第7話 基礎訓練
『魔力を扱うにあたって最も重要なものは経験と慣れです』
ネイガルシティが遠くに点となるほど離れた荒れ地。ロアがそこまで移動した後、ペロの訓練教室はその一言から始まった。
『とにかく魔力を使う感覚がどういうものか覚えてください。まずは私が魔力を使って手本を見せます。その動きをひたすら真似するようにしてください』
ペロから訓練をするよう促されたロアは、反対する理由もないため取り敢えず言われた通りにするつもりだった。しかしそれでも前向きにとはいかなかったので、始まる前に一つの疑問を口にした。
『なあ、その辺の操作って全部お前に任せるんじゃ駄目なのか? 最初に使ったときは俺じゃなくて、ペロが魔力の強化を使ったんだろ?』
ロアは初めて魔力操作を行い、モンスターを倒した時のことを思い返す。あの時はモンスターと対峙するだけで手一杯であり、自分で魔力を操っていた感覚は一切無かった。つまりは肉体を魔力で強化したのはペロの仕業だということだ。
それならば自分がわざわざこんな訓練をする必要はなく、魔力に関することは全てペロに補ってもらえば良いのではないか。ロアはそう考えた。
『確かに私の方で負担することも可能です。しかしそれだと他のサポートに回れなくなり、総合的な戦闘力は大きく落ちることになります。ロアが自分の役割を果たしてこそ、私本来の強みは生かされるのです』
その答えになるほどと納得しかけるロアに向かって、ペロは『そもそもですよ』と更なる説明を行う。
『魔力は頭、脳からの伝達信号と同時に精神幽層体からの直接操作も受け付けます。ですから仮に頭の中身が飛び散ったとしても、魔力というのは扱えるものなのです』
なんの話かは分からないが、『頭が無くなったら死ぬだろ』なんて言葉は飲み込んだ。あくまで例え話であることはロアにも理解できた。
『腕や足が取れれば生き物にとって生命活動の維持に致命的な状態となりますが、魔力の操作に習熟すれば物質干渉や生成によって擬似的な肉体をも構成できます。あるいは魔力だけを用いた攻撃なんかも可能となります。手札が増える、それはつまり戦闘における生存率が大きく上昇することを意味します。死にたくなければこれを死ぬ気で覚えなければなりません。蔑ろにするなんて以ての外です。分かりましたか?』
『お、おう……』
『分かればよろしいのです』とペロが満足げに頷いたことにより、ようやくロアの訓練は開始された。
宣言通り、ペロが魔力操作の手本をロアの身体で実演し、それを再現するような形でロアが操作を繰り返す。その初心者らしい不出来な操作を、都度ペロが正しい方向へ修正していく。そうして自分の感覚と模範の誤差を徐々に訂正することで、ロアは正しい魔力操作を見る見る間に身に付けていった。
『ハァ……ハァ……これ、身体動かしてないのに、疲れるもんなんだな』
『肉体が魔力の扱いに慣れていないのでその所為だと思います。初めてまともに魔力を扱うことに肉体が驚いているのですね。前回までは私が操作していましたし、短時間の使用だったので負担が現れなかっただけでしょう。ですがこれもすぐに慣れる筈ですよ』
そういうもんかと納得したロアは空を見上げる。かれこれ数時間以上ずっと訓練に費やしていたからか、空は既に赤く染まり夕暮れを迎えていた。
『……結局、一日中ずっとこれやってたな。どうするんだ。 食料四日分しかないぞ。これじゃあモンスターに殺されるよりも飢え死にする方が早いんじゃないか』
『いえ、魔力の基本的な操作はこれで充分です。明日からは実戦向きの訓練に変えて、それから以前の森で軽くモンスターとやらを討伐でもしましょうか』
『ならいいんだが……』
少し不安げな様子を見せるロアへ、ペロは励ましの言葉を投げかける。
『安心してください。私はこれでも、もう一日二日は魔力操作の基礎をやらせようと思っていたんです。それを実際の半分以下の時間でやり遂げたのですから、少しは自信を持ってもいいですよ』
『本当か……!? ……俺って実は、ペロから見て結構才能あったりするのか?』
『調子に乗らないでくださいね。二、三日というのは、あくまでロアの才能の無さを考慮した故に算出した日数です。確かに私の予想を上回りましたが、これは所詮平均程度の早さでしかありません』
『……そんなことだろうと思ったよ。……少しだけど』
