第4話 ネイガルシティ

 先史文明の遺跡。その存在が人々に認知されてから、遺跡探索という熱は高まりを始めた。

 旧時代に築かれた文明の跡地には、想像を遥かに超える富と技術の数々が眠っていた。人々は古代の叡智に魅せられ、さながら財宝を狙う墓暴きの如く多くがその地を目指した。

 しかしてそれは、眠りを妨げられた死者たちの怒りを買った。

 遺跡を目指し、古の巨富を求めた者たちは、悉くその屍を彼の地に晒した。まるで遺跡を守護するかのように配置された異形の怪物と、そのものである守護者達の存在によって。

 人類が太刀打ち出来ない怪物の存在は、人々の中で高まっていた遺跡探索の熱を急速に冷まさせた。多くの者が遺跡という存在を意識の外に出した。

 ただそれでも、一部の者達は決して諦めることはなかった。それほどまでに、遺跡が放つ魔力は強烈であった。

 やがて、一部の強者たちが異形の怪物を屠り、その遺骸を利用することで強力な武器を生み出した。その強者たちは、手にした武器で次々と遺跡を守る存在を打ち破っていった。そして遂には、遺跡を守護する存在すらも討ち果たした。彼らは人類で初めて生きたまま遺跡の内部に足跡を残し、内部から遺宝を持ち帰ることに成功した。

 持ち帰られた先史文明の遺物の存在に、人々の目は釘付けとなった。当然の如く、遺跡探索という熱は再加熱を始めた。やがて遺跡を目指す者は探索者と呼ばれ、これが今まで続く、大探索時代の始まりであった。




 初めての共同討伐を果たしたロアは、更に数体のモンスターをペロのサポートを受けて倒し、行きよりも短い時間で森を抜けることに成功した。

 森を抜け、草木から土がむき出しとなった地面を踏みしめ、無事の生還に喜びの声を上げた。


「一時はどうなるかとも思ったが、俺は生きて戻ったぞ! やったー!」

『まあ九割方私のサポートのおかげですがね。でも一割はロアの頑張りですのでそこは認めてあげましょう。おめでとうございます』

「そうだな。ペロのおかげで助かった。ありがとう」


 憎まれ口に聞こえるペロの賞賛を素直に肯定し、ロアはお礼の言葉で言い返した。短い付き合いの中で、ロアはこの頭の中の相棒への接し方を学んでいた。そこにはもちろん本心としての感謝の念も、多分に含まれていた。

 ペロはペロで、ロアからの感謝を遠慮なく受け取っていた。


『それはそれとして、私たちの視界の先に移るあの構造物群。あれがロアの住んでいる人の街というやつですか?』

「ああ。あそこがネイガルシティだ」


 二人の視線の先には、地平に並ぶ高さの異なるいくつもの建物と、その奥に屹立する建物よりも大きな壁が存在している。そして更にその壁の奥には、天辺を覗かせている塔のような建造物が、乱立するように聳え立っていた。


『あれがこの時代の住む人間たちの住む街ですか。周りに随分と土地が余っているのに限られた土地にしか住まないとは。あの仰々しい壁が原因なのでしょうか』


 独り言のようなその疑問にロアは答えない。別に意地悪しているわけではない。ただロアもその理由を知らなかった。むしろペロからの考察や説明を聞きたいとすら思っていた。


「ペロはそういうのは知ってたりしないのか? というか、ペロのいた時代の人間ってどういう風に暮らしてたんだ?」

『どう、と問われても、私は実際に人々の営みを確認したことはありませんからね。ただ知識には、あの都市よりも遥かに広い土地を使っていたとありますね』

「それって……すごいたくさん人が住んでたってことか?」


 頭の悪そうなロアの質問に「そうですね」と適当な肯定をペロは返す。ペロはペロで、局地的に集中した人口の詳細な情報は持ち合わせていなかったため、具体的な回答は出来なかった。


