不可触種

つんくん

第一章

第1話「殺せない赤ん坊」





 第一話『殺せない赤ん坊』





 ポアティエ王国歴645年の春。

 年若い王室侍女が“肉隗”を産んだ。



 肉隗の父親はポアティエ王国の王太子セバン。


 出産場所は後宮の一室。


 最初に肉隗を見た産婆は卒倒し、助手の女と侍女三名が気絶した。


 肉塊の母親たる侍女も、我が子を見て気を失う。


 辛うじて正気を保った侍女が腰を抜かしながらも気丈に立ち上がり、震える体を叱咤して室外で待つ王太子に肉隗出産を告げる。


 話を聞いた王太子セバンはしばらく絶句していたが、気を取り直すと急いで室内に駆け込み、“我が子”を見て再び絶句。


 眉目秀麗とうたわれた金髪碧眼の美貌が歪む。


 王太子は無意識に剣の柄を握っていた。


 その青い瞳に映るのは、まさしく肉隗。


 人の形ではなく丸い肉の塊。血と羊水にまみれた姿はおぞましいが、表面を覆う血管が脈動し、生き物であることを主張している。


 セバンは生唾を飲み込み、思考を加速させる。

 コレが自分の血を分けた子であると認めたくはない。


 しかし、後宮で働く侍女が姦通など起こしようもない。間違い無く自分の子だろう。


 だが、妃や側室が産んだ自分の子らは人の形をもって産れ、王太子の子として元気に育っている。


 つまり、すべては侍女の血による結果。


 王太子たる自分は何も悪くない。


 とは言え、周囲はこの事をどう見るだろうか?


 バケモノを産んだ侍女とともに、バケモノの種を仕込んだ王太子として自分を忌避するのではないか?


 そして、やがて自分は廃され第二王子の弟が王太子になるのでは?



 肉塊を見つめながら表情を憤怒に染めるセバン。


 彼は決断した。


 自分の立場と名誉を守るため、この場に居る者どもを鏖殺おうさつし、今日の出来事を無かった事にする。


 都合の良い事に男性騎士や侍従は後宮の外で待機している、殺すのは非力な女共と肉の塊のみ。楽な作業だとセバンは口角を上げた。


 腰に差した長剣をヌラリと抜き取るセバン。


 産婆や侍女は声を殺して様子を見守る。


 彼は手始めに肉塊から始末する事にし、剣の切っ先を床に向けたまま肉塊に近寄り、必殺の間合いで歩みを止めた。


 そして剣を上段に構える。


 産婆や侍女は王太子が何をやろうとしているのか察したが、止めることはしなかった。


 たとえ肉塊が人に類する存在であったとしても、感情が宿る可能性があったとしても、何も知らない今のうちに父から死を賜った方が幸せだろうと考えたからだ。


 しばらく肉塊を見つめていたセバンが息を大きく吸い込み、腹に力を入れるのと同時に長剣を肉塊へ振り下ろした。


 産婆達は目を閉じ、肉塊の冥福を祈る。


 事が終わったと確信できる程度に黙祷していた彼女達が、再び目を開けて最初に見たものは、半分に割れた肉塊――


 ――ではなく、立ったまま死んでいる王太子セバンの姿だった。


 セバンの頭部は頭頂から首まで真っ二つに裂かれ、裂けた首から胃の内容物と血が噴き出し天井を赤黒い星空に仕立てている。


 肉塊へ振り下ろされたはずの長剣は、セバンの両手にしっかりと柄を握られたまま、その刃を血に染め、肉塊を通り抜けたようにベッドへ食い込んでいた。


 産婆達は一斉に悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それを聞いたポアティエ王は意味が分からなかった。


 王太子とは似ても似つかぬ偉丈夫、似ているのは金髪と青い瞳の色だけ。


 玉座に座るポアティエ王は凛々しい眉毛を眉間に寄せ、鋭い視線を宰相に向けた。


 心得たと頷く宰相。

 ひざまずき報告を上げる初老の侍女長に詳細を求める。


 沈痛な面持ちで報告を上げた侍女長は、気疲れで五歳は老けて見えた。白髪交じりの金髪に哀愁が漂う。


 彼女は宰相に促され、再び眼前の王へ後宮の惨状と肉塊の事を告げる。


 侍女長の話を二度聞いた王は、凡愚だった王太子の死を受け入れ、次いで怒りをあらわにした。


 その怒りは肉塊やその母親に対するものではない。


 動物の如き性欲で子種を撒き散らしていた王太子に対する怒りだ。


 だがしかし、王としてケジメは必要。

 忸怩じくじたる思いで罪も無い孫とその母親に死を贈る。



「……肉塊を産んだ女と、その肉塊を王都広場で殺し、そのまま晒せ。だが、亡骸なきがらへ鞭打つ事は許さん、十日後に王太子府の隅へ丁重に埋葬せよ」



 力強く、そして静かに王は告げ、次は王太子の葬儀について指示を出そうとしたところ、侍女長が声を震わせて発言の許可を求めた。



「許す」


「お、お、畏れながら、御生まれになった殿下は――」


「敬称は不要だ、肉塊でよい」


「は、失礼いたしました。それで、その肉塊は、その……」


「何だ? 早く申せ」


「は、はい。げ、現在、に、肉塊には、近寄る事が出来ませぬ」



 侍女長の言葉にポアティエ王は眉をしかめた。


 金色の顎鬚アゴヒゲをしごきながら「どう言う意味だ」と話を促す。



「そ、それが、我々が肉塊やその母『侍女サテン』に近付こうとすると、何故か『近付こうとしていた事』を忘れて、室外に出てしまうのです」


「…………何を申しておるのだお主は」


「平にっ、平にご容赦を!! 我々もアレをどう申し上げればよいのかっ……」



 王は宰相に目をるが、宰相も首を横に振る。


 軽く舌打ちし、これは後宮騎士を入れるべきかと王は考えた。侍女長の話だけでは状況が把握出来ない。


 原則男子禁制の後宮である、後宮周辺の警備は後宮騎士と言う女性の騎士達が就いていた。


 王太子の死に嘆くであろう王妃や王太子妃に話を通し、王は四名の後宮騎士に肉塊とその母親の捕縛を命じる事にした。













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