若干拗ね始めたロアを、また軽い調子で慰めるペロ。二人は周囲には聞こえない喧しさを感じながら、遠くに見える街並みに向かって、道なき帰路を進むのだった。
翌日もペロの訓練を受けるため、ロアは都市の外へと足を運んでいた。
『では今から、空間把握能力の拡張と存在感知によるモンスターの索敵を、あなた一人でやってみて下さい』
前日のように、まずはペロに手本を見せてもらう所から始まると思っていたロアは、出された指示を聞いて当然の如く首を傾げた。
『それ、俺だけじゃまだ出来なくないか。やれと言われても困るんだけど』
『いいえ、今のロアなら既に出来る筈です。私が先にやってみせるのもアリですが、ロアが自信と確信を持つためにも、一度は自分一人でやってみるのがいいでしょう』
意図がよく分からないと思いつつも取り敢えず頷いたロアは、ペロに言われた通り前回の感覚を思い出して魔力を使用し始める。
ロアのイメージに則り、内側から薄い魔力の膜が徐々に広がっていく。その膜が周囲の物を内側に含んでいく度に、ロアの頭の中には五感では捉えきれない程の、詳細で膨大な情報が湯水の如く入り込んでくる。
『おお! これ前やったやつ! ほんとに一人で出来るんだな!』
『おめでとうございます。まだまだ魔力効率も拡大範囲も起動時間も杜撰なものですが、つい数日前まで全く魔力の使い方を知らなかった事実を鑑みれば、とても良好な結果です。私も驚いていますよ』
「そうか! ありがとうペロ!」
興奮と嬉しさで思念話で話すことも忘れ、ロアは大声で感謝の言葉を口にした。声を出してからここがモンスターの生息地帯であることを思い出し慌てて口元を抑えるが、その下の口角はだらしなく緩んでいた。
今まで生きてきた中で、そしてこれからの人生においても、ほとんど自分にとって縁の無いものだと思っていた魔力という力。それをペロと出会ったからたったの数日で、誰の協力も受けず己一人の力で使ってみることができた。
もちろんこれはロアだけの力で達成できたことではない。依然として、ロア自身には魔力がほとんど存在していない。加えてペロという高度文明の産物が訓練に付き合ってくれなければ、これほど早くに魔力の使い方を覚えることもできなかっただろう。
しかしそれでも、以前のように何者でもなく、なんの力も無かった自分とは違うと堂々と宣言することができる。それがなにより嬉しかった。
『喜ぶのは結構ですが、さっさとモンスターの索敵を行ってくださいね。今日中にモンスターの討伐まで行うつもりなんですから。でないと先に進めませんよ』
相棒の発言により現実に引き戻されたものの、それでも高揚とした気分でいるロアは威勢良く『任せとけ』と答える。舞い上がった調子のまま揚々と、森の奥へと足を踏み入れていった。
『ひいいいいいいい!!! た、助けてくれペロおおおおおおおおお!!!』
顔を恐れと焦りで歪めながら、それでも速度を落とさないため必死に歯を食いしばった状態で、ロアは自分の相棒へ助けを求めるために頭の中で叫んでいた。
『呑気に油断しているからそうなるんですよ。いくら魔力による索敵方法を覚えたと言っても、今のロアの技量では視覚や聴覚による索敵と大して変わらないに決まっているではないですか。本当にお馬鹿ですね』
意気揚々とモンスターの索敵を行なっていたロアは、大して時間をかけることなく一体のモンスターを発見した。そしてそのことにひどく興奮したロアは、魔力による感知という新しい感覚に囚われすぎたせいで、元々の五感の存在が意識から外れてしまった。
未だ不慣れで未熟なロアの存在感知では、それほど広い範囲は探れない。にもかかわらず、その中にたまたま一体のモンスターが収まっていたため、存在感知の外側に対する警戒が疎かになった。
そうしてロアという獲物を遠くから察知したのが、この森の中で最も危険と呼ばれるフォレストベアというモンスターだった。ペロに声をかけられたことでその存在に遅まきながら気づいたロアは、モンスターの姿を視認した途端、その恐ろしさと強さを理解して一目散に逃げ出した。
結果、自分を殺そうと追いすがる怪物から、必死の形相で逃げる羽目になっていた。
『私と会う前も何体かモンスターを倒しているのでしょう。そんな一心不乱になって逃げる必要があるんですか?』
『あいつは俺が倒したフォレストウルフなんかとはわけが違うの! この近辺で一番討伐強度が高いんだぞ!』
