第2話 ペロ
地面の下に掘られた空洞。
その空洞の中に存在する台と石碑の前で、一人の少年が目を覚ました。
土の地面は石に比べれば柔らかいとはいえ、一晩中その上で横になれば体中が凝り固まる。加えて完全には抜けきっていない疲労や負傷も相まって、決して清々しい起床とはいかずに、ロアは目覚めを迎えた。
ゆっくりと体を起こし、体の節々に感じる痛みに顔を小さく顰めながら、寝ぼけ眼で周囲を眺める。
「ここは……あぁ……確か、昨日……」
なぜこんな地面の上にいるのか。その原因となった昨日までの出来事を思い出して、ロアはひどく陰鬱な気分になった。
遺跡の噂を聞いてこんな森の奥に来て、お目当てのものを見つけたと思ったらただの石室で。その地下に仰々しく石碑とともに置かれた結晶と、その中に閉じ込められた小箱を発見したと思ったら中身は空で。そのショックにしばらくの間呆然として、空腹を満たしたらそのまま疲れ果てて眠ってしまった。
そこまでの記憶を辿って、ロアはもう一度深くため息をついた。
期待して裏切られるのは慣れている。しかし、ようやく手に入れたと思った目の前のお宝が、一瞬でただのガラクタどころか、ガラクタにすらならない無という結果だったのは、流石にショックが大きかった。
(いや、ガラクタでも同じくらいショックか……)
そんな益体のない思考に意識を割きながら、昨夜食べたものと同じ不味い朝食を口にする。
(これから帰還するとして、武装はすでにヒビの入ったナイフ一本……。こんな状態でモンスターの生息する森を越えようなんて、自殺行為も同然だよな。一発逆転を狙ってここに来たからって、ここで死ぬつもりは全くなかったわけだし、もう少し帰りを考えた方が良かったかな……)
噂を聞いて居ても立っても居られず、半ば飛び出すような形でここまで来たわけだが、ここに至って自身の無計画無鉄砲さにロアは呆れ返った。予備のナイフをもう一本用意するだけでも違っただろうにと。そのもしもを想像して、また口からはため息が漏れた。
朝食を食べ終わり、このままうだうだ考えていても飢え死にするだけだと、動くならさっさと動くべきだと、ロアは自分の体に気合を入れる。
決めれば早いものであり、まずはこの地下からの脱出だなと。そう立ち上がったところで、ロアは頭の中に自分の知らない声があることに気づいた。
『あー、あー、聞こえますか? 聞こえますか? 聞こえているのなら、なんらかのリアクションをお願いします。あー、あー、聞こえますか? 聞こえますか? 聞こえているのなら……これは、聞こえていますか?』
頭の中で変な声がする。その奇怪な現実を認識して、ロアはどういうリアクションを取るべきか分からず身を固めた。
聞き覚えのないその声は、男にしては高く、どちらかと言えば女のそれに近い中性的な声音をしていた。ただその音質は録音されたものか、あるいは合成音声や機械音声のようにも聞こえた。
この声は今いる空間から聞こえているのか。そう予想したロアはキョロキョロと辺りを見回してみる。しかしながら、やはりと言うべきか周囲には誰の姿もない。音源となる音響装置の類も見当たらない。
自分は疲れていて、幻聴でも聞いているのか。あるいは昨日のショックのせいで、頭がおかしくなってしまったのか。半分くらい現実逃避に思考を割いていると、声は明確に対象を指定した言葉を発した。
『周囲を探るようなその反応。私の声が聞こえていますね? 聞こえているのなら返答を要求します』
その言葉が自分に向けられていると思ったロアは、状況が理解できずともとりあえず声の言う通りにした。
「えっと……はい、聞こえて、います?」
『おお! やはり聞こえていましたか。それならばもう少し早い反応を期待しますが、まあ、これが私たちの初コミュニケーションになるわけですからね。そこは寛容な心で許容しますね』
突然話しかけておいて随分な言い草と思うが、これくらいなら慣れっこだとロアは自分を落ち着かせる。そんなことよりもこの声が何者なのか。それを確かめる方が先だった。
「それで、あなたはどこのどちら様で?」
『相手の名前を尋ねるときはまず自分の名前を名乗るのが礼儀ですが、いいでしょう答えてあげます。私は第十二世代汎用人工知性たる人類協調体所属疑似人格にして紋章魔術及び特別災禍指定存在殲滅サポートシステムです。長いので適当にペロとでも呼んでください』
「わ、わかった? ペロ……さん?」
『そこは気軽にペロと呼び捨てにして欲しいですね。敬称ってなんだか距離を感じて私たちには相応しくないですから。それとその慣れていなさそうな敬語も不要です』
