第46話 交える刃

 サルラードシティの東側。遺跡とは反対方向に位置する都市への入り口。

 現在、そこには多数の武装した人間が集結していた。辺りには大小様々な車両が立ち並び、中には大型の砲塔が備えられた戦闘車まで存在している。

 都市から出された依頼に集まった探索者たちは、これから始まる戦いに各々が戦闘準備を進めていた。

 その中にリシェルとランの二人もいた。


「流石にこれだけ集まるのは圧巻ね。なかなか見ない光景だわ」


 集う人間の数は軽く四桁を超えている。都市中の探索者がこの場にいるのではと思わせるほどだ。平時ではあり得ないような光景も、強制依頼ならではのものであった。

 

「当然だけど見たことない面々も多いわね」

「大方、都市の中で引きこもってる自称探索者の類でしょう。こんなのを引っ張り出して役に立つとも思えませんが」

「厳しい批評ね」


 パートナーの辛辣な言い草に、リシェルは苦笑気味に返した。

 探索者資格を有する者の中には、登録証を持つだけで、探索者としてほとんど活動していない者たちも多い。グループや企業などの警備業務を行っていたり、別の稼業に手を出したり、現役を引退した者などがこれに当たる。強制依頼ではそのような者たちも召集される。壁外に住み市民権を持たない者たちにとって、登録証は分かりやすく身分を証明する手段になる。一度剥奪された場合再取得は困難になるため、こうして偶の機会の戦闘に参加している。

 ただ、必ずしも不参加の全員が罰則を受けるわけではない。事情により探索者登録を一時凍結している者や、敵勢力に対して探索者ランクや実力が過度に低い、壁内企業と契約期間中など、特段の事情があると判断されれば依頼拒否も可能となる。

 そんな彼らの戦闘能力は推して知るべしといったところで、かつての戦闘経験を生かす者もいるが、遺跡でモンスターと戦っている者たちよりかは幾分劣る。ランの物言いもそれなりに的を射ていた。


「よっ、お二人さん。さっき振りだな」


 そんな二人に、人の波をかき分けてザイエフが近寄ってきた。サルラードシティでも屈指の探索者チームの幹部と、色々な意味で耳目を集める二人の存在に、周囲の者たちから好奇の視線が注がれる。

 周りの目など意に介さずリシェルが挨拶を返す。


「何? わざわざこの中を探して声をかけてくれたの? 意外と暇なのね」

「こんな時までナンパですか。先ほどの謝罪を撤回した方がいいですかね」

「……これでも、余所者のあんたらを気遣ってるつもりなんだがな」


 引き攣った笑みを浮かべるザイエフに、「冗談よ」とリシェルは笑う。


「それで、今度はどんな話を聞かせてくれるの?」

「ああ、都市との最低限の事前交渉が終わったから、報告しておこうと思ってな」


 緊急強制依頼は強制という名目上、依頼を受けた探索者に相応の報酬を支払わなければならない。これは連合法で明確に定められている。破れば連合から制裁を受けることになる。とはいえ都市の財源も無限ではない。無制限に報酬を上乗せすることはできない。ただ探索者たちが気兼ねなく戦うためにも、事前にある程度の保証を明言する。そのための交渉を、グライオンのような今回の戦いで主戦力となるだろうチームやグループが事前に行い、有利な条件を引き出す。それが決まった。


「消費した弾薬や備蓄魔力なんかの分は、戦果に応じて報酬に上乗せしてくれるそうだ」


 個人の戦果確認は情報記録装置のデータにより行われる。これがなければ上乗せはおろか、適正な報酬を受け取ることすら叶わない。最低限の参稼報酬が支払われるのみだ。しかし、情報記録装置は戦闘中に破損することもある。その場合は、他の者の記録データから戦果を確認できれば、報酬を受け取ることが可能となる。都市が別個に戦闘の記録を取ることもあるので、そういう意味では余程目立たない活躍をしない限り適切な報酬が支払われる。


