天野陽子の章
天野陽子①
店の入り口に掛けてある札を「営業中」から「休憩中」へとひっくり返す。そして昼休憩に入る。これが私のいつもの日課のひとつだ。
私は実家の隣街で、四階建ての一階に小さなマッサージ店を経営している。
整体師の資格を取ったのは三年前、二年ほどチェーン店のマッサージ・リラクゼーションの店舗に務め、資金を何とか確保し、内装は殆ど手作りの自分のマッサージ店をようやく持つ事が出来た。
マッサージ店兼自宅でもある。
店内は約十四平米、自宅も十四~十五平米ほどのワンルームで、店と自宅を完全に分けた状態にしている。
だから二階から四階はどこかの会社の事務所が入っていたり、小学生から中学生を対象とした個人塾が入っていたりしている。
私ひとりで経営しているから、完全な予約制。
それでも駅から近い事もあり、営業時間も日にもよるけど朝は九時から十二時まで。
午後からの再開は十五時からで閉店まで十九時~二十時の間までお客さんのニーズに合わせて営業している。
特に夕方から閉店までは、予約がいっぱいだ。
会社帰りのサラリーマンやOLが帰りがけに立ち寄ってくれる。その日一日の疲れをほぐしていきたいのだろう。
固定客もすぐに付いた。
開店当初はまばらだったがある日、産後で骨盤が戻らなくなってしまった女性がやってきた。私は施術を数回にわたって行ったのだが、その女性が産後の定期健診でレントゲンを撮ってもらったところ、骨盤が元に戻っていたと感謝された。これも先生のおかげだと。
ここから常連客になってくれて、口コミであっという間に広がり、地元のタウン誌に掲載されるほどの人気店になった。
普通なら素直に喜んでいいと思う。
だけど私は素直に喜べない。
昼食を取っていると、久しぶりに森山未希から同窓会開催と、グループLINEが添付されたLINEメッセージが届いた。
旧姓は東山だったから、「東から森に変わっただけなんだけどね」って結婚式に出席した際に、そんな事を笑って言ってたっけ。ブーケも私が取ったし。そのブーケを取って早数十年、私はまだ結婚していない。
やっぱりあれは迷信だ。
若ければ若いほど迷信に
そんな事を思いつつも、同窓会が開かれると分かったら、楽しみで仕方がなかった。
中学の思い出をいっぱい話せる良い機会だから。
あの頃が今までの人生の中で、一番楽しかったかもしれない。
他は楽しくなかったのか、といったら嘘になるけれど、それぐらい中学時代は思い出が溢れている。女子バスケ部に所属していた私はレギュラーに抜擢され、地区大会で優勝、二年生で部長になって県大会に出場を果たしたことがある。
もしかしたら私の人生のピークは、この小さな思い出で終わってしまったのかも。
サラダを頬張りながらそんな事を思ってしまう。整体師の資格は大学で取れていたはずの資格だ。それを三年前に取得している。それが何もかもを物語っている。いかに私が愚かである事を。
どうしてこうなってしまったのか、いつから間違えてしまったのか。
どう考えても、答えが見つからないでいた。
裏口からドアを叩く音。
逆らう事の出来ない音。必ず出なければいけない音。
私はドアに向かい、開けてしまう。
「お疲れ様、天野さん」
その言葉がまるで
目の前にいるのは、ここの大家の西山という五十代の男だ。
この敷地だけではなく他にも土地を持っており、売ったり貸したりして悠々自適な生活をしている。
だがそれは先代が行っていた話であって、この男が開拓した訳ではない。先代が亡くなり、母親も早くに亡くしている為、一人っ子であった彼が遺産を引き継いだ途端、今まで勤めていた会社を辞め、今では土地代、家賃収入だけで生活している。別にそうやって生計を立てている人もいるから一概に否定は出来ない。だがこの西山という男はその中でも圧倒的なクズだ。
一年前。私が店舗兼住宅となる物件を探している時に、不動産会社から今の場所を紹介された。二階から四階は完全に事務所の様な作りになっているのに対し、一階は居住スペースがありながらも、平米は多少狭いが、個人経営が出来るスペースは十分確保が出来ている。内覧した限りでは私自身、十分な広さだった。
問題は家賃だった。私が想定していた家賃より少々値が張った。
内覧中ここにしようか迷っていた時に、そこの建屋の大家である西山が現れ、不動産屋に口利きをしてくれた。
土地も建屋も西山が所有しているらしく、
「これからここで店を開くっていう方が現れてくれたんだから、そこは何とか勉強出来ないかね?」
と、不動産屋に詰め寄った。
中々この建屋の一階には、人が入らないらしく西山も困っていた様だった。
そもそも家賃が高すぎると、不動産屋に詰め寄る場面もあった。
結局不動産屋が折れるような形になり、私はここで店を開ける事になったのだ。
だがそこまでなら良かった。
ある日の休憩中。西山がここに訪れてきて突然、私を犯した。
再開ギリギリの十五時まで何度も何度も。
そして犯している最中に西山は耳元で言うのだ。
「誰のおかげで格安でここに住めると思っているんだ? その分、身体で払ってもらうのが筋ってもんだろう」
私が馬鹿だった。
よくよく冷静に考えたら、話が上手く出来過ぎている。
後から分かった話だが、西山という男は先代が残した土地を上手く貸したり、売ったりなどをして、あぶく銭というほどの財産を持っており、不動産屋さえも黙らせるぐらいの横暴な人物だった。
何かあれば金で解決しようとする意地汚い男だったのだ。
私自身は店の開店準備の資金で底がつき、閉店する事も出来ず、引っ越しする事もままならない。泣き寝入りするしかなかった。
そんな行為が週に二~四回。
休憩中でも、営業時間が終わってからも。私を徹底的に弄んで帰っていく。
酷い時は定休日の丸一日、西山に犯され続ける。
店を開いた結果、私はこの目の前にいる男の性奴隷に成り下がった。
私は西山を招き入れるしかなく、そのまま自宅に入れ、ドアを閉めた。
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