第21話 二度目の救援
遺跡の奥を目指すことに決めたロアは、心身を全快にさせるため翌日を完全な休日に充てた。その一日を健やかに過ごし完全に回復しきったロアは、ネイガルシティでは最後になるかもしれない遺跡探索に臨もうとしていた。
無駄な体力の消費を防ぐため、最早慣れたと言っていい輸送車両の駐車場まで来ると、乗車賃を渡してそのうちの一台に乗ろうとする。すると背後から声をかけられた。
「よお、ロア。先日以来だな。よかったら一緒に行かないか?」
ロアに声をかけたのはロディンだった。ロディンの近くには彼のチームの仲間もいた。ロアはその四人全員に見覚えがあった。
「一緒に行くって、俺はこれに乗るだけだぞ」
「だったら俺たちもそれに乗るだけだ。お前たちも別にいいだろ?」
リーダーからの提案にメンバーは快く頷く。一人だけは不機嫌そうに舌打ちしたが、異論を唱える真似はしなかった。それを肯定とみなしたロディンがリーダーとして決定する。
「そういうことだ。短い間だがよろしく頼む」
何を頼まれてるのか解らなかったが、取り敢えずロアは曖昧に頷いておいた。
「お前が着けているその情報端末、前はなかったよな?」
「ああ、お前らに貰った金で買ったんだ。本当はもう少し金が貯まってから買おうと思ってたけど、予想外の収入になったからそれでな」
「へー、ロアって情報端末持ってなかったんだ。意外。あんなに強いんだし、もっと稼いでるかと思ったよ」
輸送車両の中、側面に並べられた座席の上に座りながら、ロアは主にロディンとサラの二人と会話していた。
「もっとって言われても、これ凄い高かったけどな。こんなのをポンポン買うのは俺には無理だ」
「そうなんだ」
サラが持っている情報端末は一般向けのものである。Eランク以下の探索者の中には、機能の高い探索者向けの端末には手が出せず、一般向けを使用している者も多い。情報端末として使うだけならそれで十分であるし、そんな金があるなら先に装備を整えたいと考えるためだ。サラはロアの実力ならば、探索者向けの情報端末を当たり前に持っていると思っていた。だから自分たちが渡した報酬で端末を買ったと聞いて、それを少し意外に感じた。その些細な疑問も、ロアが口にした言葉で納得した。
「そうか。俺たちからの金が役に立ったならよかった。俺もお前は結構稼いでると思ったからな。端金と笑われずに済んで安心したよ」
「なんでそう思うんだよ……。そんなわけないだろ」
ロディンもサラと同じことを考えていたが、ロアの反応を見てその予想が外れていたことを悟った。或いはこれからそうなる人間だと考え、色々な意味でこのタイミングで関係を築けて幸運だと思った。
「お前が情報端末を手に入れたなら、俺と探索者IDを交換しないか? それとも先約でもいるか? それなら後にするが」
「探索者ID……? ああ、あれか」
先日情報端末を購入した際、ロアはそこの店員から色々と説明を受けていた。その説明により、情報端末は登録証の役割を一部代替することが可能だと解った。それ以外にも色々と便利な機能があると聞いた。端末に登録証を読み込ませることで、探索者協会の専用サイトに個人ページが作られる。そこの個人IDを他の探索者と交換することで、気軽に他者と連絡を取り合えるようになるという話だった。それを教えられたロアは、自分にもそんな相手ができるのか疑問に思ったが、早速その相手一号が見つかった。
「別に先約はいないからいいぞ。ロディンが最初だ」
「そうか。それならよ──」
「ええ!? それなら私と交換しよう! 私がロアの初めてになる!!」
「……お、おう?」
割り込むようにして主張するサラの勢いに気圧され、ロアはその求めに驚きながら頷いた。割り込まれたロディンも驚愕したが、特に文句を言うことはしなかった。二人がID交換するのを苦笑しつつ見守った。
「やったー。ロアの一番ゲットだぜー」
嬉しそうに端末を掲げるサラを横目に、ロアはロディンともIDの交換を行った。ID交換が済んだロアは、そこにサラとロディンの名前があるのを確認すると、ある事を思い出して声を上げた。
「あっ、そうだ。お前らってレイアと同じグループだよな。俺、あいつと話したいことがあって。あいつにそれを伝えておいてくれないか? 数日以内に話し合おうって」
「えー、ロアもレイア狙いなの? 私というものがありながらひどいよー」