「ただし、損耗した装備や車両等の補償はない。死亡含め、モンスターとの戦闘で生じた損害に関しては全て自己負担、自己責任という話だ」

「本当に最低限って感じね。うまく運営してる割にけち臭いのね」

「仕方ない。特定災害ならまた話は変わるだろうが、今回のモンスターは高くても中級ランク帯を出ない。それを相手にして、過度な報酬はこちらも要求できんよ」


 特定災害モンスター相手の防衛戦であれば、危険報酬の発生や、通常では認められないような事由でも保険の受け取りが有効となる。しかし、今回のような比較的討伐強度の低いモンスターの群れ相手では、そういった特別な事例には当たらない。

 当然それを知っているリシェルは小さく肩を竦める。


「言ってみただけよ。それよりも、防衛軍がこっちに加わらない理由は聞けたの?」

「……それに関しては、今ここで俺の口からは教えられることはないな。終わった後に個人的に調べておいてくれ。言えるのはこれくらいだ」


 周囲にチラリと目線を送りながらザイエフは答える。リシェルはそれで色々と察した。

 そこで、それぞれの端末に連絡が入った。


「敵さんの戦力把握が終わったようだな」

「数は……二千を超える見込みって、流石に多すぎないかしら」


 モンスター地帯は文字通りモンスターの巣窟であるが、生息密度が特別高いということはない。数は限られている。特定災害との戦闘により外に漏れ出すであろうモンスター。その数も、全体からすれば少数に当たる。そこから更に数は分散し、都市へ向かってくる数はより少なくなる。

 それを考えれば、二千という数はあまりに多かった。漏れ出したほぼ全てのモンスター、それが一方向に向かってなければあり得ない数字だ。


「誘導されてる可能性が高そうですね」


 ランが推測できる、最も妥当な予想を口にした。


「これについても、向こうは何か言ってた?」

「……いや、そういうのはなかったな」


 はぐらかした様子のない返答に、リシェルは短く「そう」とだけ返した。


「だがまあ、数は厄介だが、半分以上がDランク帯以下なのは救いだな」

「それは双方に言えそうだけどね」

「統制された有象無象と烏合のモンスターの対決ですか。人の力が試されますね」

「それ、結構酷いこと言ってるわよ」


 戦いを前にして、軽い空気で冗談を言い合う。そこには死地でも過度に気張らない、探索者に染み付いた処世術が含まれていた。


「割り振りも決まったわね」


 同じ頃合いに、大まかな戦力配置指示が送られてきた。


「分かってはいたけど、私たちの担当は中央付近の激戦予想地ね」

「Cランク以上の戦力は貴重とは言え、慎重策を講じて出し惜しめば無駄な被害が拡大する。協会としては、探索者の数をなるべく減らしたくないのだろうな」

「それを言うなら、サルラード拠点の探索者でしょ」


 優秀な探索者の死亡は連合の損失に繋がる。そのためむやみに死なせることはしないが、都市ごとに優先される順位や利益が存在する。同じランク帯の探索者でも、所属都市の違いで扱いに差を受けるのは半ば当然の話となっていた。

 皮肉のこもった返しに、ザイエフはなんとも言えない顔で笑う。


「まあ、別にこれはお偉方の都合だけでもない。特に今いないメンツの穴を埋めて欲しいのさ」


 それの意味することを察して、リシェルは押し黙った。

 伝えたいことは伝えたと、ザイエフはここらで会話を切り上げようとする。


「じゃあな。お互い生き延びたら、酒の一杯でも酌み交わそうな」

「気が向いてたらね」

「こんな時でも釣れないな」


 苦笑しながらこの場を立ち去った。


「結局、こちらにはいませんでしたね」

「……」


 二人きりに戻った状況で、ランが唐突に口を開いた。それにリシェルは無言で返した。


「必要なら私が向かいますが」

「いえ、それはいいわ」


 出した提案をすぐに否定され、ランは「そうですか」と答える。


「ところで、どこまでやりますか?」

「いつも通りよ」


 そこには両者の間でしか伝わらない確認が含まれていた。ランは承諾を示すように頭を下げた。



 遠方で土煙が巻き上がる様子が今いる場所から確認できる。同じように、場には地響きが鳴り渡る。

 それはどちらも、列をなしたモンスターの仕業に他ならない。見える範囲で数百を超える怪物たちが、津波のように押し寄せてくる。面々はこれから始まる戦いに息を呑み、それぞれ覚悟を定めた。