『ところでロア。人の存在する土地へ行く前に、その発声を思念話に切り替えてください』

「しねんわ? なんだそれ?」

『簡単に言うと、声に出さずに私との会話を可能にするということです。このままではロアが独り言を延々と呟き続ける、怪しい人物認定されてしまいます』


 思念話に切り替えるにはどうすればいいかロアが聞けば、ペロからは『頭の中で思ったことを念じてください』と教えられた。


『おーいペロ、聞こえるか?』

『聞こえていますよ。これで不審人物扱いは避けられましたね』


 実際に試してみれば、苦労などなくすんなり成功した。ただ慣れないと口元をむずむずと動かしてしまい、その違和感だけは気になった。

 思念話に慣れるためペロと言葉を交わしていると、ロアはあることが気になった。


『なあ、これって俺が念じなくても、思っただけでペロは俺の思考を読み取れたりするのか?』

『そんなことはありませんよ。ロアが私に伝えようと意識したことのみが伝わっている筈です。第一、それならこの思念のやり取りも必要ないではないですか』


 そう言われたことで、それもそうかとロアは納得した。微かに気になった違和感が言葉になることはなかった。




 ネイガルシティの最端部に辿り着いたロアは、金属の杭に鉄線を巻いただけの簡素な柵の間を抜けて、貧相なバラックが建ち並ぶ都市の外縁部へと足を踏み入れた。その最貧区画をすぐに抜けると、先程よりは上等と言える程度の建物がある区画に入った。

 ただロアが歩く周囲には最貧区画と同様に、ほつれや汚れの目立つ者が少なからずいた。


『先程よりの場所よりはマシですが、何だかここも貧乏臭いですね。人々の身なりも貧相に感じます。これが今の普通なんでしょうか。それともあの壁の外側であるここだけなのでしょうか。初めて見るロア以外の人間がこれだというのはかなりショックです』

『……悪かったな貧乏で』


 別にロアに言われた言葉ではなかったが、本人は思う所があるのか自分への言葉だと解釈した。それに気付いたペロは慰めの意味も込めて励ましの言葉をかけた。


『安心してください。私がいる限りロアに不自由な生活はさせません。あっという間に貧乏生活を抜け出しましょう』

『……ああ、期待してるよ』


 相棒からの慰めに、ロアは苦笑いで答えるのだった。


 ペロの無遠慮な物言いにもめげず歩みを進めたロアがたどり着いたのは、ある建物の前だった。表面がざらざらとした材質でできた丈夫な作りをしているここは、探索者専用の収集物買取所だ。外でモンスター素材や遺跡から遺物を持ち帰った探索者は、都市内に設置された探索者協会の買取所に持ち込む。そこで取得物を売却し、金銭を得るのである。

 現在ロアの目の前にある建物もそういった施設の一つなのだが、ここはネイガルシティ内に複数あるとされる買取所の中でも最低ランクの場所であり、立地や利便性も相応に悪い。そのためここに集まるのは、ロアのように探索者として最低ランクに属する者たちだけとなっている。

 そんな事情をペロに教えながら、ロアは立て付けの悪いドアを開けて中へ入った。

 買取場の中には、ロア以外に数人の探索者と職員くらいしかいなかった。内装は質素で掃除はされているが、経年劣化的な汚れがあちこちに目立っている。それを少し懐かしく感じながら、ロアは入り口から正面にあるカウンターへと進む。一人しかいない受付に話しかけた。


