第5話 雑貨屋ガルディ

 路地裏を紛れるように移動していたロアは、やがて通りの一つに出ると、一軒の見すぼらしい建物の前で止まった。


『先程の場所と比べて随分とまあ……個性的と言っていいんでしょうか』

『……そこは変に気を遣われる方が違和感あるんだが』


 建物ではなく自分に対して配慮された発言に、ロアは思わず苦笑した。そして特に覚悟も改めることもなく、遠慮のない足取りで軒先の下にある扉を開けた。


「おーい、ガルディ爺さんいるかー?」


 様々な雑貨が棚や台上に置かれた店内で、正面奥にあるカウンターに腰掛ける一人の男が返事をした。


「んなもん見りゃ分かるだろ。いちいち確認することか」

「いや、なんだか久しぶりに会った気がするから。言いたくなって」

「何が久しぶりだよ。数日前に会ったばっかだろうが。いよいよ時間の感覚までイかれたか?」


 悪態つくような乱暴な口調を使うこの男に会って、ロアはようやくこの都市に戻って来たことを実感した気分になった。

 ロアにガルディと呼ばれた、白髪の混じった短い茶髪に無精髭を生やした中年の男は、この雑貨屋の店主である。正規の店ではないため品揃えや品質は悪いが、その分価格帯は低いため、ロアにとっては数少ない行きつけの場所となっていた。


「で? つい数日前に俺は遺跡を探すんだって揚々と出掛けて行ったわけだが、その成果はどうだったんだ?」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべるガルディを見て、ロアはあることを確信した。


「爺さん……やっぱあんた知ってたのか」

「ってことは無事辿り着けたわけだな。ロアのくせにやるじゃねぇかブハハハ!!!」


 堪え切れなくなったという様子で大声で笑い出すガルディに、ロアは苦々しく表情を歪めた。そのロアの反応にガルディは笑い声を抑え、代わりに口元の笑みを深くした。


「いやいや、笑っちゃいるがこれでも感心してんだぜ? 絶対お前じゃ途中で引き返すか、モンスターの餌になるって思ったからな。無事戻って来れて結構じゃねぇか」

「……知ってたなら教えてくれたっていいじゃないか」

「なに言ってんだ。それじゃあ面白くねえだろ。それに今でこそ知らん奴も多いが、元々これは新人に対する試しの意味があるんだぜ? あそこまで辿り着いて帰還するっていうな。それでようやく本物の遺跡に挑戦する資格を得るってもんよ」


 そういう言われ方をされれば、不満はあるがロアにしても言い返す気は起きなかった。実際あの程度のモンスターに手こずるようでは、本物の遺跡を徘徊する怪物などには歯が立たない。そのことはロアにもよく理解できていた。

 それに決して口にはしないが、成果だけなら充分を遥かに超えるものを得られた。引き止めなかったことにお礼を伝えてもいいくらいだった。


「……まっ、それはもういいけどさ。それより食料と新しいナイフが欲しい。買わせてもらうぞ」

「なんだ? 銃の弾の方はいいのか?」

「あれならとっくに壊れたよ。……そのニヤつき方、これも分かってただろ」

「ブハハハ!!! そりゃそうだろ! この店にある銃なんてオンボロか廃棄品くらいのもんだ。マトモなのが欲しいなら、金持って専門店に行けよって話だわな! ブハハハ!!」


 またしても大笑いをするガルディを放っておいて、ロアは床に置かれた木箱の一つを漁る。その中で乱雑に積み重なられたナイフを三本取り出すと、カウンターの前に持って行った。


「携帯食はとりあえず三日分くれ」

「あいよ。ナイフ三本と合わせて1500ローグな」


 ロアはリュックから、先程手に入れた1000ローグ紙幣と500ローグ硬貨を取り出して、カウンターの上に置いた。これでまた手持ちは300ローグとなり、一気に懐が寂しくなったのを感じて、ロアは軽く溜め息を吐いた。


「景気の悪い溜め息なんて吐くなよ。そんなんだと幸運まで逃げちまうぞ」

「……そうは言っても、成果を考えたら赤字だしな。もう運も逃げ切った後だろ」


 本心を隠したまま残念そうに言うロアの発言に、ガルディは苦笑気味に助言を口にした。


「あの森から帰還したお前なら、もうそれなりの探索者と言えるだろ。だったらグループに加わるのもアリなんじゃねぇか?」


 グループというのは、探索者を含めた雑多な人間が寄り集まった集団だ。これは探索者協会で結成できるチームとは異なる、非公式の独立した集まりである。比較的立場の弱い者たちはグループに所属することで、日々の糧を得たり自らの身を守ったりするのである。

 ガルディからの提案に、ロアは少しだけ考える素振りを見せてから答える。


「いや、止めとくよ。どうせ鉄砲玉にされて死ぬのがオチだろ」


 勿論これは本心ではない。そういう理由もないわけではないが、ペロという相棒が出来た今となっては、自分の行動が縛られるようなことは避けたかった。相当のメリットがない限り、集団に所属しようとは思わなかった。