「始まるわね」


 事前に設置された地雷原に、モンスターの群れが飛び込む。震動や重量を感知したした瞬間、派手な音を立てて地面が続けざまに爆ぜていく。爆風と衝撃をモロに浴びて、上にいたモンスターが大きく吹き飛ばされる。轟音と絶叫がぐちゃぐちゃに混ざり合い、周辺一帯に轟いた。

 だがしかし、急ごしらえのため地雷の数は少なく、威力も不十分だ。モンスターは力任せに地雷原を突破する。隣を走る個体が死に絶えようと、モンスターたちは勢いを衰えさせずに突き進む。

 そこに、対峙する探索者たちから遠距離火力が叩き込まれる。誘導無誘導問わず、砲撃や魔術が無差別に撃ち込まれる。着弾した際の熱や衝撃が、容赦なくモンスターの群れを蹂躙する。直撃したモンスターは次々と生き絶えていき、その姿は形もなくバラバラになるか、あるいは後続に踏み潰され見えなくなった。

 そこまでしてようやく群れの勢いが衰える。最前線の探索者たちが、臨戦態勢に移行する。

 リシェルとランも同様に、自身の獲物を構えた。


「行くわよ」

「了解です」


 彼らは噴煙立ち上る戦場へ、その身を投じた。




 開戦の合図もなく、ロアは通路の陰から飛び出した。

 時間をかけるつもりはない。殺すと決めたなら即座に殺す。知った顔だろうと、情けも容赦も与えるつもりはない。

 正面から突っ込んでくる相手に、ルーマスは呆れ気味に息を吐いた。そして慣れた動作で武器を持つ手を持ち上げる。拡錬石で威力が向上した銃が、魔力によって更に強化される。中級の壁を超えた者、魔力活性者すら殺す火力が、使い手の意思に則り火を吹いた。

 銃口を向けられた瞬間、ロアは射線から外れるように横へ跳んだ。一瞬前までいた空間を音速を超過した弾丸が通り過ぎる。空気を裂く音が鼓膜を叩いた。

 致死の攻撃が付近を通過しても、ロアは顔色一つ変えずに突き進んだ。自分を追って放たれる弾丸を壁に跳んで回避する。僅かな時間そこを足場とし、更に蹴って床へ着地する。

 相手が照準を合わせ切るより早く行動を起こす。ただそれだけの単純な戦法で、遠距離武器のアドバンテージに対抗した。

 アクロバットな動きにルーマスは面食らう。その間にロアは半分以上の距離を詰めた。


 顔に驚きを浮かべたルーマスは、懐から何かを取り出して下手で放り投げた。別の攻撃手段と警戒したロアは、前がかりな姿勢を緩め壁を駆け上がることに意識を割いた。

 投げたそれはちょうど両者の真ん中辺りに落下する。そして床に触れた瞬間、大量の靄とノイズを吐き出した。

 視界が塞がれ、聴覚が一時的に潰される。だが広げた存在感知にはなんら影響は及んでいない。殺傷能力がないことを瞬時に見切ったロアは、目を閉じたままの状態で突っ込んだ。


「なっ!?」


 ルーマスの口から驚愕の声が発せられる。意に介さず、ロアは目前に迫った。

 刀身が外れても拡張斬撃が届く必中の距離。そこに相手の姿を収める。決着を確信して、ロアは握るブレードを振るった。

 しかし腕を振り抜いた瞬間、今度はロアが驚かされた。実体部分だけでなく、魔力で延長された間合いからもルーマスの体は逃れていた。

 驚いたロアは次の行動へ移すのが少しだけ遅れた。そこを狙ったルーマスは床を滑るように移動して、再び銃の引き金を引いた。生まれた反動を利用して、彼の体は更に後ろへと下がった。