モンスターには探索者協会によって定められた、討伐強度というものが存在する。これはモンスターの強さや脅威度を数字で表すことで、探索者の実力やそれに適したランク帯を協会側が把握、または探索者にとって自身の実力に見合ったモンスターを相手取るための目安とするためのものである。
この討伐強度は1から存在し、ロアが今までに倒したフォレストウルフは3となっている。しかしこのフォレストベアはその倍の6相当であり、これは探索者のランクでFランク帯に討伐が推奨される強さである。Gランクのロア一人では、相手をするのは到底無理な話だ。それ故この森を抜けるときも、最も警戒して避ける相手となっていた。
『かなり疲れてきた! このままじゃ追いつかれる! そんでマジで死ぬ! これからちゃんと真面目にやるから! ほんと助けてペロ!』
『全く……本当にロアは私がいないとダメダメですね。これでよく今まで生きてこれたものです。しかし私はそんなダメダメなロアの相棒なので、しっかりサポートしてあげましょう』
疲労が大分溜まり、力が抜け始めていたロアの身体が、急に活力を得たかのように力を取り戻していく。以前フォレストウルフの首を両断したときのような、体中に漲る万能感を感じ始める。
魔力による強化を施されたロアは、これなら勝てると、急激に停止、反転して、自らを仕留めようと迫るモンスターに対して向き直った。
獲物が逃げるのをやめたにも構わず、速度を緩める様子を見せないモンスター。それに対して、ロアはペロのサポートを受けて強化されたナイフを正面に構える。真正面から突っ込んでくる相手の動きを強化された動体視力で正確に見切る。そしてモンスターが自分に接触する刹那、瞬時に横滑りの移動を行い、相手の足元付近を狙ってナイフを振り抜いた。
魔力により強化されたナイフは、頑強さと鋭さを一時的に大きく高め、フォレストベアの前足をあっさりと断ち切った。左の前腕を失ったことで、フォレストベアは突進の勢いを残したまま大きくバランスを崩し、地面の草や土砂をせり上げながら派手に横転した。
横倒しになったモンスターにとどめをさすため、すかさずロアは素早く近づいた。そのまま隙だらけな頭部に狙いを定め、違わずナイフを突き立てた。
頭部にナイフが突き刺さると同時に、手に持ったナイフの柄が武器強化に耐えられなくなりボロボロと崩れ始める。その直後に、ナイフが突き立てられた箇所からは濃い緑色の体液が溢れ出した。
ロアはそれを放心気味に眺めて、改めて自分が倒した目の前のモンスターの死骸を見やる。そして視線を自分の手の平に移すと、唇をワナワナと震わせ、両手を上に振り上げた。
「か、勝った……! フォレストベアに勝った!!」
初めて強敵と呼べるモンスターを倒したロアは、湧き上がった感情から喜びの声を上げた。
フォレストベアはペロと出会う前のロアでは、逆立ちしても勝てない相手だった。加えて自分の実力以上の敵を打ち倒したのは、本人にとってなんだかんだ初めての経験と感覚である。そのため快活を叫ばずにはいられなかった。
そんなロアの姿を見かねたペロが、正気に戻すために声をかける。
『私のサポートありきの勝利を喜ばれても困ります。これはロアの訓練なのですから。あなた一人の力で倒さなければ意味がないではないですか』
『別にいいだろ。こいつ倒すの初めてなんだから。それにいきなり俺一人でモンスターを倒せって無理だろ。魔力強化の方はまだ教わってないじゃないか』
『私はまず索敵を行なってくださいとしか言っていません。それをロアが調子に乗って不用意に動くから、予期しない敵と遭遇する羽目になったのでしょう。もう忘れたんですか』
勝利の余韻を邪魔されたロアは、愚痴るように相棒への不満をこぼす。が、ペロからは自分が犯した失態について的確に反論されてしまう。痛いところを突かれたと思ったロアは言葉に詰まり、内心の動揺を誤魔化すように頬を掻きながら話題を変えた。
『……あー、それでその魔力強化ってどうやるんだ?』
『はぁ……それも存在感知と要領は大して変わりません。自分の内側から魔力を引き出して、それを肉体や武器に纏うのです。これも取り敢えずあなた一人でやってみてください』
露骨にため息を吐き呆れた様子を隠さない相棒に、ロアは『お、おう』とバツが悪そうに返事をする。そしてこの話にはもう触れないよう早速実践してみせる。
