赤 ガントリーナは笑い続ける 5

2.出発前(3)


 シャスティークが離れていったのを確認したのか、管理人はルグルフェンに改めてと言わんばかりに話し出す。

「君個人にも話すことあるから、機神がこの場から離れてくれて助かるねえ」

「....なああんた、どこまで知ってる?」

 王叶は今いない。だが聞けるべきときならば代わりにでも聞くべきだ。あいつの従者なのだから当然だ。

「知ってるんじゃない。見えるんだよ。

僕は白だからね。だけどもうすぐ真っ暗だ」

「.....おい、それって?」

「まあ少しずつ、そうだな....、歩きながらでも話そうじゃないか。幸いまだ時間はあるからね。君も久し振りの自由なんだから少しくらい楽しんでも損はないだろう」

 どういうことだ?全くもってピンとこない。

 知りたい。聞きたい。大量尽くしのたいばかり。思ってばかりいるうちに、彼はさっさと歩き出す。やはり、掴めない人間だ。

「君は人間の.....いや、この世界を見てどう思った?」

 その質問はルグルフェンにとって意外なもので、あまり考えたこともないことだった。

 そもそもこの世界の現状を知るまで、ルグルフェンはもっと狭い世界にいたのだから。

 偶然故郷から落ち、ひとりぼっちになった彼を救ったのは王叶だ。

 そんな彼女を形作った世界はどういうわけか滅びかけで。

 彼女すらも知らぬまま、心の奥底からも消え去って。

 だから、本当に何を思えばいいというのだろうか?答えはわからない。

「はっきり言うと、ワイはまだ信じられない」

「それは僕のことも含めて?でもね。今君の目の前にあること。これから起きていること。そして僕が言ったこと。全部含めて事実だ」

 ルグルフェンにだってわかっている。目の前で起きてしまったことは取り返しのつかないぐらいは。

「でも真実じゃない。僕が持っているのは、そして見えているのは無数の事実だけなのさ」

「....何を言いたい?」

「アドバイス。割と世界はどうにでもなるってこと」

「それは心の持ちようってやつだろ?世界を変えるような力じゃない」

「はあ....、エヴォリスなんだからわかると思ったのだけれどね.....。いいかい?それが大事なんだよ。機神と等織理王叶の何を見たんだお前は?....っと着いたよ。ここで止まろう」

 管理人が足を止める。着いたのは展望台。街を一望できる場所だった。

 夜の闇が白黒に悪く作用する。ルグルフェンには、この暗闇の中に街が溶けきってしまったかのように見えた。

「事実は過去だ。だが真実は未来にできる。等織理のことをしっかりと支えるんだぞ」

「言われんでも」

 当然だと。だがそんな思いを遮るかのように、明るい照明に照らされたッ!

 乱入者。横槍。招かれざる客。

 アームヘッド「ラクストル」。数は5機。その数の通り転王輪学園の量産型飛行アームヘッド。今日戦った相手。実際に相手したのは王叶なのだが、なぜこの機体がここに?

「まあ、わかってたけど。そうか。来ちゃったか、元道具。仕方ない。久しぶりに遊んであげるよ」

「何を言って!?とりあえずあんたは下がってろ!ワイが闘う!」

 バトルモードへと変化するルグルフェン。逆立つ毛のような鎧。尖ったシルエットが月明かりに照らされて影を落とす。

 構えるは大剣。ひとまず管理人を手で遮り、ラクストルたちと正面切って向き合った!

「うん。良いねえ、判断が速い。やはり君なら大丈夫そうだ」

 だが管理人はそんなルグルフェンの行いを無駄にするかのように前へと出る。

 そして懐から徐に取り出したのは黄緑色のエヴォリスコア。

 リーダー格のラクストルが後ずさるのと反対に、噛み付くようにルグルフェンは前のめりに問いかける!

「っ!????何故お前が!?この世界にそれが!?」

「言ったでしょ、えっと....」

「ワイはルグルフェンだ!」

「そうだったね、ルグルフェン。さっきも言ったが君たちの基礎を作ったのが僕等だ」

 足は止まらない。前々へと進んでいく。

「そしてシャスティークたち機神の原材料はエヴォリスコア。機神からはエヴォリスコアも作れるのだけど....、そっちの原材料は人間だ」

「なんだと!?...つまり...じゃあそれはっ!?」

 お前はこの世に悪を為す者なのか?と問いかけるかのような怒りを滲ませた声。

 他種族を心配するなど本来ルグルフェンがすることではない。主が王叶だから、人間だとしても付いているだけだ。

 だが怒りを覚えずに居られない。自分たちエヴォリスを、そして人である王叶を下に見ているかのようなこの管理人とやらの今の言動は見過ごせない!

