第21話絶望(2)

「朧、一人でいけるか?」


 流石にこの階層辺りでは朧はギリギリ勝利を収めていた。このレベルの階層主となると一人では分が悪いかもしれない。


「はい! 見ててください! 無事に勝利したら褒めて欲しいです!」


 朧も大分砕けた表情を見せてくれるようになっていた。今では俺の顔色を窺うことなく自身の望みまで口になるようになっていた。


 そんな俺にも僅かだが変化を感じている。


 朧とはあれから常に一緒に居ることもあり、俺は朧を駒として見れなくなっていた。それはつまり最初に懸念していた枷となっているのだ。


 この感情だけは何度も何度も捨て去ろうと思っても、俺の心が、一度植え付けられたこの感情がそれを許可してくれない。


 だから俺は、朧だけは家族のように親しいものとして扱うようになっていた。


 今もそうだ、朧の言葉に自身の表情が和らいでいるのがわかる。そしてそんな朧に対して、頭を優しく撫でている自分が居る。


 それもついこの前の出来事が俺を大きく変えたのだろう……。


 それは、朧に俺の目的を話したことがきっかけだ。俺はこの世界の人間ではなく転生してきたのだと。俺は且つての友人たちに嵌められ、殺されそうになったこと。そして、俺が且つての友人たち全てを殺そうとしていることを詳らかに全て話した。


 当時このことを話したのは万が一彼等に遭遇した時、朧に邪魔をされたくないからだ。俺はこの数か月で朧の涙に滅法弱いのが悔しいがわかってしまった。だから俺が彼等を殺めようとした時朧が泣きながら止めに入ったら、きっと俺は──殺める手を止めてしまう。


 俺の話を聞いた朧はその境遇に同情したのか、終始俯きながら、涙を流していた。暫く涙を流し終えると、朧は俺に向かって、ただ一言──ありがとうございますとそう言って抱き着いてきた。


 その行動は俺にとってどんな言葉よりも重く受け止められた。きっと──俺は恵まれたものだと決めつけていたのだろう。俺にそんな過去があるだなんて露知らずに。そんな俺に救われてよかったのかと、そんな懺悔にも見える表情で朧は囁いていた。


 その夜、初めて自らの意志で朧をベッドに誘った。


 階層主の部屋を前にして、朧は回復薬を飲み切り万全の状態で挑もうとしていた。


 おそらくだが、ここの階層主が今現在の朧の最大点といったところだろうか。かなりの苦戦が強いられると予想は難しくない。流石に階層主相手では俺も静観を保つことはできないだろう。──それほどまでに朧の存在はは俺の中で大きくなっていた。


 大きな扉をこじ開けると、その先に待つのは真っ暗な空間だけがある。俺の魔力探知にも反応はない。


 俺と朧の緊張の糸が切れかける寸前で、突如、青い炎が灯り周囲を照らし出した。


 その部屋の最果てに、一人の少女のような背格好をした人影が目に入る。不気味なほどに何も情報を得ることができない。魔力の総量もわからなければ、この少女のレベルもわからない。何一つわからないのだ。


 朧は怪物を想像していたからか、そこにいる少女の姿を目にし、ほっと胸を撫で下ろしていたが、俺は正反対で全くもって油断ができなかった。


 朧がその少女に話しかけに一歩前に出たのを察知し、手を前にかざし制止した。情報が得られない状況で安易に近付くのはあまりにも危険だ。普通の女の子がこんな迷宮のそれも階層主の部屋に居る筈がない。


 最大級の警戒をしていたはずなのに、俺はその刹那に起きる出来事に反応が、いや、気付いた時には全てが終わっていたのだ。


「ダメだよ? 安易に近付いたりしたら、そこのご主人様を見習わないとって、もう聞こえないか」


「……な、何をした」


 俺の目には今も尚その少女と思わしき人物の右腕が朧の腹部を貫通しているようにしか見えない。


 呆気に取られていたがすぐさま反撃に出たのだが、俺の渾身の一撃もその少女に簡単に受け止められてしまった。


 ばかな、俺は自身の力を少しばかり過信していたのか?


「ご主人様? どうしたのですか?」


 ──⁉


「朧⁉ 無事なのか⁉」


「はい、私は何ともありません」


 なんだ、一体何が起きているんだ?


「あはは、ごめんごめん。少し悪戯させてもらった」


 悪びれた素振りも無く、ひたすらに腹を抱えて爆笑している少女に苛立ちを覚え、二本の短剣を取り出し構えた。


「なんのつもりだ? お前は一体何者だ!」


 俺の問いかけに、その少女は口角を上げてにんまりと嫌な笑みを浮かべてこう告げた。


「魔王だよ」


 その言葉に俺と朧は絶望した……。

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俺だけレベルがない世界 橋真 和高 @kazumadaiku

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