「俺がそこそこのとこを紹介してやってもいいぜ。そこならお前が危惧することにもならん筈だ」

「なんだ? 俺がグループに入ると爺さんにメリットでもあるのか?」


 断ったにもかかわらずすかさず加入を勧めるガルディに、ロアは微かに怪訝になる。

 ロアの疑問と警戒を見て取ったガルディは、軽く肩を竦めた。


「まあ無いこともないがな。わざわざ紹介するほど大したもんじゃねえよ。せいぜい覚えが良くなる程度だ」


 じゃあなんだというのか。相変わらず疑問の色を浮かべるロアに対して、ガルディは小恥ずかしそうに口元を掻いた。


「あー……これはあれだ。埋め合わせみたいなもんだ。お前にアレのことを教えなかったろ。それにお前も成長したっちゃしたしな。そろそろ次のステップに進んでもいいと思ってよ。とにかくそんな感じだ」


 誤魔化すように不自然な笑みを貼り付けるガルディを見て、意外の念に打たれたようにロアは目を丸くした。

 ロアから見て、ガルディという男は特別金にがめついことはないが、親近感が湧きにくい印象の人物であった。粗雑な言動もそれに関係していた。だからこういった純粋な親切を受けるのは、素直に意外だった。


「爺さん……」

「おいおい礼はいらねえぜ? 老人ってのは前途ある若者を応援したいもんだからな」

「それなら紹介の代わりに、もう二本くらいナイフ貰っていいか?」


 ロアからの遠慮のない要求に、あわや吹き出しかけたガルディは、「持ってけくそったれ!」とヤケクソ気味に、比較的状態の良いナイフをくれてやった。

 ロアはそれに調子よく礼を言い、その場を後にするのだった。




『いやー、得した得した。一本500ローグのナイフ二本だもんな。爺さんにも太っ腹なとこあるんだな。言ってみてよかった』

『第一印象が最悪な人間が実はいい人だったという展開は乙ですね。良いものが観れたので私も満足です』


 結果として2500ローグ相当の物資を手に入れたロアは、満足気に帰途についていた。


『思えば爺さんの雑貨屋って、俺の知ってる限りじゃ一番安いんだよな。ずっと値下げ交渉に応じてくれないからケチンボだって思ってたけど、元々ほとんど限界近くまで安かったのかも。それなら色々と納得だ』


 ロアが持っていた銃と魔術符は、どちらもガルディの店で買った物だった。銃は速攻で故障する不良品であった上に、魔術符も質の悪い最低ランクのものだったが、今思えばそれでも安かったかもしれないとロアは感じていた。どちらもまともに当たればフォレストウルフを一撃で倒す威力があるのだ。拡錬石を含めたフォレストウルフ一体の素材売却価格は2400ローグほどである。それなら銃と弾丸、魔術符を合わせて3000ローグで売ってくれたのは、ガルディからのかなりの恩情だったのではないか。

 そう考えたロアは、モンスターとの戦闘中に口にしたガルディへの悪態を、心の中で謝罪した。そして次行くときは、何か土産でも持って行ってやろうと考えるのだった。




 ロアがいつもより上機嫌で寝床にしている路地へと帰ると、そこには二人の見知った人物の姿があった。視線の先の人物たちよりも、早くに相手の存在に気づいたロアは、躊躇いから歩みを止めて身を隠した。


『あー、あいつらか……』

『あの二人はロアの知り合いですか? というか、あそこが今のロアの家なんですね。家よりも野ざらしの方が表現としてはかなり近そうです。野生動物の方が文明的な寝床を持っているのではないでしょうか』

『その話今しなくても……って、いくらなんでもそれは酷いだろ?』


 容赦のないペロの意見を聞かされ、思わずツッコミを入れてしまうロア。それで立てた物音に、前方にいた二人の人物が気付いたように顔を向けてきた。

 こうなっては仕方ないとばかりに隠れるのをやめたロアは、気まずそうな足取りで二人に近づいた。


「久し振り……でいいか? 最後に会ったのいつだったか覚えてないけど」

「前回会ったのは一ヶ月以上前だよ。……でも、また会えて本当に良かった」


 ロアの挨拶に応えたその人物は、心底安心したように再会を喜ぶ言葉を口にした。


「ふん。モンスターに殺されたかどこかでのたれ死んだと思ったが、相変わらず悪運だけは強い男だなお前は」


 対照的に、ロアへの敵意を隠さずに、もう片方の人物が辛辣な物言いをした。


「そういう言い方はやめてよカラナ。ロアが無事に帰って来てくれて私は嬉しいのに」

「それはお前だけだ。こいつが死のうと私はどうでもいい」

「だったら付いて来なければいいでしょ……」

「それが無理なのはレイアも知っているだろ。私はお前の護衛を任されているのだからな」


 そう言い合って、二人の少女は軽く険悪な雰囲気になる。ロアはどうしてこんなものを見せられているのか、微妙に居た堪れない気分で突っ立っていた。

 ロアに対して友好的な発言をしたのが、レイアと呼ばれた亜麻色の長髪をした少女だ。対照的にロアに負の感情を向けているのが、少年と見間違うほど黒い髪を短くした少女カラナだ。

