平野幸雄の章

平野幸雄①

 仕事の途中だったが、LINEの着信があった。

 内容は同窓会の出欠確認だった。

 俺は正直迷っていた。


 大学在学中に、友人達と立ち上げたデザイン事務所。

 不景気、格差社会といわれる昨今、何とか生き残って倒産するどころか、正直軌道に乗り続けている。会社立ち上げ直後に、友人の一人が工業デザイナーとして、賞を受賞してからじゃないかと思う。

 そのおかげか工業デザインだけではなく、書籍のカバーデザイン、各賞のトロフィーなどのデザインまで、依頼が絶えなくなっていた。事務所を立ち上げて、もう今年で十八年。下がるどころか、右肩上がりで業績は良い方だ。

 社員も創業時は三人から始まったのに、十八年も経つと数百人という具合に変化を遂げていった。これから新事業も立ち上がる。

 友人の一人が社長、賞を受賞した友人は現役のデザイナー。そして俺はデザインプロデュースという役職に就いている。デザイナーと顧客を繋げるパイプみたいなものだ。その総指揮を取っている。

 仕事も充実しているし、完全週休二日制。保険も完備。働き方改革も存分に取り入れ、最近では在宅ワークも積極的に取り入れている。

 勿論、社員達からのアイデアも取り上げて吟味して採用している。

 辛い事がなかったと言えば嘘になるが、それでもこの仕事に誇りを持ち、何より自分達が行っている仕事が好きだ。

 結婚もし、子供にも恵まれて、どこからみても『成功者』に見えるかもしれない。


 つい先日の事だった。

 中学からの親友、川瀬樹かわせいつきと一年ぶりに飲みに行った。

 俺は久々の再会という事もあって、お互いの近居報告を肴に美味しい酒が飲めると勝手に思っていた。

 だが現れた樹は変わり果てていた。

 俺の知っている樹じゃない。

 外見も内面も。元々樹は寡黙で無駄口が少なく、あまり冗談なども言う方ではない。

 しかしそれは他人の前だけであって、俺の前では饒舌に会話をする。

 アルコールが入っていようがいまいが関係なくだ。いつだって樹は俺の前では本音で語り、冗談を言い、笑って話す。唯一無二の親友。

 それが頬がこけ、目の下には隈ができ、まるで窪んでいるようにも見え『本当に彼が川瀬樹なのか?』と思ってしまうくらいだった。あまりの変わり様に一体何があったのか? と思ってしまった。

 俺と樹は境遇がよく似ている。

 俺の両親は離婚。

 父親に引き取られ毎日虐待を受けていた。

 対する樹も虐待を受けていたが、外的と内面による虐待を受けていた。

 この事を中学三年当時の担任、中川先生は知らない。特に樹の家庭環境については全く知らないと思う。

 俺が転校してきて、初めて心を開く事が出来た、大切な親友。

 それが川瀬樹だ。

 しかし、やつれ、顔色も悪く、煙草を数量も半端じゃない。何があったのか問いただしてみても、樹はほっといてくれという始末。

 そんな話はどうでもいいから、と酒を煽る。

 どう考えても普通じゃなかった。

 後日、悪酔いしてすまなかった、とメールを返してきた樹。

 絶対に何かを抱えている。俺に言えない様な事なのか?



 こんな事があったから、正直、同窓会に行くのに躊躇してしまう。

 どうせ行くのなら、樹と行くのが俺としては当たり前だった。だが今の樹はどこかおかしい。

 それからしばらくして、俺のスマホに着信が入った。

 警察からだった。

 居酒屋で喧嘩をして、相手に怪我を負わせたという。

 とにかく平野幸雄が来なければ帰らない、と駄々をこねている様だった。

 悪酔いにしてもタチが悪すぎる。仕方なく俺は警察署まで迎えに行き、泥酔状態の樹を引き取った。一応酔った勢いという事もあって、相手側にも大事がなかった事から和解は成立している様だった。

 だがこのままではいけないと俺は思った。

 樹がこんな風になってしまう事が、俺にはどうしても許せない。その理由を聞かなければ樹の為にもならないし、俺自身も納得がいかない。自宅に電話をして、今日は樹のアパートに泊まる事を、俺は妻に伝えた。

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