嬉しそうにしていたサラが一転不機嫌な顔を作る。コロコロと表情を変えるサラに、ロアは首を傾げて言う。
「言ってる意味は解らんが……俺はここを出て別の都市へ行くって決めたから、それで最後にレイアと話しておくだけだよ。あいつとは昔からの知り合いだからさ」
「ええ! ロアここ出て行くの!? なんで!?」
「なんでも何も、変なことじゃないだろ。普通に別のとこへ行きたくなっただけだよ」
馬鹿正直に襲われそうだから移住するとは言わなかった。事実としてそういう理由もないわけではなかったので、ギリギリ嘘にはならないだろうと気まずく思わずに済んだ。
「それでどうだ? 無理ならいいけど」
「いや、それくらいなら問題ない。レイアにそれを伝えて、お前の端末に連絡すればいいか?」
「ああ、それで頼む。ありがとう」
気にするなという様子でロディンが手を振ると、丁度そのタイミングで輸送車は止まった。壁に取り付けられた窓から外を覗くと、そこはもう遺跡近くの前線基地だった。
ロアを含めて、乗車していた者たちは順番に降りて行く。下車してから固まった体を軽くほぐすロアに、改めてロディンが声をかける。
「どうせなら今日は一緒に探索しないか? 取り分はそっちが四割でいいから」
「悪い。今日は自分の行ける範囲で奥を目指すって決めてたんだ。だからその提案は断るよ」
「そうか。なら仕方ない。気をつけて行けよ」
提案を断られても気にした様子のないロディンに、「そっちもな」と返したロアは、気合を入れ直すと小走りに遺跡の方面へと向かった。
ロアは存在感知を発動しながら、遺跡の中を緩い速度で移動する。奥を目指すとは決めたが、泊まりがけで攻略する気はない。あくまでも日帰りで行ける範囲を無理なく攻略するつもりだった。
基本的に遺跡と呼ばれる領域はかなりの広さがある。かつての人類は広範囲にわたり居住地を伸ばしていた。そのため現代の狭い地域に人が集中している都市とは、このあたりの事情が明確に違っている。中にはそうした遺跡も存在するが、元々の人口が違うからしてやはり広さは異なっている。
遺跡というのは、奥に行くほど出現するモンスターが強力になる傾向がある。それは人々の生活の中心部に近づくことで、人口の管理や行政を司る重要施設が増えるからだと考えられている。だから遺跡の奥、もっと言えば中心部には、そこを守るための強力なモンスターが配備されており、同時にそれだけの価値がある遺物が残されている。ロアはこのような情報を買ったばかりの情報端末から得ていた。
ここネイガルシティ近郊遺跡でも同様の傾向がある。外縁部にはそれこそFランクの新人探索者でも討伐可能なモンスターしか出ないが、奥に行けばDDランクの中級探索者でも苦戦するようなモンスターが当たり前に出現する。流石にそこまで奥を目指す気はロアにもなかったが、近い所までは行きたいと考えていた。自分がどれだけ強くなったのか。それを試すために、今の自分の実力に見合うモンスターと戦いたかった。
見覚えのあるモンスターは可能な限り無視し、執拗に狙ってくるものだけを排除する。生体型は魔力に変えて、機械型は解体もせずに放置する。ひたすらに奥を目指すことに終始した。
そうしてロアは、ついに自身の最長記録を更新した。
『ふぅ……ここまで来ると、流石にこれまでと雰囲気が違うかな?』
『他の探索者が少なくなったので、そのせいではないですか』
感覚として違和感を感じるロアだったが、相棒にはあっさりと否定されてしまう。確かに人気が無くなったのも事実であるが、それだけが理由とは思えなかった。
『うーん、気のせいじゃないと思うんだけど……』
『微妙に景観が変わったからかもしれません。ここら辺は高い建物が増えていますから』
『ああ、なるほど。それかもしれん』
あまり上方には気を配っていなかったが、ペロに言われて上も意識する。そこには崩壊気味なのは変わらないが、天辺が高くなった建造物が増えていた。ロアの感覚としては、入り口付近よりも倍は建物が大きくなっていた。
『なんでこの辺から大きくなってるんだろ』
『中心地区に近づいているからでしょうね。ネイガルシティも壁近くや壁内の方が、そこに建つ建物は大きく広いでしょう。それと同じことです』
『そういうことか』
