砂漠に追放された女神は、楽園に帰りたい
戦う営業マン
1日目 覚醒
目を開くとそこには強烈な日差し。
突き抜ける砂交じりの強い風が体を撫ぜる。
体に浸み込む光と風により、力が湧き立つかのように感じさせる。
どうやら寝ていたようだ。
乾燥した空気を体内に吸い込み、体を起こすと周囲は砂漠が広がっていた。
黄土色の砂に、深い赤褐色の岩塊が見渡す限りに点在している。
ここはどこなんだ?
近くに大きな構造物がなく、ひたすらに砂の海が眼下に広がる。
空は突き抜けるような青で、雲もなく頭から天頂に直線を伸ばした位置に燦燦と太陽が輝いている。
うだるような暑さではない。気温が高いものの湿気が少ないためカラッとした空気だ。
途方に暮れていた。
なぜ俺はここにいるのか? 俺は何者なのか?
自分には一切思い出せることがない。
まるで今この瞬間に生まれ落ちた赤子のようだ。
風が吹いている。砂がわずかに混じる風を吸込み、鼻から吐き出す。
呼吸をすることで意識を落ち着かせる。
俺の右手には、大きな岩が存在感を放っている。
どこか特徴的な大岩だ。
見上げるほど大きい岩塊で周囲の砂漠から少し雰囲気が浮いている。
岩の先端が尖り空を切り裂くような流線型をしていた。
岩肌の色は、周囲の岩と遜色ないので、おそらく自然に出来た人工物のように見える岩だろう。
「おはよう! 目が覚めた?」
女性の声が聞こえた。
声のする方を向くと、大きな岩の塊から聞こえるが、姿は見えない。
岩陰の後ろからゆっくりと女性が現れる。
「貴方は?」
「聞きたいことが沢山あるよね。説明しなければいけない事は沢山あるんだ」
とても美しい女性だ、神々しさすら感じる。頭に長尺の白い巻き物が何重にも巻かれていて、頭頂部を日差しから守っている。
巻き物の横から垂らした長い黒髪は、ここが砂漠だと忘れさせる程の艶を纏い、女性を彩っていた。
背丈は自分より頭1つ程低い。
小ぶりな頭に長い手足、日を遮るよう黒いマントを服代わりとして体に巻き付けているように見える。
ゆったりとしたマントで覆われてなお分かる程の肉感的な体。
マントは彼女の肌を隠し、強烈な日差しから身を守る鎧のよう。
「何から話そうかな」
女性は手を顎にあて言葉を選んでそぶりをして考え込んでいる。
「ここは貴方が生きていた世界とは別の世界。貴方は不運にも死んでしまった。私が貴方を転生させたの」
「どういうことだ?」
「そうだね……言い換えると私が貴方を生き返らせたって事!」
彼女はにっこりと自分に笑いながら告げた。
蠱惑的な表情。
彼女は造形の整った顔を惜しみなく使う。
まるで愛嬌を振りまく幼児のように無邪気な顔だ。
俺には彼女が何を言っているのか理解が出来なかった。
「そもそも俺は何者なんだ?」
「あなたの名前はハーヴィ。私の魔法で貴方を蘇らせたの。私の旅を手伝ってもらうためにね」
「魔法?」
「そう、転生の魔法。死者すら蘇らせる異世界の力」
「俺には記憶がない……何も思い出せないんだ。俺は死んでしまったのか?」
「そうだね、元の世界では死んだと判断されてしまった。でも私は貴方に手伝ってほしいことがあるの。貴方の力を借りたい。貴方の力で私を助けてくれないかな?」
「俺に何が出来るんだ?」
「貴方はね、ただ生き返っただけじゃないの。蘇るのと同時に加護を得た。太陽と風の加護だよ」
彼女は、自分の功績を自慢する子供のように得意げだ。
腕を組み口角を上げて頷き、俺に微笑みかけている。
俺は太陽と風の加護の力とやらを得たのか?