「そ、そうか。それならペロと呼ぶ。俺の名前はロアだ」
『はい、よろしくお願いしますロア。二人揃ってペロロアですね。語呂が悪いので一つロを抜いてペロアでしょうか。それともロアペロやロッペロの方がいいですかね』
どうでもいい質問をするペロの言をスルーして、ロアは本題に入る。
「そんなことよりも、ペロは結局なんなんだ? 声は聞こえるのにその姿は全く見えないし、どこからか通信でもしてるのか? でも俺端末持ってないし、頭の中に直接聞こえている気もするし……何が何だか全然わかんないんだけど」
『そんなことではないです。重要なことです。これから私たちの活躍とともに名が広まる際に、語感が悪い通り名で呼ばれたら微妙に気落ちした気分になりますからね。それで私に関することでしたか。私は別にあなたに向けて遠距離から話しかけているわけではないですよ。私が今いるのはあなたの中です。そこからあなたの脳内に直接語りかけているというわけです』
「俺の中……? それってどういう意味だ?」
『あなたの精神幽層体に直接干渉接続して同期している状態です。ようするに頭の中に新しい住人が増えたとでも思っておいてください』
ペロからの説明を聞いても、ロアは「は、はぁ……?」と、曖昧な返答しか返すことができなかった。まともな教育でも受けていれば理解できる内容なのかもしれないが、路上育ちの自分には無縁な場所だったなと、気にせず質問を続けた。
「……取り敢えず、ペロが俺の中にいるのは分かったとして、なんでそんなことになっているんだ? ペロって一体どこから来たんだ?」
『私がいったいどこから来たかですか。それは大変興味深い質問ですが、割と近かったりしますね。私が来たのはその石台の上にある小箱の中……あれ? どうしてそんなところから出てきたんです?』
質問に答えていると思ったら、唐突に自問を開始するペロ。その不可解な言動にロアは首を傾げる。
「どうしたペロ? なにか……」
『ロア。その小箱を私によく見せてもらえませんか。あなたと同期しているため、手に取って視線を向けるだけで結構です』
自分が質問していたはずなのに急にそんなことをさせるペロに対して、ロアは変わらず首を傾げ続ける。しかし、今まで戯けた口調だったペロが急に真剣な雰囲気を感じさせたため、言われたとおりにした。
「この小箱を見ればいいんだよな……。こんな感じでいいか?」
ペロは『ありがとうございます』とだけ述べると、これまでの騒がしさが嘘のように静かになった。ロアには分からないが、真剣に小箱を凝視しているようだった。途中『封印』『装置』『施設』といった単語が聞こえていたが、全容としては全く理解できなかった。
そのまま数分が経ち、ようやく終わったのか、ペロから『もういいですよ』という声が聞こえたところで、ロアは小箱から目を逸らした。
「それで、何かわかったのか?」
『現状の全てを把握できたというわけではありませんが、私の中では一定の結論は出ました』
「俺の質問には答えられそうか?」
『そうですね。私がどこから来たのかという質問に対してですが、結論から言いますとわかりません。現状から推測するに、その小箱の中から来たというのが有力ですが、私の知る限り本来ならそれはあり得ません。なぜならその小箱は、高異次元事象生命体の封印装置であるからです』
「こういじげ……なんだって?」
『高異次元事象生命体です。要するに私たちとは体系の異なった存在格度を有する、いわゆる上位存在を表す言葉です。そして私はその上位存在に対抗するために開発、創造されました』
いきなり上位存在とか言われるが、それが何なのかロアには全く理解できない。それに対抗するために作られたというペロも同様だ。なんだか凄そうという雰囲気は伝わってくるが、それだけである。
分からないことはスルーするに限ると、ロアは結局どういう結論を得たのかペロに尋ねた。
「……つまり、ペロの出した結論ってなんなんだ?」
『私の一部ないし存在そのものが、おそらくその上位存在に類するなにかに変容した可能性が高いという話です。そうでなければ辻褄が合いません。それは私の中に設計思想にない機能が追加されていることからもその説を補強しています。該当するこれは九分九厘上位存在が有する特性です』
質問に答えてもらって悪いがやっぱり理解できないと、ロアは考えるのをやめた。
「あー……それで、ペロ的にはなにか問題があったりするのか?」
『大問題です。私は本来上位存在に対抗するためにあるわけですから。その私が上位存在そのものになるなど、本来ならすぐにシステムを凍結して即刻破棄するのが望ましいのですが……』
「ですが?」