「心配しなくてもいいよ。そんなことはしないし僕にはできない。それにこれは純正コアだ」

 疑いに反して優しい声だった。

 彼の手に抱かれたコアに力がこめられる。


 音もなく光が破裂した。


 目を閉じていても目を刺すような激しい光。


 いや、だ。


 キラキラと星が生まれたかのように、世界に輝きが戻ったかのように色が、色彩が、暴れていた。

 次第に収束。管理人の手には巨大な錫杖と槍が混ざった、黄緑色の武器が納められていた。

「な、なんなんだそれ?コアから直接武器に?いや、そもそもお前はなんだ!?ここで何をした!?かつて何をしてきたッ?」

「すまないがそれは言えない。だがこうすることで世界は色を取り戻す。取り戻せる。作り直すことも染め上げることも出来る!」

 槍を片手に生身で巨大ロボへと向かっていく管理人。無茶だと言わざるを得ない。

 だが実際の光景は全くの別物であった。


 押していた。むしろ優勢だった。


 もちろんルグルフェンも戦った。だが彼がなんとか一機をどうにかこうにか撃墜した時には、リーダー格を残すのみとなっていた。

「でも色は一つじゃダメだ。白だけじゃダメだなんだよ.....。見たか、等織理王叶!目に焼き付けろ!そして覚えておけ!」

 この場にはいないはずの者の名前。ルグルフェンは辺りを見回すと、王叶はそこに立っていた。

「え、王叶?なんでやってきた!??」

「そりゃ来るでしょ....。銃声とか聞こえたら心配になって見に来るのは普通、じゃないのかな?」

「だとしても銃声が聞こえたら大人しく隠れておくものでしょうが!?」

「やっぱり良いねえ、等織理王叶。この世界、任せたよ」

「うん。任されたよ」

 軽い返事だった。だがそれでよかったらしい。王叶の思いを見届けた管理人は最後の一機に飛びかかり....、そのまま機体ごと遠くまで飛んでいってしまった。

「何なってんだ。あいつ」

『さあ?ただこれで分かったことが一つ。あの方、やはり人間ではなかったようですね』

「居たのかシャスティーク」

 サメのモチーフもあるからだろうか。ヌッと出てきた機神。

『とりあえず寮に戻りましょう。あそこには結界があります。どうやらずっと見つからないように過ごしていたようです。利用させてもらいましょう』

「本当に何者なんだよ。あいつ」

『おそらく上位存在かと』

 だがそんなことを考えるよりも居場所がバレる前に早く寮に戻って身を潜めることのほうがはるかに大事なことであった。


-----------------


 随分と遠くまできてしまった。随分と長い旅だった。もう引き返すことはできない。彼の覚悟は決まっていた。

「久しぶりだねえ。今は確か....えーっと?オーゼだっけ?」

「ああそうだ。元持ち主よ。随分だな?」

 このラクストルに乗り手はいない。だが操る精神だけは存在した。形はないが名前だけは持つ何者か。

 かつて極盛逢世という少女に乗り移りさまざまな準備を進めてきた者だ。

 今ではその逢世の精神の支配下にあるのだが、まだ独自でも動けたらしい。

「あの時はすまなかったね。君を手放してしまって」

「ほざけ。貴様が我を殺そうとしたのを忘れたわけではないぞ?」

「違う。眠ってもらうだけだった。.....だが君が力を持ちすぎたのが悪いんだよ?」

「なんとでも言うがいいわ!あの時のことを一生忘れたりなどせぬ。むしろ貴様を殺し返せる良い機会だ!今こそ亡びろ!白の者よ!」

 ラクストルがバーナーを噴射。その勢いによって管理人は振り解かれ、銃口の真ん前へと導かれる!

「残念だ。君ももうその一員なんだと気づかないのがね。白なんてそんなにいいものじゃないよ」

「ほざけほざけほざけぇ!」

 放たれたビーム。真っすぐと迷いなく向かう。だが彼はそれを受け入れながらも、ただではやられなかった。

「さあ、僕からの最後のブレゼントさ。ありがたく受け取るがいいよ」

 赤いエヴォリスコアを懐から出した彼は、槍と共に投擲。それは迷いなくブッ刺さるッ!

「あああああaaaaaaaaaあああああaaaaああ!????」

 次第に宙に色が混ぜられる。精神がコアに吸い込まれ形を作る。色を迸らせ、人の形へ....。

「よ、余計なことを.....」

「ちょっとは自由になっただろ。同じくらい不自由にもしたけどね」

 そこには一つ目のエヴォリスがいた。

「だがなんになる。我以外にも企む者はいるのだぞ?我一人程度封じたところで....」

「大丈夫さ」

「なんだと?」

「等織理王叶とルグルフェンならきっと越えて行ける。そう確信した」

 そうだ。あの二人ならばこの世界を、いや、この世界だけではない。ヘブンを、この星を救える。

 白だけでは見えない世界。それを知ったからこそ彼はこの地へと降り立ち、犯した罪を償うためずっと身を潜めてきた。

 卑怯者、上等である。

 できることをした。悔いはない。

「勝ち逃げか。貴様はいつもそうだ」

 トドメを指すかと思えば、もう用はないと立ち去るオーゼ。

「せいぜい頑張りたまえよ後釜共。あいつらは手強いぞ」

 それが、彼の、管理人の、「白の者」サン・マルクトの最後の言葉であった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

否が応でも王であれ じほにうむ @Zi_honium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