 機を逸したロアは、追撃を行おうとしてやめる。自身へ放たれた攻撃を再び曲芸的な回避運動で回避すると、そのまま素早い動きで後方へと退避し元の通路の陰に隠れた。

 戦況は仕切り直しとなるように、数十メートルの直線通路を挟んで拮抗状態に陥った。

 この間に、ペロと先ほどの攻防について確認を行った。


『あいつ、俺が攻撃したとき何をそんなに驚いてたんだ? もしかして今の煙は毒だったのか?』

『いえ、そうではありません。今のは魔力拡散粒子です』


 初めて耳にする単語を聞いて疑問符を浮かべるロアに、ペロは要点を絞って説明する。魔力拡散粒子はその名の通り、集まった魔力を拡散させる効果がある。完全に現象化した魔術に効果はないが、成り立てや組み上がる直前、進行中で変転する魔力には強い効果を発揮する。当然粒子濃度が高いほど効力は強くなる。


『なんで効かなかった、ってお前のおかげか?』

『はい。私のサポートを受けたロアの魔力強度が、あの程度の小細工で剥がされるなどあり得ません』


 魔力拡散粒子の存在は、魔力強化による高い身体能力を有しながら、多くの探索者が接近戦を避ける理由の一つとなっている。常態的な肉体強化であろうと、多少の影響を受けることは免れ得ない。高い強度を保てばその限りではないが、それほどまでに練度を高めるのは容易なことではない。すぐに効果が消えるなど欠点も存在するが、上位の実力者ほど一瞬の隙は致命的なものとなる。特定の魔力にだけ効果を及ぼさないなど調整も効くため、使われる回数はともかく、使われた場合の死傷率は高い。


『じゃあ、変な動きをした方にも理由があるのか?』

『はい。靴に移動支援機器が組み込まれてます。変則的な動きはそのせいです。ちなみに先ほど倒した者も似たようなものを装着していました』


 上位の探索者が身につける装備は多彩である。多種多様な特徴を持つモンスターに対抗するため、あらゆる状況に応じた戦闘方法を求められる。履物一つをとっても、地上戦闘から空中歩行に対応したものまで様々に存在する。ルーマスたちが身につけているものも、そういった移動支援機能を有した装備の一つであった。


『思ったけど、本当に俺って探索者としてまだまだなんだな』


 強くなり、金を稼ぎ、装備や道具を揃えた。それなりの探索者になった自覚も自負もあった。

 だが、こうも続けざまに自分の知らない戦闘方法を見せられると、抱いた自信も無意味な虚栄にしか思えなくなりそうだった。


『そういうのは気にしても仕方ありません。今ある武器で戦いましょう。それに装備で勝る相手と戦えることは、素直に誇っていいと思いますよ。私がいる分を差し引けばの話ですが』

『最後のは余計だ』


 軽口を叩く相棒に小さく苦笑する。言われた通り、それに考えてもどうしようもない。今に始まった話でもない。

 無駄な思考をやめたロアは、行われてる戦闘に意識を戻した。


『また距離が空いたな』


 互いの距離は振り出しに戻った。

 しかし戦況は、開戦前と比べやや不利に傾いていた。


『先の特攻は初見だから通用しましたが、すると分かればあっさりと狙いを合わせられるでしょうね』

『キツいな』

『あなたの肉体がもう少し丈夫ならば、強引な突破も可能でしたがね』

『無茶言うなよ……』

『ええ、無茶を言いました。現実的な案として、相手の視界に映らない方法で近づくしかないですね』

『それも割と無茶だな』


 異を唱えたロアの発言を、ペロは『いいえ、そんなことはありません』と否定する。

 そして自信満々に言い放った。


『情報戦なら負けませんよ』




 最初の攻防をやり過ごしたルーマスは、探知機で相手の位置を探りながら、直前のやり取りを振り返っていた。


(まさか、こっちの手札を完全に無効化されるとはな……。なめてたつもりはないが、想像以上に厄介な相手だと認識を改めるつもりがありそうだ)


 ルーマスが使った魔力拡散粒子はそれほど濃度の高いものではない。対抗策を講じてる相手にはまず通用しない。それでも経験や知識不足の相手なら間違いなく効くと思っていた。が、その予想はあっさりと外れた。