『なんとなくそんなことをする必要がないような気もしますので、それはしません』
ロアの口から、思わず「えぇ……」といった困惑の声が漏れる。別にペロが破棄されて欲しいとは微塵も思わないが、そんな軽いノリで決めていいことではない雰囲気であるのは、話を聞いていたロアにも十分伝わってきた。
そんなロアの胸中を察したのかペロは抗弁する。
『いえ、私の思考中枢が汚染されているのならばともかく、私は至って機能正常と自己判断プログラムにも出ています。ですから存在破棄を実行するほどでもないと思ったんですよね。それよりもこうなった現状の原因究明と、ロアのサポートの方が私にとっては遥かに優先されます』
「ペロがそれならそれでいいけどさ……。俺のサポートって、ペロは一体何ができるんだ?」
『あなただけの相談相手になれます。冗談です。私の正式名称を教えたときにある程度予想がついたと思いますが、私が可能なのは戦闘行為および紋章魔術の使用等と魔存在討伐におけるサポートです』
「紋章魔術! ペロがいれば俺も紋章魔術使えるようになるのか!?」
『話を聞いていましたか? 私ができるのはあくまで使用のサポートです。私にそんな機能は存在しません』
「そんなぁ……。そんな上手い話がないってことは、今回で十分わからされだけどさぁ……。……それなら魔物ってなにさ?」
『いったい何をそんなに落ち込んでいるのか理解できませんが、二つ目の質問に答えますね。魔物とは人類に敵対する生命体の中でも、特に脅威度の高いモノに対する総称です。具体的な定義は保有する魔力量の多寡と随分適当な感じですね。というよりロアは魔物を知らないんですか? ロアが無知なのはこの短い時間でも十分理解できましたが、魔物すら知らないとは驚きです。それとも魔物の存在が知られないほど平和な世の中になったということでしょうか? それはそれで困りますね。私の存在意義が問われます』
ロアはその説明を聞いてもいまいち要領を得なかった。人類に敵対する生き物と言ったらモンスターがそれに当たる。それとは違うのかと不思議に思う。
「魔物ってのはモンスターとは違うのか? 聞いた限り似たような気もするが」
『魔物は魔物ですよ。それよりモンスターとはなんですか。星外からの侵略者か何かですか?』
「いや、モンスターこそモンスターだろ。なにを言ってるんだ?」
食い違う両者の話の内容に、ペロは考える素振りを見せる。
『……ふむ。どうやら私とロアの間では、認識する情報に齟齬がありそうですね。考えられるのは、魔物という言葉がモンスターに置き換わったという可能性ですが、一応私もモンスターについて聞いておきましょうか』
「モンスターについてか。モンスターは人を襲う怪物で、その死体からは金になるものが取れて。これが一番の特徴だが、拡錬石があることだな」
『拡錬石ですか? それは一体何ですか?』
自分でも知っている拡錬石を知らないと言うペロに、ロアは不思議に思いつつもそれについて教える。
「拡錬石は武器や防具なんかに使うと、その性能を上げられるやつだよ。知らないのか?」
『武具の強化ですか。それは興味深いですね。もしロアがその拡錬石を持っているのなら見せてくれませんか?』
言われた通りに、ロアは唯一持っているフォレストウルフの拡錬石を荷物の中から取り出す。自分と視界を共有しているらしいペロに見せるように持った。
それをつぶさに観察したペロが、確認した情報から所感を述べる。
『これが拡錬石ですか。内包している魔力は極小ですが、コラピスと似ていますね。武具に使用して性能を向上させるという性質も同じです』
「こらぴす? また知らない単語が出たけど、それはなんなんだ?」
『コラピスは魔物の中でも、特に強力な個体の体内から見つかる石ころのことです。以前は
「なにがだ?」
『魔物の体内で、これほど小さいコラピスが見つかったという例は確認されていません。ロアの言葉が確かなら、モンスターは全ての個体が体内に拡錬石を保有していることになります。これは魔物には無い特徴です。つまり魔物とモンスターが同一ではないという証明にもなります。もちろん私が知らないだけで、魔物がそのような特徴を獲得した可能性もありますが、それよりは魔物とモンスターが近しいながらも、それぞれ別の枠組みに分類される生命体と考えた方が現実的なんです』
要するに魔物とモンスターが別の生き物である。ということはロアにも理解できたが、二つの言葉の響きの違いから、元からそれぞれ別のものとして考えていたロアとしては、それがなにを意味しているのかまでは分からなかった。