 この二人の少女とロアは旧知の仲だった。以前は孤児仲間として、お互いそれなりに支え合うこともあった。しかしそれも、二人がグループに所属するまでだった。それからは会う機会も減り、偶にこうして顔を合わせるだけの関係になっていた。


「えっと……俺の寝床の前で喧嘩するの、やめて欲しいっていうか。レイアは俺に何か用があったりするのか?」


 とりあえず埒があかないので、ロアは二人の会話に口を挟んだ。


「用がなきゃ来ちゃダメ? ふふっ冗談。用ならもう済んだよ。ロアに会いに来るって用がね」


 ロアへと視線を向けたレイアが、冗談っぽくお茶目に笑った。それにどういう反応を返せばいいのか、ロアもぎこちなく笑い、その反応を見てレイアも苦笑した。カラナは呆れたようにため息を吐いた。

 やがて笑みを消したレイアが、表情を少し真剣なものに変えて口を開いた。


「ねぇロア。そろそろグループに入る気はない?」


 唐突なその質問に、ロアも表情を真面目なものに戻した。


「いや、何回も言ってるけど、俺はグループに入る気はないよ」

「どうして? ロアもわかってるでしょ。あなたの力じゃ、一人で探索者として活躍するのは難しいって。今回だってそれを思い知ったんじゃないの?」

「そんなことはないぞ。今回は……モンスターを二匹倒したし、それに新人の試しだっけ? あそこまで行って戻って来たし」


 それを聞かされ、レイアとカラナが驚いたように目を見開いた。レイアはモンスターを複数倒したことに、カラナは新人の試しを突破したことにそれぞれ驚いていた。その反応を見れたことで、ロアは内心で得意げになり、例のごとくペロからツッコミを入れられていた。

 驚きから回復したレイアは、それでもグループへの勧誘を続けた。


「……だったら尚更入るべきよ。今のあなたなら絶対にオルディンも認めるわ。そうすればグループの大事な戦力として扱われる。今まであなたを侮っていた人もいなくなる筈よ」


 レイアの発言を聞き、それは無いだろうとロアは内心で苦笑した。彼女はそもそもどうしてロアがグループに入らないのか、その理由を忘れているようであった。

 ロアの代わりに、それを教えるようにカラナが口を出した。


「それは無理だな。例えこいつが探索者として最低限の実力を身につけたとしても、魔力がなければ魔道具も魔導装備も扱えない。結局グループ内で下に見られ、肩身の狭い思いをすることになるのは変わらんだろうさ。なんと言っても、こいつには魔力がほとんど無いからな」


 ハッキリとしたカラナの物言いに、レイアが思い出したように顔を歪めて、ロアは誤魔化すような笑みを浮かべた。


「ああ、勘違いするな。私はお前がグループに入るのは反対しない。だがその時は身分相応に探索者など諦めて、雑用に精を出してもらうことになるがな」


 そう言ってカラナは嫌らしく笑った。

 相変わらず、ロアに対して冷たいように感じるカラナの態度であるが、ついさっきガルディが実はいい人だったかもしれないことを知ったロアは、聞き様によっては自分の身柄を案じてるように思えるカラナの発言に、彼女も自分を気遣ってくれているのかと思い始めた。

 抱いた疑問を確かめるように、ロアは率直に質問した。


「なあ、実はカラナって、俺のこと心配してくれてたりするのか?」

「…………一瞬何を聞かれたのか分からなかったが、お前が恐ろしく馬鹿だということは十分に理解した」


 嫌悪を通り越して呆れ返ったという様子のカラナに、ロアは自分の抱いた勘違いに恥ずかしくなった。あるいはカラナの反応は照れ隠しかもしれないが、例えそうだとしても、対人スキルの低いロアにそんなことは判りようがなかった。


「……この馬鹿がグループに入ろうと入らまいと、どっちみち今すぐではないんだ。だから今日はもう帰るぞ」


 ここでの話は終わりだという風に、カラナがレイアへと帰宅を促す。ロアの意思を面と向かって聞かされたことで、説得に失敗したレイアは渋々とそれに頷いた。


「じゃあねロア。……グループに入りたくなったらいつでも言って。私は歓迎するから」


 最後にそれだけを言い残し、二人の少女の姿はこの場からなくなった。

 予期しない客人の対応に、気疲れしたように息を吐いたロアを、ペロが茶化しにかかる。


『冴えないと思っていましたが、実はロアって異性にモテモテだったりするんですか?』


 その問いに、ロアは『さあな』と投げやりな返答を返して、簡素な寝床の中へと入って行った。

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