(とにかく、俺一人じゃ手にあまりそうだ。確実な任務遂行のためにも、助力を求めるしかないか)


「こちら21。任務に重篤となる障害が発生。敵対者と遭遇。直ちに援護を求めたい」

『……』


 計画実行中の仲間に連絡を取る。しかし通信機からは無音の反応しか返ってこなかった。


(通信機の故障か? 同階層なら余程離れてない限り通じる筈なんだが……まさか、先に切り上げたか下に潜ったってことはないだろうな。……いや、殺られた可能性もあるか)


 最悪の事態までを想定したルーマスは、仲間に救援を求めるのは諦めた。


(それとして、さっきも思ったが探知機の精度が悪いな。あいつの姿を上手く捉えられん。それほど離れていない筈なんだが……これも向こうの能力か? 苦手だが、魔力感知に切り替えるか)


 思考したまま探知機の感度を調整していたルーマスは、突如悪寒に襲われた。その理由も考えぬまま、反射的に後方へ振り返った。

 視線の先には、自分のすぐ近くまで迫っているロアの姿があった。


 ペロは相手の探知機に欺瞞情報を与えていた。もともと情報戦に優れるペロである。相手の探知機の精度を下げることくらいわけないことだ。

そこから更に一段階、情報戦のレベルを上げた。ロア本来の姿を完全に迷彩し、相手の探知機に偽の位置情報だけを取得させていた。探知機の感度の悪さから、すぐに違和感に気づくことはできない。相手が誤った認識に囚われてる間に、背後を取るように通路を回り込み、反対方向から奇襲を仕掛けた。


 予想外の奇襲を受けたルーマスは、第六感とも言うべき直感を働かせ、なんとか相手の接近に気がついた。そして振り返ると同時に、慌てて銃を持つ手を持ち上げた。しかし弾丸が発射されるより早く、ロアはブレードを振り下ろした。本来なら間合いの外の攻撃が、ブレードの機能によって拡張される。生成された斬撃が、相手の銃身を斬り裂いた。

 銃身を切断されたことにより、威力は下がり集弾性が低下する。それでも発射機構に問題はないと判断したルーマスは、構わず引き金を引く指に力を込めた。弾丸が近距離で撃ち出される。返す刃でブレードを振り上げようとしていたロアは、咄嗟に攻撃を中断し、膝を折って回避した。

 相手の行動を遅らすことに成功したルーマスは、そのまま持っていた銃を投げつけた。投げつけられた銃が、崩れた体勢でブレードを振るおうとしたロアの顔面付近に飛ぶ。ロアはそれを空いてる左手で弾くと、相手の胴体付近をめがけブレードを横薙ぎにした。

 しかしその攻撃も空振りする。またもや間一髪で、ルーマスの体は間合いに外に逃れていた。そして相手の攻撃が届かない位置から、新たに左手に握ったものを放り投げた。


 先のと同じものだとみなしたロアは、更に追撃を加えようとして、


『爆発します!』


 即座に防御へ切り替えた。空中にある物体が内部から炸裂する。

 指向性を与えられた爆発は、閉じ込められた散弾を前方方向へと撒き散らす。一つ一つが強化加工された金属球が、ロアの衣服を貫き、強化された皮膚までをも突き破る。傷口から赤い血が滴り落ちた。


「今のも防ぐのかよ。本当にやるなぁ」


 苦痛で顔を顰めるロアに、離れた位置からルーマスが賞賛を飛ばす。その軽口には付き合わず、また斬りかかろうとロアは足に力を込める。

 だが床を蹴りだす前に、「まあ、待てよ」と、ルーマスは片手を前に出した。新たな武器を出す様子はなかったため、ロアは迷いつつも動きを止めた。


「仲間の一人と連絡がつかないんだが、もしかしてお前がやったのか?」

「……襲ってきた奴ならいた。そいつが誰かは知らねえよ」

「なるほどな。あいつを殺ったって言うなら、ここまで強いのも納得か。実力的には俺と遜色ないだろうし、Dランクの割に大したもんだ」


 ロアは会話に付き合う最中、左手でポケットから再生剤を取り出し口に含んだ。高い回復効果が、傷ついた肉体を急速に癒していく。傷口がむず痒くなるのを感じながら、治療が完了するのを待った。