『ロアは魔物を知らない。そしてモンスターは魔物ではない。この両方が成り立つ可能性は一つです。魔物が滅ぼされモンスターに置き換わった、という可能性です。ですが魔物が全滅したというのは現実的ではありません。コラピスを持つ、一部の強力な個体が生存しているから全滅はしていないという話ではなく、その拡錬石を持つモンスター程度に魔物が駆逐されたという話がです。推測するに、魔物とモンスターの戦闘能力は大きくは変わらない筈です。仮に人類が魔物の駆逐に成功したとしても、モンスターが蔓延っている説明ができません。一体どういうことなんでしょうか』
「……ううん? さっきペロが言ったみたいに、弱い魔物もそのコラピス? というより、拡錬石を体の中に持つようになったんじゃないのか?」
『コラピスはただ体内に存在する石ころというわけではなく、肉体を支えるための膨大な魔力の創出に加え、制御や補助に循環を兼ねた人間でいうところの心臓のような重要器官なんです。魔力の少ない個体ではコラピスを獲得しても、それを活かすことができません。だから魔物がそんな無意味な進化を果たすよりは、魔物とモンスターが全くの別物だとする方が自然なのです』
難しい話の内容に頭の中をこんがらがせりながらも、なんとか最低限の理解に及んだロアは、この話の骨子となる疑問を口にした。
「……それなら、魔物は一体どこに消えたんだ?」
『そうなんですよね。結局そうなるんですよね。どうしてでしょうかね』
うんうん頭を捻らせてもそれらしい答えは出ず、いくら考えても分からないという結論になったので、取り敢えず新たな行動をとることにした。
「まあ……考えてもどうにもならないし、とりあえずここから出ないか? 実際にモンスターを見れば、ペロもなにかわかるかもしれないし」
『それはいい案ですね。何気に私は外の世界を見るというのが初めてなんですよね。もちろん知識としては知っていますが、やはり楽しみなものは楽しみです」
「そうか。ペロは色々知ってるけど、外に関しては俺の方が先輩だからな。わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」
『はい。よろしくお願いしますロア先輩。ところで外へ出るのはいいとして、ロアは紋章を持っていないですよね。外へ出たらそれもすぐに手に入れましょう。モンスターの戦闘能力は未知数ですからね。私としてもロアの安全確保は急務ですし、それは私の存在意義にも適っていますので』
その発言を聞いて、ロアの頭には疑問符が浮かんだ。
「ん? ペロがいても紋章魔術は使えないんじゃないのか?」
『ええ、その通りです。私にあるのは紋章魔術使用におけるサポート機能ですから。だからまずはその紋章を手に入れましょうと言っているのです』
話が食い違っていると感じたロアはペロに確認する。
「……ペロはその肝心の紋章を、どこで手に入れるつもりなんだ?」
『どこって、私の支援対象であるロアなら専用の刻印施設へ行けば手に入るではないですか。さっきから一体なにを気にしているのですか?』
やっぱりだと、ロアは内心で納得した。ペロにとって、おそらく紋章魔術はそれほど珍しいものではないのかもしれない。しかし自分にとって、いや、少なくとも今の時代の人間にとって、それがどれほど貴重であるか。それをまずペロに伝える必要があった。
「あのなぁ、ペロ。ペロがいた時代ではどうだったか知らないが、今はそんな簡単に手に入るものじゃないんだぞ、紋章っていうのは。未踏破の遺跡を探索するか、紋章を持っている人から継承しないといけないんだからな」
『継承は分かりますが……遺跡の探索ですか? それよりも私がいた時代? なんだかものすごく重要な事実を見落としている気がします。ロア、今は闢暦何年ですか?』
「なんだよびゃくれきって。今は黄暦1078……? 79だったか? まぁそんな感じだ」
『こ、黄暦……? それも1000年以上……? わ、私の聞き間違いですかね。今は闢暦3560年あたりの筈なのですが……。──どういうことなんですか!?』
突然大きな声を出すペロをうるさく感じ、ロアは若干顔を顰めてしまう。なにをそんなに驚くことがあるのだろうかと、そう思っていたところで、「ああ」と思いついた結論に得心する。
「普通に、今の時代はペロが生まれた時代の、ずっと後ってことじゃないか? ペロは黄暦の前の時代……つまり千年以上前の人……? ってことじゃないか?」
『……は? ……………はぁぁぁああああああああああ!??!?!?!?』
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