ペロの説明に得心したロアは、身を引き締めて警戒度を一段上げた。ここから遺跡としての難易度が上昇する。そう探索者協会の公開情報を見て知っていた。最低でもEランク上位のチームでなければ通用しない。そのレベルの地帯だ。ロアはEランクになったばかりだが、自分の実力はDランク相当はあるかもしれない。その認識を持ったからこそ、こうしてここまで来たのだ。ここからが今回の探索の本命だった。
『いました。敵です。数は二。正面と前方建物の側面です』
ペロからの報告を受け、ロアは己の武器を構える。右手にブレードを握り、左手に収束砲を持つ。そして敵の姿を目視する。ロアは敵の姿を視認して警戒を強めた。
地面を這う一体は機械型であり、これまでとは異なり腕部に刃物を携えている。武装がより殺傷能力に特化したものとなっている。そしてもう一方、壁面に張り付くように移動しているものも機械型だった。こちらは刃物などの武器は見当たらず、中程で折れ曲がった筒を二つ備えていた。その見たことのある姿に、ロアは既視感を抱いた。
『なあペロ。アレって──』
『攻撃です! 避けて!』
強い警戒の声に、ロアは反射的に地を蹴った。それは反射というより、無意識に近いものだった。気づけば自分は元いた場所から飛び退いていた。不思議な感覚を抱くロアだったが、すぐさま現実を直視させられた。自分の元いた場所が突然に爆ぜたからだ。その原因が壁にいるモンスターにあると、ロアは直感的に理解した。そのまま意識を戦闘状態へと移行した。
左手の収束砲へ魔力を込める。数秒の時間がかるそれを敵が大人しく待つなどあり得ない。地面を行く機械型は、下半身に備え付けられた六本の脚部を高速で駆動させた。四つ足の生体型に劣らないスピードは、あっという間に彼我の距離を縮めた。
敵の急接近に、ロアは魔力が最大まで溜まらないまま収束砲のトリガーを引いた。魔力弾が相対速度を上昇させて標的に着弾する。最大威力の約半分程度の攻撃は、機械型の突進を止めるには十分だった。刃を持った機械型の動きが鈍った。
ロアはそのままトドメを刺そうとして、すぐさま行動を中断する。砲を持った機械型の攻撃を受けたせいだ。それは寸前で避けたが、目の前の敵を仕留める機は逃してしまった。
再び勢いを取り戻したモンスターが、ロアに向けて凶刃を振るう。刀身自体は長くなく、避けるのに苦労はしない。しかし手数が多い。交互左右に、微妙に緩急がつけられた攻撃は、ロアから反撃の糸口を奪った。攻めあぐねるロアに向かって、また砲撃型から支援が入る。
正確な狙撃は無理な回避を強制させる。刃の回避に専念していたロアは、斜め前方から飛んでくる砲撃を避けるために態勢を崩した。そこを刃物型の攻撃が捉える。ロアの左腕をモンスターの刃が掠めた。受けた苦痛にロアは顔を歪めた。
同時にそれは反撃の契機となった。間合いに入った瞬間、相打ちの形でロアもブレードを振るっていた。魔力の通ったブレードは、相手の左のアームを切り落とした。攻撃のバランスを失ったモンスターに向かって、ロアは続けざまに刃を振るった。
ブレードが胴体に達し、食い込んだ刃に僅かな抵抗を感じる。だが魔力と腕力に強く力を込めることで、なんとか振り抜くことに成功する。金属質のボディに斬撃の跡が迸る。同じタイミングでブレードの刃が砕け散った。度重なる戦闘の負担に、いよいよ刀身が耐えきれなくなった。
気にせずロアは左の収束砲を放った。至近で放たれた魔力弾は、ブレードで弱った装甲を確実に破壊した。対峙していた刃物型は、部品を辺りに撒き散らしながら前方に吹っ飛んでいった。それを為したロアは、すぐにその場から駆け出した。
走りながらロアは、予備のブレードを抜き放つ。向かう先は砲撃型が張り付く建物だ。左手に持った収束砲は邪魔になるからと途中で捨てる。左をがら空きにさせて、走る勢いのまま壁に向かって跳躍した。
壁面に足裏をつける。壁との接着を意識して、かかった足を下方向に強く蹴り出す。上方へと跳んだロアは垂直に壁を駆け上がった。建物の出っ張りに手をかけて、時に足場として、あっという間にモンスターの元まで到達する。
そのままそこに張り付く砲撃型に向けて、右手のブレードを突き出した。斬れ味の向上した刃が、硬質な金属の体を貫通する。
ブレードで貫かれたモンスター。その状態でも動きは止まらない。至近の敵に標的を定めて攻撃に転じようとする。しかし、ロアがブレードを横に振り抜いたことで、そのボディは二つに分断される。それがトドメとなった。