 その間ルーマスは、傷の治療を止めることもせず、静観の構えを取っていた。それを怪訝に思いつつも、ロアは会話に付き合った。


「文句とかないのか?」

「別に。あいつとは今回の任務が初顔合わせだからな。なんの感傷も湧きゃしないよ」

「……仲間じゃないのか?」

「仲間さ。使命のために命を懸ける。それが俺たちの仲間意識さ」


 仲間の死を悲しむ様子を見せない相手に、ロアは戸惑いを顔に出しそうになる。だが思えば、今までもそういう手合いは一定数いた。今回もそういうドライな関係であることを理解した。

 喋りながらルーマスは、身につけた装着具から一つを取り外した。


「偶にいるんだよな、お前みたいな奴が。底辺を生まれとしながら才能を発揮し、一気に上へと成り上がっていくような奴が」


 柄のような形をしたそれから、鈍色の刃が生成される。


「だがな。才能一つで全てが上手く回るほど、この世は甘くないんだぜ」


 対峙中、なんとなく相手の威圧感が増した。それを不思議に思うロアに、ペロが即時の答え合わせを行う。


『これは、時間稼ぎでしたか』

『なんのだ?』

『能力強化薬物です。肉体強化薬と魔力増強薬の過剰投与。肉体が負荷に耐えられず壊れます』


 違和感を解決したロアは、呟くように疑問を漏らした。


「自滅する気か……?」

「物を知らない割によく気づいたな。だが心配無用。これは俺個人に調整されたもんだ。自滅なんて間抜けな死に方、するつもりはねぇよ!」


 言い終わると同時にルーマスは床を蹴った。強化された身体能力は開いた距離を瞬く間に縮める。

 この戦いが始まってから始めとなる近接戦。自分に向かって振られる刃を正面から受けようとロアは身構えた。


『受けてはいけません!』


 言われて、ギリギリ体を仰け反った。斜めに振られたブレードは皮膚の数センチ上を通過し、数本の毛髪を斬り飛ばした。斬られた毛髪が中空にゆっくりと散る中、上昇した動体視力は、刃の表面が僅かに波打つのを見て取った。

 目を見開いたロアは、横薙ぎに振るわれる二撃目を屈んで回避する。空振りした斬撃は壁まで到達し、そこを鋭利に斬り裂いた。


「よく見破った! 戦い慣れてるやつほど、これには騙されるんだがな!」


 非接触型の液体金属ブレード。見た目に騙され正面から受ければ、斬撃は防御をすり抜け対象を切断する。

 着込んだ強化服に、強化薬と魔力強化の増加分が乗っかる。剛力から放たれる蹴りは防御したロアの腕を軋ませる。体感ではかつて戦った格上のモンスターに勝るとも劣らない。強い衝撃を受けて、ロアは苦痛から顔を顰めた。

 体勢を崩して床に手をつくロアに向けて、続けて液体金属のブレードが振るわれる。息つく暇もない怒涛の攻撃。見た目だけなら金属質なそれを、反射的にブレードで受けたくなるのを我慢して、ロアはひたすら回避に徹した。

 そのとき、背後から強烈な気配を感じた。


『モンスターの発生。このタイミングでですか』


 原因をペロが即座に言い当てた。

 同様に気づいたルーマスは、顔に笑みを浮かび上がらせた。


「言い忘れてたが、迷宮の禁忌は一つじゃない」


 そして攻撃の手を緩めて、後ろへと下がっていく。


「中にいる人間を殺しすぎても、罰則ペナルティがあるんだぜ」


 襲撃者により殺された者たちの怨念。それが、形を持って顕現した。

 壁から通路と同色の体が滲み出し、現界と同時に色づいていく。四つの足に二つの頭。体は茶色の薄毛に覆われ、黒の斑点がポツポツと映える。頭の位置は長い首に支えられ、人の背丈を悠々と越えている。