「フォレストウルフを狩った。毛皮がある。買い取ってくれ」


 簡潔なロアの言葉を受けて、職員の男は広げていた真っ白な雑誌から顔を上げた。ロアは背負っていたリュックの中から取り出すと、カウンターの上に買取希望の物を置いた。

 男は出されたそれを気だるそうに手に取って査定する。


「……あー、状態はまあまあだな。オマケしないで1800ローグだな」


 男はカウンターの下にあるレジスターを開け、一枚の紙幣と四枚の硬化を取り出し台上に置いた。その金をロアは微妙な顔で受け取り、リュックの中に仕舞った。


「そういや、森狼を狩ったなら拡錬石はどうした。取り忘れでもしたか?」


 どことなく小馬鹿にした言い草に、ロアは素っ気なく「そんな感じだ」と返した。ロアの態度に男は軽く肩を竦めると、カウンター上の毛皮を保管場所へと運びに行った。

 それを見送ったロアは、用は済んだとばかりにこの場を後にしようとする。そのロア前に、この場にいた数少ないうちの一人が立ち塞がった。


「へへっ、お前随分と稼いだじゃねえかロア。ここは景気良くパァーッと、俺に酒の一杯でも奢ってくれよ」


 その男の言葉に呼応して、近くにいる男たちが噛み殺したように笑い声を上げた。ロアは軽く後ろを振り返り、戻ってきた受付が我関せずの態度でいることに気づくと、小さく溜め息を吐いて目の前の男に向き直った。


「稼いだって、たったの1800ローグだろ。お前に酒奢るほどじゃねぇよベイブ」


 ベイブと呼ばれた腰に拳銃を吊り下げた男は、侮るような態度を崩さず口元の笑みを深くした。


「俺が見た限り、お前は最低でも森狼を二体は倒してる筈だぜ。ならその分の拡錬石もどっかに隠し持ってるんだろ? それを換金すりゃ酒代なんて楽勝だろ。それとも代わりに俺が現物に換えて来てやろうか。手間賃くらいはサービスするぜ?」


 小さく持ち運ぶに苦慮しない拡錬石は、その高価さも相まって、あえて買取所では換金せず手元に残す場合も多い。価値の変動が起きにくい上に、専門の加工場に持って行けば装備の強化に使える拡錬石は、拡錬石払いという言葉が探索者の間で通じるほど、代替通貨としての役割も果たしている。

 ロアの場合は既に自分の魔力に変換させているため、ベイブの目論見は全くの的外れであるのだが、それを証明する手段もする気もロアには毛頭なかった。


「その必要はねえよ。そもそも俺がどれだけ稼ごうと、お前に何かを奢ってやる理由も義理もないだろ」

「オイオイ、そんな事言っていいのか? それとも場所を変えてじっくりと話し合うのがご希望か?」


 腰元の拳銃をさりげなく見せつけるように触るベイブ。それを視界の端に捉えたロアは、今の自分には無い武力を見せつけられ、不安が表に出て顔を顰めた。

 期待通りの反応が見られて、余裕を増したベイブが得意げに問う。


「ん? どうした? 心変わりして奢ってくれる気になったか?』


 それにロアは答えず、僅かに険しい顔をしたまま閉口し続けた。最初は得意げでいたベイブも、何も言わないロアに段々と苛立ちが募り始め、それが表情に表れ始める。そして怒りを露わにしかけたところで、ようやくロアは口を開いた。


「……いや、やっぱりお前に何かをくれてやることはないよ。じゃあな」


 一方的に別れの言葉を告げたロアが、相手の隣を抜けてこの場を後にしようとする。その態度にベイブは一瞬呆気に取られるものの、すぐさま身を翻して肩を掴もうとした。しかし伸ばされた手をスルリと躱し、そのままロアは買取所の出入り口をくぐって、足早に建物の外へと出て行った。

 結果的にそれを見送ることになったベイブは、格下と見なした相手に虚仮にされたと感じ、屈辱と怒りで表情を歪めた。


「待ちやがれ!!」


 制止の言葉を吐きながら、蹴破るように扉を開けて外に出た。ベイブは数秒前に出て行ったロアの姿を凶暴な目つきで探した。しかしながらロアの姿は既に近くに無く、見つけることは叶わなかった。


「クソったれが……!!」


 格下相手への恫喝の失敗と、そのことで同業から受けるであろう嘲笑。それを想像したベイブは、恥辱と憤りで身を震わせ、八つ当たり染みた私怨を身の内に籠らせた。




『あー、良かった。いくらベイブでも、あの場で獲物を抜かない頭くらいは残ってたか』


 顔見知りからの恫喝とカツアゲをやり過ごしたロアは、裏路地を歩きながらホッと胸を撫で下ろしていた。


『あんな下の下の下の下の小者みたいな輩から逃亡を選ばざるを得ないとは、なんとも歯がゆい限りです』

『仕方ないさ。あそこでの暴力行為は探索者資格没収の上に、協会を敵に回すからな。余程のバカ以外はそんなことしないんだよ。俺は一度だけその馬鹿を見たことあるけど、そいつ受付の奴にボコボコにされてたぞ』


