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宝船
君は宝物なんだよ。
本当の宝物って、いったいなんだと思いますか?
夏の花火大会の日 夜
実家の縁側に座って、うちわを手に顔を扇ぎながら、小学六年生の町田宝は、近所の土手沿いでやっている夏の花火大会の綺麗な花火が夜空に咲く風景を見ていた。
どーん、という音がしてまた、たくさんの綺麗な花火が夏の夜空に打ち上がった。
夏の美しい星空の中に咲き乱れる、その色とりどりの美しい色彩の光の花は、本当にすごく、……すごく綺麗だった。
少しして、宝の周囲に、気持ちのいい夏の夜風が吹いた。
「どうしたの。にやにやしちゃって。なにかいいことでもあったの?」と白いエプロン姿の宝の姉の町田衣が宝に言った。衣は今、学校の(衣は中学三年生だった)制服姿のまま、仕事で帰りの遅くなる両親の代わりに、町田家の晩御飯の準備をしているところだった。
「ううん、別に」と、花火を見ながら宝は言った。
「本当? 宝。すごく嬉しそうな顔をしているけどな。本当はなにかいいことがあったんでしょ? 教えなさいよ」と料理をしながら、にやにやと幸せそうな顔で笑って衣は言う。
「別になにもないよ」
今度はキッチンのほうを振り返って宝は言う。
「本当かな?」と宝を見ながらふふっと笑って、衣は言った。
衣にそう言った宝だけど、実は、衣の言う通りに、宝は、最近、すごくいいことがあったのだ。(そのことを姉に指摘されて、宝は内心びっくりした。……でも、そのことは、お姉ちゃんには絶対に秘密だ)
このとき、宝は、自分と同年代の、小学校六年生の一人の女の子に恋をしていた。
こんなひねくれ者の自分が(ずっと僕は一生、誰も愛することもなく、孤独のまま人生を終えるのだ、と今まで宝は思っていた)誰かに恋をするなんて、自分自身でも信じられなかった。
……でも、確かに宝は今、恋をしていた。
そのことが、なんだか(自分自身でも)すごく、本当にすごく嬉しかったのだ。
宝は縁側から立ち上がると、金魚の柄の描かれているうちわを置いて、キッチンまで移動をする。
そこで手を洗いながら、「お姉ちゃん。晩御飯の準備手伝うよ。なにを手伝ったらいい?」と宝は言った。
「ありがとう。宝。じゃあ、これ、出来上がった料理とみんなの箸や食器。テーブルの上に持って行って」と嬉しそうな顔をして、衣は宝にそう言った。
町田家の姉弟が、そうやってキッチンで仲良く晩御飯の料理をしているとき、どーんとまた、遠くの夏の夜空では、花火があがった。(その花火の色彩が、町田家の縁側を、その花火の色に淡く染めていた)
……それは穏やかな、いつもの町田家の夏の夜の風景だった。
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