壁面への接地能力を維持できなくなったモンスターが、力を失くして落下する。それと一緒になって、ロアも重力の影響を受け始める。空中でバランスを崩したロアは、慌てて肉体強化を引き上げた。そのまま大きな音とともに地面に落下した。
背面から地面に叩きつけられたロアだったが、魔力による強化のおかげで怪我はなかった。しかし受けた衝撃と苦痛までは消せなかった。感じた痛みに呻き声を漏らした。
「いってぇ……」
これほどの痛みを感じるのは、遺跡に来てから始めての経験だった。
『途中まで格好良く戦っていたのに、最後は締まらない終わり方でしたね』
相棒からそんな苦言を呈されて、土や埃を払いながら立ち上がる。
立ち上がったロアは、受け身を取るために手放したブレードを見つけて拾い上げた。それからすぐそばに、横たわるモンスターの残骸も発見する。戦闘中は夢中で気づかなかったが、全長は脚部も含めれば一メートルに達する大きさだった。備えられた砲身も、自分の持つ収束砲に劣らない口径がある。こんな見るからに危険なモンスターに、接近して攻撃したのは少し失敗だったかと、反省の意味も込めて苦笑した。
そのロアへ、ペロが先の戦闘で気になったことを一つ尋ねた。
『どうしてわざわざブレードでトドメを刺しに行ったんですか? 魔力砲で遠距離から倒せる相手だった筈です。無理して叩き斬る理由は無かったと思われますが』
『いや、できるかなって思って……』
ペロからの疑問に、ロアは苦笑を浮かべたまま曖昧な答えを返した。ロアとしても、その判断については失敗だったと思っていた。冷静に対応すれば、無意味な苦痛も味合わずに済んだ。
ならばどうしてそんな行動を取ったのか。自問して、なんとなくその答えが判った気がした。
『最初のアレ。遠距離からの攻撃。あれを避けたときって、もしかしなくてもお前が何かしたよな?』
『はい。ロアの肉体が特定の行動を取るよう誘導しました。緊急回避措置です』
回避が間に合わないと判断したペロは、一時的にロアの肉体へ介入し、取るべき動作の誘導操作を行った。そのためロアは、本来なら避けられなかった攻撃の回避に成功した。
『やっぱりそうか。なんかあの時だけ変な感じだったし、自分で動いた気がしなかったから不思議だった』
ペロのような戦闘支援用の擬似人格は、サポート対象の生命維持を目的とした場合に限り、対象の行動に対する一時的な誘導措置や肉体操作の越権行使が許されている。その基準はそこそこ厳格に設定されているが、ペロは自由度が高く元々の権限も強いため、かなり融通が利いていた。対象に許可を求めずとも、自己の判断でそれを可能とするほどだ。今まで使わなかったこれを、ペロは今回の戦闘で適用した。
ロアが半ば無茶と言える行動を取ったのは、これが理由だった。今回の遺跡探索の目的は、今の自分の実力を試すためにある。それなのにペロに力を貸してもらった。相棒が何かをしなければ、とっくに自分は死んでいたかもしれない。それがロアには情けなく感じられた。自分の力だけで戦うことができなかった。その反骨心と悔しさが、実際の行動となって表れたのだった。
『自分の実力を試しに来たのに、こんなんじゃ全然駄目だな。俺もまだまだだ』
『なら帰りますか?』
『いや、もう少し戦っていく。これが最後だし、これで終わりにしたくない』
油断も慢心も自分自身の実力だ。それを言い訳するつもりはない。しかし自分は生きている。死ねばそこで終わりであるが、生きているなら次がある。修正して生かせばそれで問題ないと、自省はするが前向きに考えた。そのためにも、このまま終わりにはしたくなかった。なにより苦い記憶のまま新天地へと行くのは嫌だった。自分は戦えるのだと、強くなったのだと、そう確信して、自信を得てから進みたかった。これはただの意地だったが、決して譲れないものだった。
『そうですか。動き自体は十分に通用していますので、後は相手の強さに順応しましょう。それさえすれば、ロアがこの辺りの敵に遅れを取ることはありませんよ』
相棒からの嬉しい評価を聞き、ロアは気合を入れ直して次の敵を探した。
『これって持ち帰ったら、結構金になったりするのかな?』
今しがた倒したモンスターの武装へ視線を送り、ロアは内にいる相棒にそう尋ねた。
『なるにはなるでしょうが、わざわざ荷物を増やしてまで持ち帰るほどではないでしょうね』
