの間にか忘れてしまっていたかの様に思っていた。

 きっとこの先、良い出会いがあったとしても、私はきっと相手の事を汚い目で見ると思うから。まるで汚物を見るかの様に。

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