「その加護とは一体何なんだ?」
「太陽と風の加護の力はね、途轍もない力だよ。ただの人間でしかなかった貴方を超人に変えたんだから」
「何が凄いんだ?」
「貴方は常人の数十倍の力を得た。力っていうのは純粋なパワーのこと。大人の男性20人以上を纏めて抱え上げる事もできるし、12時間以上重い荷物を持って歩き続けても全く疲れない。人や動物を殴ったら漏れなく殺す事が出来る! 勿論それだけじゃない。太陽を浴びている限りお腹も減らないし、水を飲まなくても死なないんだから」
「それは凄いことなのか?」
「そんな人間世の中にいないよ! 生存能力が高くて、単純な力も強いんだからね! 唯一無二の加護を得た最強の男、その名は英雄ハーヴィ! ギリシャ神話の英雄ヘラクレスもびっくりだね! ……加護の代償として、記憶は全て無くなってしまったんだけど」
「大きな代償だな」
「記憶についてはやむを得ない事情があるの! 代償もなく大きな力を得ようなんてムシがいい魔法はないの!」
この女性の話が確かなら俺は死んだのか。そして記憶を失って蘇った。
「ありがとう。ようやく事情が分かってきた。ところで、俺を蘇らせるほどの魔法が使える貴方は何者なんだ? 」
「私はジェシカ。貴方から見ると女神っていう存在かな。でも女神様なんて
「貴方は女神様だったのか……もしかして失礼な態度を取ったか?」
「いいからいいから! 貴方って呼ばれるのも水臭いし、ジェシカで! 記憶ないんだから失礼とか気にしなくていいよ!」
どうやら女神様は、非常に親しみやすい存在らしい。
そもそも記憶が消えたのはジェシカのせいじゃないのか?
目の前の女神に、軽い雰囲気で生き返らされてしまったようだ。
ジェシカが腰丈程の岩に座り、俺を見上げる。
ジェシカの上目遣いの瞳からは、男に媚びる女性のようで、値踏みをする古物商のような怪しげな雰囲気が漂う。
「貴方も座ったらどう? まぁ貴方は疲れを知らないタフガイだから、座る必要はないんだけど」
ジェシカの言う通り、近くにあった岩へ腰掛けて向かい合う。
「さて、さっきも言った通り私が貴方を転生させたのは、私の旅を手伝って欲しいからなの」
「目的地は決まっているのか?」
「いいや、決まっていない。そもそもここがどんな場所で何があるか全くわかっていないの」
「どういうことだ?」
「ここは私と貴方がいた世界とは別の世界。俗にいう異世界と呼ばれる場所なの。どうやら世界のほとんどが砂に覆われていて、“砂の世界”と呼ばれている」
ジェシカが砂漠の砂を一掬い持ち上げて、掌から地面に流れ落とす。
風に吹かれて砂はさらさらと散っていった。
「この砂も、聳え立つ岩も、まだ見ぬ生物も、私たちが住んでいた世界とは全くの別物なの。私はこの世界の調査をしなければいけない」
彼女は遠くを眺めるような目で、砂漠の地平線を見る。
俺もつられてジェシカの視線の先を目で追う。
「でもね、私は女神としての力を失ってしまって、か弱い女の子になってしまったの。私の旅路を貴方に守ってもらいたいんだよね」
ジェシカは両手で自分の体を抱きしめるような大袈裟な動作とともにそういった。
「貴方の力が必要なの! ハーヴィ。お願い。助けて!」
か細い手で俺の両手を握りしめる。抱きつかんばかりの距離まで体を寄せて懇願する。
俺には記憶がない。
何も思い出せない。
ジェシカの言った加護とやらがどこまで本当なのかも分からないが、この女神様の言うとおりに旅をするしか選択肢はないんだろう。
異世界で生き返らされて周りには何もない砂漠のど真ん中に二人きり、どこを目指せばよいのかも分からない。
煌々と射す日差しは俺にとっては心地良い。
太陽の加護の力とやらが俺に力を与えてくれているのだろうか?
砂の世界は風の勢いも強く、風の加護も俺に力を与えてくれているのかもしれない。
“砂の世界”は未知の世界で、ジェシカは調査のために来たと言っていた。
与えられた加護はこの世界に、
食料の確保も見込めない世界で、食べ物も飲み物も要らないこの体は都合が良すぎる。
だが俺に選択肢はない。
一緒に旅をするしかないだろう。
それが良いことなのか判断がつかない。
「もうすぐ日が暮れるよ。貴方は目が覚めた直後で混乱していると思う。無理はしない方がいいよね。貴方は太陽の加護を受けているから昼は無敵なの。でも夜には弱いの。途端に力を失ってしまう。今日はここで夜を超しましょう」
ジェシカは俺から離れて、岩陰に置いてあった大きなカバンを漁り始めた。
調査に来たというだけあって必要な道具は揃えてあるであろう。
ジェシカの様子を眺めながら考える。
俺にとってジェシカは親鳥だ。
右も左もわからない俺はジェシカの言うことを信じるしかない。
記憶がない俺だが、直観的に1つ分かることがある。
ジェシカと名乗る女神は、おそらく
果たしてジェシカの言うことを信じていいのだろうか?
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