『そうか。勿体無い気もするけど、それは今更だしな』
初戦闘を終えてから既に三度目の戦闘後、ペロの手も借りずに敵を倒せるようになったロアは、倒した機械型の武装が金になるのか、今更になって気になった。これまで倒した分は、いつも通り金になる部分だけを取り出して捨て置いた。仮に金になるなら随分と勿体ないことをしたことになるが、ペロからの話を聞いてその心配は無用だと分かった。これまでも自分が倒したモンスターは、一部以外はその場に放置している。例え多少価値が上がろうと、今になって後悔する程ではなかった。
慣れた手つきでちゃっちゃと解体を済ませたロアは、立ち上がると一息ついた。
「ふぅ……普通に戦えるって分かったし、もういいかな」
ここまでの戦闘で、ロアはDランク探索者に討伐が推奨されるモンスターを、自分の実力でも問題なく倒せることを実感した。これだけやれるなら、ここ以外でもやっていけると、その自信が僅かであるが付いた気がした。色々な意味で、ここら辺が潮時だろうと感じていた。
このまま帰ろうとしたロアであるが、腰にある情報端末が急に起動したことで首を傾げた。
「なんだ?」
実際に端末を手にとってその画面を見てみると、そこには遺跡のマップ情報が映っていた。そのマップ上には自分と思われる青い点と、少し離れた場所にある赤い点が存在していた。これが何を意味しているのか判らず、ロアは首を捻った。
『なんじゃこりゃ。なあペロ、これってどういうことか判るか?』
『これは他の探索者からの救難信号ですね。どうやらそれをこの端末が受け取ったようです』
探索者用の情報端末には、緊急救難信号を発する機能と、それを受信するための機能が備わっている。これには他の探索者へ無差別に送られるオープン型と、暗号を交えて特定の端末にしか送られないクローズ型が存在する。今回ロアが受け取ったのは前者だった。
『そうなのか。これってやっぱ、助けに行った方がいいのかな』
『好きにしていいと思います。探索者は自己責任でしょうから。ただこうして手当たり次第に救援を要請するということは、緊急性が高いということなんでしょうね。既にこれを送信した本人は死んでいるかもしれません』
探索者が他の探索者から出された救援要請に応じるかどうかは、その探索者本人の人柄や気質に大きく左右される。中には無駄なリスクや罠の可能性を警戒して、全く取り合わないという者もいる。
それでも基本的にこれは応じた方が良いとされる。緊急救難信号を受け取ったという情報は端末に残る。そのため自発的に救援するよりも、報酬を受け取れる可能性がずっと高くなる。探索者協会へのアピールという面もある。救援活動を積極的に行う者は、協会からの覚えや印象も良くなる。実力とは別の、個人に対する信用評価が上昇する。
罠の可能性は確かにあるが、受ける側もそれは警戒する。仮にそうだった場合に備えて、予め要請受諾の内容を自分の端末から送信するのだ。そうすることで、相手が悪意ある者たちだったとしても、自分は嵌められたのだと証明することができる。そんな風に、それなりの対策をしてから救援に臨むのが普通である。
『救援を出してるのは……Dランクっぽいな。って俺より上じゃん。マジか』
端末が受け取った情報にある救援対象者は、ロアよりも上のランクの探索者だった。それはつまり、Dランク探索者でも苦戦するモンスターか何かがいる。その可能性があるという意味だ。他にも怪我人がいるという可能性も考えられるが、そこまではロアも考えが及ばなかった。
もしかしたら今の自分でも敵わない相手かもしれない。行っても無駄になるだけかもしれない。そう思いつつも、ロアは行くだけ行ってみることにした。
『取り敢えず近くまで行ってみて、倒すのが無理そうだったら、そのときに逃げようと思う』
消極的であるが、それが一番現実的で無理のない選択だ。そうと決めたロアは、時間も惜しいのでさっさと移動することにした。端末のマップ情報に従って移動を開始した。
場所は意外とすぐ近くだった。距離にして数百メートル程度だ。
付近に到着したロアは、救出対象とモンスターの姿を確認して、表情を渋いものに変えた。
『……なんかあれ、デカくないか?』
