今週の泡は自粛ですわね。
「さあ、試合は7回表、北海道フライヤーズの攻撃に入るところなんですが………今、どうしましたかね。レフトの新井がエキサイティングシートのところで観客と話しているシーンがありましたが、何かあったんでしょうか。
ちょっと最初からは見ていなかったので、よく分からなかったんですが……」
「そうですねえ。何か渡していたようにも見えましたけど。私もちょっと、手元の資料を見ながら水を飲んでいたので、申し訳ないですねえ」
「いえいえ! 今後もし、ベンチリポートなどを含めまして、何か分かりましたらお伝えしていこうと思います。
ビクトリーズのマウンド上には、奥田が上がっています。今日が今シーズン40試合目の登板となります。ここまで、2勝3敗20ホールド。防御率3、38。という成績。リード時の7回のマウンドを開幕から、その役割を担っているベテランの奥田。今月で37歳になります」
「この選手もよく投げていますねえ。ビクトリーズに来る前は、故障に泣いていたピッチャーなんですが……」
「そうですねえ。ビクトリーズに来る前は、手術とリハビリの期間でしたから、その移籍前の時間がかえって本人にとっては良かったですよね。2年くらい1軍の試合から遠ざかっていましたけど、その分じっくり回復させることが出来ましたから」
「フライヤーズとしましては、なんとか先頭バッターを塁に出して、ランナーを置いて現在首位打者、好調の藤並に回していきたいところ。代打、室谷が左バッターボックスに入ります。
外のボール打ちました!レフトへ上がった!
新井が前進、前進、前進! スライディングキャッチ! 捕りました! ナイスプレー!
あー!ちょっとお尻を痛そうにさすっていますが、大丈夫! ファンにはたまらないシーン、1アウトです! 」
「今の打球を捕ってくれたのは大きいですねえ。先頭打者ですから、3点差あるとはいえ、よく捕りましたよ。上手くボールの右側に入って」
いやあ、思ったよりも打球がスライスで落ちてきたからちょっと焦ったけどなんとかキャッチ出来て良かった。
俺を少しでも多くの打席に立たせるために、1番に起用したり、試合終盤でも守備固めをせずにこうして使ってくれているわけですから、迷惑は掛けられませんからね。
出来ることを着実にやっていく。
ポニテちゃんの放漫な胸元は早く諦めて、みのりんを愛でてあげるという、そういうことですよ。
「さあ、追い込みました、奥田。カウント1ボール2ストライク。ここまで3つ変化球でしたが………。第4球目を投げました!外、ストレート! 見逃し三振!! アウトローいっぱいでした! 藤並手が出ません!!」
「これはもう奥田が最高のコース、低さに投げ込みましたねえ。藤並とすれば1球前の真ん中に入ってきた変化球をファウルにしてしまったのが痛かったですねえ」
「打ち取った!セカンド正面のゴロ。セカンドは並木。軽快に捌いて3アウトチェンジ。7回表、奥田が安定感のあるピッチング。フライヤーズ打線を3人で抑えています!」
3アウト目を取り、マウンドを降りたところで、奥田さんと鶴石さんはガッツポーズ。2人でベンチに戻りながらにこやかに振り返りをするところに、阿久津さんが加わり3人でハイタッチしていた。
加齢臭がちょっと……。
俺もまだちょっとヒリヒリするおケツを柴ちゃんに撫でられながらベンチに戻ると、広報の二室君が手帳片手に待ち構えていた。
「あの、新井さん。さっきお弁当を届けた件のお話をベンチリポートが欲しいと……」
「オッケー」
やはり先ほどの1件、メディア側も気になるようで、広報に談話をお願いしてきたみたいだ。
ベンチにドカッと座ってタオルで汗を拭く俺の横に二室君はしゃがみ込む。
「打ったのはスライダー。新井が粘ってランナーとして残ってくれたので、なんとか点に繋げたかった。広元も頑張って投げていたら、勝利投手の権利を持たせること出来たし、たくさんのファンと愛する妻と子供達のためにもがんばります」
「どうしてお前がコメントしてるんだよ」
ポコッ!
キャプテンが俺を叩いた!
よし!!
「ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。9番、奥田に代わりまして、高田。バッターは高田」
ヒット打ったら、週末は女教師しかいない学園に行くぞと息巻くアニキがバッターボックスに向かう。
女教師しかいない学園とは一体……。
カキィ!!
いつにも増して鋭いスイング。
アニキが放った打球は鋭いライナー。ジャンプするショートの僅か上を越えて、ヒットとなった。
ベンチからよっしゃあ!と、チームメイト達が立ち上がって喜ぶ。
打球がセンターの左をワンバウンド、ツーバウンド。
女教師しかいないという学園の入学許可証ををゲットしたアニキは勢いよく1塁を蹴って2塁へ向かう。
左中間でやや回り込みながら打球に追い付いた藤並君。日本代表&オールスター、さらにら東日本リーグ首位打者の鮮やかなフィールディング。
2塁ベース上に、ノーバウンドの送球が返ってきた。
高田さんは足から滑り込む。
「……アウトォ!」
アニキィ………。
アウトと宣告された瞬間、ビクトリーズファンのため息がスタジアム中にこだました。
ベンチにいる首脳陣は、背中を一瞬ぐーんと逸らすようにして苦笑い、チームメイト達は頭を抱えた。
2塁ベースの上で、唖然としながら膝立ちの格好となり、ゆっくりと1塁ベンチの方を見ている。
あのー………一応リクエストとかやってくれたりとかは………。
と、訴える高田さんの表情が悲しい。
1塁ベースコーチおじさんが帰っておいでと、手招きしたのを見て、高田さんはようやく立ち上がり、トボトボとした足取りで戻ってきたのだった。
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