自分の内側に存在する、本来ならばそこには無い魔力という力。それを探るように掴み取り、徐々に身体の外側へと引き出していく。その引き出した魔力を、つい先程ペロというお手本を見せて貰ったときの感覚をなぞりながら、少しずつ己の肉体へと馴染ませていく。
集中するため自然と目を閉じていたロアが、瞼をゆっくりと持ち上げる。そして未知の感覚を確かめるように、自らの手のひらを開け閉めしながら、静かに口を開いた。
「……これ、ちゃんとできてるか?」
『できていますね。大したものだと思いますよ』
ペロが率直な賞賛の言葉を口にする。珍しくこの手厳しい相棒が自分を褒めたことを理解して、ロアの口元が徐々に緩んでいく。しかし、すぐに褒め言葉とセットで付いてくる悪口の存在を思い出して、笑っているような訝しんでいるような、なんとも言えない微妙な表情で固まった。
『そ、そう言いつつ、この後すぐに俺のこと貶すんだろ。俺は知ってるぞ。調子になんか乗ってやらないからな』
『調子に乗らないのは良いことです。先程もそれで痛い思いをしたばかりですからね。しかし私とて褒めるときはしっかりと褒めます。今まではそれに値すらしなかったので、相応に厳しい評価を与えただけです。今回は違いますので、素直に私からの賛辞を受け取って構いませんよ』
その言葉を聞き、ほとんど怪訝な態度が取れつつも、ロアは若干の警戒を残して聞く。
『……マジで?』
『おおマジです』
断言したペロの肯定に、ロアは一瞬だけ満面の笑みを浮かべるも、すぐに強がるようにそれを引っ込ませた。
『ま、まあ? 俺にかかればこれくらいは……フフフ』
『嬉しいなら素直に喜べばいいですのに。ロアってそんな捻くれた性格だったんですね』
『……それ、間違いなくお前の所為だからな?』
自分の取る態度に影響を与えている自覚のないペロの台詞に、ロアが喜びから一転苦々しく顔を歪めて恨み言を吐いた。にもかかわらず変わらずとぼけた様子の思念を飛ばしてくる相棒に対して、諦めたようにため息を大きくした。
ため息とともに気持ちを切り替えたロアは、地面の上で横たわるモンスターの死骸へ視線を向ける。そして昨晩の出来事を思い出して言った。
『なあペロ。このモンスターの死体って、ベイブの死体にやったみたいに魔力に変えることって出来ないのか?』
『出来ますけど、それがどうかしましたか?』
『出来るのか!?』
突然驚きを露わにして叫ぶロアへ、不思議そうな声音でペロは尋ねる。
『それって、それほど驚くようなことですか?』
『いやだって、前にこの森から帰るときに、持ち帰れないモンスターの死体は魔力に変えなかったじゃないか。驚くに決まってるだろ』
ロアの主張を聞いて『ああ、そういうことですか』と納得する様子を見せたペロは、そう思って無理のない疑問に対して誤解を解くように述べた。
『物質の存在変換は使用するだけで魔力を消費するんです。ですから起動と回収の魔力が釣り合わなければ、やるだけ損してしまうんですよ。だから今まで倒したモンスターには使用しなかったのです』
ペロの分かりやすい説明を聞いて、ロアはなるほどと頷いた。
『だったらこいつはどうだ。それとも倒してから時間経つから無理なのか?』
『ギリギリですね。まだ収支はプラスになると思います。死体から拡錬石を取り出す手間もあるので、このまま吸収することを勧めます。ですがいいのですか? モンスターの素材はお金になるのではないですか』
『あー……こいつフォレストウルフより強いくせに、毛皮の値段あんま変わんないからいいや。それにこれの皮剥ぐの面倒臭そうだし……』
ロアの横着を察したペロが、呆れた様子でツッコミを入れる。
『ロアってそんなんだから貧乏なんじゃないですか?』
『……これから俺一人の力でモンスター倒すんだろ。だったらこんなことで時間使っちゃダメだろ』
『そういうことにしてあげます』
理解ある言葉を口にしながら、ペロは体内の拡錬石ごとモンスターの死体を魔力に変換した。あっという間に消えたモンスターの死体を目にして、ロアがまた少し驚きを露わにする。
そして相棒の声に背中を押されるようにして、更にモンスターを狩るため森の奥へと向かうのだった。
