第16話最終試験

 第二試験が終わりナグモとワカツキの回復を済ませた後、俺たちは転移の光に包まれて学園の中庭に戻ってきた。



 中庭に戻ると、今現在中庭に居るのは俺たちのグループだけだった。そもそも今回の試験は明確な時間指定がされていなかった。これはどちらかが勝利を収めるまでこの試験は続くのだろう。むしろ俺たちは一番乗りでこの試験を合格できてよかった。なぜなら少しでも長く休憩を取り、魔力の回復に努められるからだ。



 勝利の喜びを共に戦った四人で分かち合いたいのだが、俺の眼前では今もグループの全員に駆け寄られているナグモ、ワカツキ、シャルルの姿があった。



 こうなった原因は他ならぬ俺にある。転移完了直後、残りのメンバーの話題は一体誰がどうやってこの試験をクリアしたのか、その話題で持ちきりだった。そして、一人の女子が俺にあなたがやったの? と声をかけてきたタイミングで俺はこう言った。



「いえ、俺はあまりの恐ろしさに隅っこの方で逃げ隠れていました。この試験をクリアできたのは、あちらに居る三人の英雄の方々です」



 嘘を付きつつ、シャルルたちに全てを擦り付けていた俺を見る女子の視線はかなり痛かったが、それよりも俺がシャルルたちを指差したときに丁度シャルルと目が合ったのだが、何故だろう? シャルルの顔が全く笑ってないように見える。むしろ怒っている?



 俺が擦り付けたことにより、三人は一気に英雄としてもてはやされていた。ワカツキとシャルルは少し困ってはいたが、ナグモは調子よく、かなり誇張してその時の戦いを語っていた。



「クロム? 私が言いたいことわかります?」



 突如として、シャルルからスキル通信(テレパシー)が送られてきた。やっぱり怒ってるよね? シャルルの可愛らしく清らかな声音からは想像も出来ないほどのプレッシャーを感じ、俺は全力で無視をした。何故だろう、シャルルがおっかなくて言葉を交わすことも出来ない。



「クロムさん? 私が言いたいことわかりますか?」



 シャルルの通信を無視していると今度はワカツキからも通信が送られてきた。それをまたしても無視をしつつ、ワカツキの方に視線を送ると、清楚で大人しそうに見えていたワカツキの表情は、今も影がかかったかのように暗く、先程までのくりっとした大きな瞳は細く眉間には皴が寄り、全くの別人のようになっていた。お、女の子ってかなり怖い生き物なんだね。転生前の俺はそういった交流が無かったので、初めて感じる経験だった。



 その後も二人から随時通信が飛んできてその間ずーっと無視をし続けていた俺に助け船が降りてきた。



「まあまあ、二人共、あんまりクロムをいじめんなよ」



 ナグモが俺に送られている通信に気付き、二人を止めてくれていた。やけに馴れ馴れしいなと最初は思ったのだが、死地を乗り越えたことにより、通常よりも何か絆のようなものを感じているのかもしれない。それは残りの二人にも言えることだった。



 どうにか二人の威圧から解放された俺は一人、残りの試験の様子を窺っていた。



 他のグループはハッキリ言ってダメダメだった。陣形は組まない、各々自慢の魔力がでかいだけの単調な攻撃、一度防がれるだけで戦意喪失。本当にこの学園を受けるために修練を積んできたのだろうか? それとも、俺が班員に恵まれているだけなのか?



 そんな中、一人の女子に目が止まった。いや、別に好みの女の子という訳じゃないよ?



 慌ただしく動く他のメンバーとは異なり、高度な訓練を受けたかのように的確に攻撃を繰り出し、時には仲間を援護してどう見てもグループの中で逸脱していた。



 だが、そんな彼女も一人では冒険者には遠く及ばない。その証拠に隙を狙って放つ彼女の剣技も魔法も一撃として冒険者にあたることは無かったのだ。



 かなり疲弊している様子の彼女は一瞬の隙を付かれて、ダウンしていた。惜しいな。メンバーに恵まれていれば、いや、シャルル一人でも居れば彼女の実力はかなり発揮されるだろう。



 他のグループを暫く観察していたが、俺の興味を惹く存在が居ないことを確認して、その場を後にした。



 今後の作戦を一人練っていた。今の自身の未熟さに正直驚いていた。子供の体とはいえスキルも魔法も転生前と変わらない。変わっているのは俺の力が落ちているそれだけだ。今もやろうと思えば、スキル成長(ラクア)を使えば転生前の力を取り戻せる。だがそれを使えば、また俺は一人になってしまう。あの少しのやり取りが、ナグモとワカツキとシャルルと交わした言葉が、共に戦った思いが無くなってしまう。それを考えるとどうしてもできなかった。力と引き換えにしてあの思いを失うのなら、俺は力を欲することを諦めよう。



「ようやく見つけました。全く、影を薄めるのはほんとに得意なんですね。全然見つけられませんでしたよ」


「シャルルか、俺に何か用か?」


「用がなければ話しかけてはいけませんか?」


「いや、そんなことはない」



 先程あんなことを考えていたせいで、上手く会話ができていない。俺は未だに悩んでいるのか? あの勇者や魔王さえも凌駕していた頃の自分に戻りたいと心の隅では本当は願っているのかもしれない。



 シャルルは俺の言葉を聞いて、無言のまま横に腰かけていた。ただそれだけで不思議と俺の心が安らいでいるのがわかる。



「何か考え事でもしているのですか?」


「もし、もしもだ。もしも俺が息も出来ない程に強力な魔力を放ち、傍にいるだけで死を予感してしまうほどの恐ろしい力の持ち主ならお前は俺をどう見る?」



 自分の言葉に思わず呆れてしまった。シャルルならもしくはなんて、どこにも確証の無い幻想に縋り、その答えを聞くまでもなくわかりきっているはずなのに、あの暖かな微笑みを受けて、いつまでも傍に居たいだなんて思ってしまっている自分が居る。



「そうですね……、それは私があなたの横に居られるくらい強くならなくてはいけませんね。パートナーの傍に居られないなんて私の方がダメじゃないですか」


「……」



 シャルルの言葉に思わず息をのんだ。そのあまりの嬉しさに言葉を出せずにいたが、直ぐにその高揚感は収まり、平静を取り戻した。違うのだ、俺の力は強くなるとかそんな次元の話ではない。転生前には俺にも少なからず一時だけ仲間が居たのだ。

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