 推定討伐強度DDDランク帯のモンスター。本来なら三層に出現する筈の強敵が、四つの目で獲物を見下ろした。ロアはぞっとして振り返った。


 片方の頭が、口内から絶叫を奏でる。凄まじい音圧に、ロアは耐えきれず耳を抑えた。耳を塞ぐロアに向かって、もう片方の頭が勢いよく首を伸ばす。鋭利な牙が生え揃った口が、二重の歯列を覗かせ食いかかる。

 反応できないロアに変わり、緊急回避措置を講じたペロが無理やり身体を動かした。すんでのところで、ロアの体は攻撃の軌道の外に逃れた。空振りを打った頭は床まで達し、迷宮の頑強な材質を易々と削り取った。

 その間に主導権を取り戻したロアは、絶叫によるダメージを無理やり抑え込んで攻撃に転じた。がら空きの足を狙い、全力でブレードを振るった。魔力で最大限強化された刃が、使い手の力を受け取り殺傷能力を大きく向上させる。

 その攻撃に対して、モンスターは体躯に似合わぬ俊敏な動きを見せた。ただの一足で間合いの外に脱する。だが実体部分を避けられても、拡張斬撃は届く。魔力で硬質化した擬似刃がモンスターの体表を斬りつけた。刃が走った箇所には浅い傷がつけられた。


 想像以上に手応えを感じなかったせいで、ロアは追撃を加えるのを中止した。ブレードを振り抜いた勢いを利用して、モンスターの後ろに走り抜けた。

 そのロアの背中を再びモンスターの口が狙う。もたげた首を無防備を晒す背に突き出した。

 背後からの攻撃を、ロアは存在感知で察知して横に跳んで回避する。そして相手の首が届かない位置、高所へ避難するため足に魔力を集中させて壁を登った。追い撃ちをかける噛みつきが続けざまに繰り出される。その度に迷宮の壁は削られた。


 壁を走るロアに向かって、モンスターは口から何かを飛ばした。少し前に食らった魔術を思い出したロアは、嫌な予感がして壁から離れた。敵を捉え損なった気弾が、すさまじい音を立てて迷宮の壁を破壊する。砕けた壁の砕片が、雨のように辺りへ飛び散る。

 嫌な予感を的中させたロアは、また床の上に着地すると、全速力で逃亡を開始した。逃げる獲物の背中を、絶対に逃さまいと、双頭のモンスターは追走する。

 必死になって逃げるロアに、ペロが冷静な口調で提案を述べる。


『このまま広い空間まで移動しましょう』

『逃げるんじゃ駄目なのか!?』

『相手の脚力を考えれば途中で追いつかれる可能性は高いです。ならばこちら有利の形で応戦するのがいいです』


 背後から追いかけてくるモンスターの巨大な足音を耳に入れ、二人は作戦談義を続ける。


『だからって広い空間は不味くないか? 狙われ放題だぞ』

『狭い通路よりは挟み撃ちされるリスクが減ります。それに四方の広さがあれば、モンスターの意識を誘導し、乱戦に持ち込みやすくなります。向こうが遠距離攻撃の手段を持っていたなら話は別でしたが、その手札は既に喪失済みです。少なくともこの場で戦い続けるよりはマシな筈です』


 たまに撃ち出される気弾を、ロアは速度を落とさないまま横に跳んで回避する。外れた気弾が壁や床に直撃し、その度に派手な音を立てて迷宮が破壊される。荒れる通路を感知と視界の両方に映して、ロアは全力疾走で逃げ続ける。


『それに私の予想が正しければ、相手がそこに来ることを選択するならば、こちらの勝利が確定します』

『……よく分からんが、お前を信じる』


 力強く断言するペロの意見を、ロアは迷いつつも承諾した。

 有効な打開策など都合よく浮かんではこない。浮かんできてもそれが正しいとは限らない。ならば全面的に信じたところで何の問題もない。いつも通りで、これまで通りだ。

 相棒の言に従って、ロアは目的とする場所まで走った。

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