フォレストベアを倒した後も複数のモンスターを自分の力だけで倒したロアは、自分の強さや成長した実感を持って都市へと帰還した。まだ存在感知と魔力による肉体強化の二つしかできていないが、それでも大して苦戦をせずに真っ向から堂々とモンスターを打ち倒せた。その事実はペロの思惑通り、ロアに大きな自信を付けさせた。
揚々とした気分で自分の寝床に帰着したロアは、ペロと雑談を交わしながら明日に備えて体を休める。訓練の疲れを取るため早めの眠りについた。
そして夜、多くの者が寝静まる深夜。
生物として当然のように睡眠をとる相棒の姿を魔力による俯瞰的な視線で感じながら、自らの意識をスリープ状態へ移行させずにペロは思考していた。
(……ロアの成長速度。これは正直私から見ても……いえ、私の生まれた時代の基準に照らし合わせて考えてみても異常です。訓練を開始して、たったの二日で存在感知と魔力強化を可能とするとは。私の予想を遥かに超える早さです)
ペロは当初、魔力の基礎操作訓練に二、三日を費やすとロアには伝えていたが、これ以上の日数を要することも考慮していた。それはロアの才能の有無というより、ロアが今まで魔力を全く扱ってこなかったことが原因だった。
魔力というのは、それを持つ者ならば誰でも無意識にその力を使用するものである。それは大なり小なり程度に差はあれど、生き物としてごくごく自然で当たり前のことだ。しかし、ロアにはそもそもその魔力が存在しない。それはつまり、他者に比べて圧倒的に魔力という存在に触れる機会が少なかったことを意味する。
そんなロアの特異な事情を考慮に入れて、ペロは基礎訓練を実施した。初めから魔力という慣れの無い力に触れれば、どのような結果をどれだけ齎すことになるか不明瞭だ。だから基礎と称して、徐々にその力に慣れさせようと考えた。
予想通り、魔力を実際に使用してみせたロアの肉体は大きく疲弊した。それはあくまで予想の範囲内であったので、その点に関して問題はなかった。ペロにとって想定外だったのは、初めて自分で魔力を扱う筈のロアが、たった一日で自分の満たす基準に到達したことだった。
ロアに説明した通り、この基準を一日以内に達成することは困難ではない。ある程度この手の才能に恵まれ、魔力の操作に覚えのある者ならば当たり前に達成できるものだ。
しかし、これが初めて魔力を扱う者というのならば話は異なる。地面を生まれつき当たり前に歩ける陸上生物が、水中では同じ要領で泳げないように、魔力を知らないロアが、たった一日で知る者と同程度に扱えるなど、ペロの知識ではあり得ないことだった。
だからこそ、二日目にして自力での魔力操作を行うことをロアに求めた。自分の中にあるロアの成長予測を改め、不確定性を認識し、それを是正するためにだ。
案の定と言うべきか、ロアはペロの想像以上の成果を発揮した。そんな彼を褒め称えると同時に、ペロは内心で一抹の怪訝と憂慮を抱くことになった。
(私があの場所に封印され、最低でも数百年以上の時間が経過していた。その封印を最初に解いたのがロア。この出会いは果たして偶然だったのでしょうか。たまたまロアが訪れたタイミングで地面が抜け、あの地下の空洞にまで辿り着いた。その可能性は否定できません。ですが、それ以前に多くの人間があの場を訪れている筈。それはガルディの話からも明らかです。にも関わらず、初めて私を見つけたのは魔力が全く存在しない人間であるロアだった。そしてそのロアは、現在私でも驚くほど魔力に対する高い適性を持ち合わせている。これが意味するところは何なのでしょうか。何かしらの作為を感じずにはいられません)
ロアの寝顔を覗きながら、ペロは抱かずにはいられない疑問を言葉にする。
『私とあなたの出会いは偶然だったのでしょうか。それとも、出会うべくして出会ったのでしょうか』
その呟きは誰にも届かない。それを聞ける唯一の者も、今は微睡みの中にいるからだ。
明日への希望を抱いて安らかな眠りにつく一人の相棒。その存在に対して穏やかな雰囲気を醸し出しつつ、ペロは自らの思考を打ち切った。
例えこれが運命付けられた出会いだったとしても、自分がすることも、するべきことも変わらない。この世界でただ一人の相棒を、自身の全霊を以って支えるだけだ。それこそが己の存在意義であるのだ。
それ以外の全てを雑念と割り切って、ペロは意識を半覚醒のスリープ状態へと移行した。
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