『その後そいつがどうなったかは知らないけどな』と、ロアは苦笑気味に愚か者の顛末を語った。

 ロアが利用した買取所に限らず、ネイガルシティに存在するあらゆる探索者向けの施設では、暴力沙汰は一切厳禁である。この禁を犯せば、例外なくその管轄都市と探索者協会を敵に回し、二度とその都市内を自由に行動することは出来ないと言われているほどである。


『でも脅迫じみた行為は見逃されてましたよね』

『あれくらいはな。実際にやったら一発アウトだったと思うぞ』


 ただそれは施設の敷地内に限った話であり、その外では都市の治安を乱さない限り実質黙認されるものでしかない。特に都市の影響下にない管轄区域外では、探索者同士の殺し合いというとのは珍しいことではない。


『でも大丈夫かな。あいつ絶対後で襲ってくるだろうけど、ほんとに勝てるかな』

『あの場でも言いましたが全く問題ありません。例えロアが呑気に熟睡していようと、私がいれば楽々の撃退が可能です。むしろ何をそんなに不安がるのか理解できません』


「だってなぁ……」と声に出して呟くロアは渋い顔をする。ベイブが持っていた銃はロアが持っていた物より整備状態が良く、単純な性能に関しても優れた物である。中古の整備不良品でもモンスターの頭を吹き飛ばす威力があるのだ。それ以上の威力を持つ銃など、ロアにとって恐れるには十分であった。加えて魔術符も複数枚手元に持っている筈なのだ。

 自分を易々と殺害できる殺傷手段を複数持つ相手に、探索者としての実力が最底辺であるという自覚を持つ自分が勝つことを想像するのは、相棒の存在を考慮しても中々に難しいものだった。


『ロアの懸念は理解しました。ですが魔力の扱いも知らない人間なんて、恐れる理由があるのですか?』

『ん? それってどういう意味だ?』

『どうもこうもそのままの……そう言えばロアは私の想像以上に無知でしたね。仕方ないですから懇切丁寧に教えてあげましょう』


 そうしてペロは得意げになって説明を始めた。

 魔力というのは精神幽層体から創出される、生き物ならば必ず持つとされる超常の力の一種である。ただ生まれ付いて当たり前にこの力を使用出来る者はほとんどおらず、使い熟すには段階的な訓練や専用施設での施術が必要となる。

 先史文明時代において、人々はこの魔力という力に、存在的指向性を与えることに成功した。そうして生まれたのが、人間生来の身体機能を拡張させるというものだった。これにより人間の持つ身体機能は大幅に上昇し、五感に加え、新たに魔力そのものを捉える感覚を生み出した。その結果、人類は常人離れした力を獲得し、強大な力を持つ、魔物を始めとした支配者たちへの対抗を可能としたのだった。


『そういう訳で、あの下下下の下男げおとこは魔力による武器強化どころか肉体強化すら使えないので、私たちの敵には余程の場合を除いてなり得ないというわけです』

『いや、なんであいつが魔力使えないって言い切れるんだよ。普通にそういうのできるんじゃないのか?』

『できませんよ。そんなものは感知圏内に入れればすぐに分かります。あの下男の魔力は非活性状態でした。だから間違いなくまともに魔力を使ったことがない筈です。ちなみにあの受付の男を除いて、今のところすれ違った全員がそうですよ』

『……アレってそんなに凄いことだったのか?』


 ロアはペロのサポートを受けて使用した超越的とも言える身体強化を、他の探索者は当たり前に使えるものだと思っていた。それはベイブにしても例外ではなく、だからこそ魔力のほとんど存在しない自分が、探索者として最底辺に位置すると思っていた。


「ならほんとに問題ないのか? でも銃と魔術符があるし……」


 ブツブツと独り言を呟きながら、ロアは次の目的地へと向かうのだった。

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