複数の探索者たちと戦うそのモンスターは、ロアがこれまで見た中でも最大の大きさだった。体高だけでも自身の倍はありそうだ。それほどの大きさを誇るモンスターが、前足に備わった鋭利な爪で、瓦礫だろうが地面だろうが容赦なく切り刻んでいる。その攻撃を交わしながら探索者たちも反撃するが、モンスターの動きは俊敏であり、また体表も非常に硬質であったため、はたから見て防戦一方とも言える状況にあった。
『モンスターも強いけど、探索者の方も普通に強い気がする。これ俺が参戦するの無理じゃないか?』
苦戦してるように見える探索者たちであるが、戦況に反して冷静に戦っている。勝つことは難しそうだが、負けることもなさそうな堅実な戦い振りをしていた。その戦いに加わるか否かロアは迷い、それはさておき相手の強さを測ることにした。
『討伐強度チェッカー使ってみて、無理そうだったら逃げよう』
討伐強度チェッカーとは、情報端末に内蔵された機能の一つだ。端末に対象モンスターの姿を読み込ませることで、そのモンスターの強さや特徴などを素早く調べることができる。無料版だと簡単な情報しか手に入らないが、課金することでより詳細な情報も入手可能である。当然これは重要度の高い情報ほど必要となる金額も高くなる。中には金銭以外に一定以上の探索者ランクが必要となる情報も存在する。高ランク帯のモンスターの情報はそれだけ貴重なのだ。ただそうは言っても、中級以下の情報は金銭だけで手に入ることがほとんどである。この討伐強度チェッカーを使用するには、予めネットからデータを引き落とさなければならない。度々情報は更新されるので、こまめなチェックを欠かさないことが大切となっている。
その機能を利用してモンスターの情報を得たロアが、そこにある討伐強度を見て顔を顰める。
『あれでDランク帯なのか。判定厳しくないか?』
『デカくて速くて硬いですが、それだけです。強力な武装や魔術を持っていないからという判断なのでしょうね』
探索者協会におけるランク付けと討伐強度判定は、ある程度相互に結び付きがある。討伐強度は5刻みでランクと対応している。いわゆるDランク帯と呼んだ場合、そのモンスターの討伐強度は16~20という事になる。そして、そのランク帯での最上位モンスターを討伐可能と協会に判断された場合、その探索者のランクは一つ上に上昇することになる。ただこれは、ランクによって上がり易さは異なっている。
探索者は大まかに三つの階級に分かれている。上級、中級、下級である。この階級にはそれぞれ大きな壁があるとされる。例として、探索者を下級と中級を分ける境、Dランクと一つ上のDDランク。この二つのランク帯のモンスターは、強さに大きな隔たりがある。正確に言うならば、強度19と21のモンスターに差がある。モンスターがDDランク帯判定されるには、一定以上の強力な武装や魔術の使用という条件がある。実質的な強さがあれば、それでも上のランク帯に振り分けられることもあるが、ある程度の強さならDランク帯に押し込められる。つまりは討伐強度の渋滞が起こりやすい。これが下級と中級に大きな差がある原因となっている。そのため、討伐強度20など階級の境にいるモンスターは、単純な数字だけでは強さを測れないことも多い。実質そのランクの中で、更に二つの強さに分けられることになる。下級から中級へ上がるための、大きな壁とも言うべき存在である。
『じゃああれって、実質21とかそんな強さなのか』
『それよりは20.5や20+って表現が正しいでしょうね。それでどうします? 助けますか?』
その問いにロアは少し迷う。これが明確にDDランクなら逃げることも考えたが、あくまでDランクなら自分でも倒せるかもしれない。そう思ったためだ。先ほどまでの戦闘で、自分にはDランク相当の実力があるかもしれない。そう認識したのも、この場から離れることへの抵抗を生む要因となった。自分はDランク相当の実力があるのだから、Dランク帯モンスターは倒すことができる。根拠のない自信が、ロアを未だにこの場へ留めていた。
『あ、一人が攻撃を受けました。あれは即死ですね』
ロアの視線の先で、一人の探索者がモンスターの攻撃を食らった。攻撃を受けた探索者は、一瞬でいくつかの肉塊に様変わりしていた。ペロの発言通り、それはどう見ても即死だった。
その光景が、ロアの奥底に沈む、ある記憶を想起させた。
それがフラッシュバックした瞬間、ロアはその場から飛び出した。
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