第91話 【快晴の蒼】
ハミルテの港に一隻の船が入港した。
ツカサは船から降りるなと言いつけられ、アシェドと共に手すりに肘をついて港を眺めていた。
慌ただしく動き回る水夫たちは港に船を着けるために準備がいろいろあるらしい。
来たぞ、と声がして振り返れば霧を押し退けて女神の船首像が現れた。剣を前に差し出した勇ましい姿に目を奪われた。
船の上からの掛け声、港の水夫の声が重なり合って船はゆっくりとその足を止めた。
ツカサは目の前の存在を見上げ、アンジェディリス船よりも大きなガレオン船が器用に崖の間を通って来れたことにも驚いた。
がたん、と音がしてダヤンカーセのいる桟橋に人が降りる。
白い上等なマントを羽織った男が足早に歩み寄れば、ダヤンカーセは迷わずに手を差し出した。
「久しぶり、ダヤン!」
「ヴァン!」
握手をして抱き寄せ、互いに背中を強く叩く。友の無事を喜ぶ姿を覗きこみ、ツカサはダヤンカーセの新たな一面に少しだけ驚いた。
ダヤンカーセは女神のガレオン船を見上げ、その上にいる者たちへも軽く手を振った。そちらの方でも手を振り返す者やただ頷くだけの者もいる。視線を受けてぞろぞろと降りて来た面々と同じような挨拶を交わした。いつ見ても女にしか見えない銀髪の男は握手だけに留めた。
どいつもこいつも平然と駆けつけやがる。
雲間から覗く微かな太陽の光がやけにダヤンカーセの目に染みた。
協力関係とは言え、まさかこんなに早く駆けつけて来るとは思わなかった。
「
「構わないよ、どうせ仲間内で騒いでいるか、面倒な集まりに呼ばれてるかだったからね。丁度港にも近い所に居たんだ」
そう言って微笑むのは【快晴の蒼】のリーダーであるヴァンだ。
「詳しく聞かせてくれないか、ヴァンドラーテで何があった?」
「知らねぇ、アギリットが精霊から言葉を受け取って、それをそのままそっちに流しただけだ」
「ダヤンが戻れない理由があるんだね?」
「あそこの荷物をスカイへ運ぶ必要がある」
顎で指した方にはツカサがいた。
話題に出されたことには気づいたが、内容がわからず一先ず片手を上げておいた。
遠目だが微笑まれたのはわかった。
ヴァンはダヤンカーセを振り返り、首を傾げた。
「あの子どうしたの? ついに悪事に手を染めることに?」
「アホなこと抜かすな、売り物じゃねぇよ預かりもんだ。【異邦の旅人】っつー冒険者パーティの一員だ」
「聞いたことあるな、うん、ヴァロキアの…そう、あれは
「記憶力は流石だな、そのパーティで間違いない」
「へぇ、少し話しても?」
「構わねぇが、アギリット」
「わかった」
アギリットは長い足でさっさとツカサのところへ辿り着くと、呼んでいると言った。
ツカサは訳も分からずドキドキしていた。聞けばスカイの金級冒険者パーティで、それぞれが腕利きだという。
桟橋を目指して船を降りている間に雲が晴れ、久々の太陽の光がすぅっと差し込んだ。
「やぁ」
そよぐ春風のような声だった。
暖かく、気遣うような声色にツカサは一瞬呼吸することを忘れていた。
柔らかな金糸の髪も、通った鼻筋も、姿勢の良い立ち姿も、ツカサが今まで見て来たこの世界の人とは何かが違っていた。
白いマントは上質な素材だ。足元から頭まで不躾に見てしまったが、ぱちりと合った眼は優しく透き通った水色をしていた。人の眼を宝石のようだと思ったのは初めてだった。
「初めまして、僕はヴァン。【快晴の蒼】のリーダーをやらせてもらってるんだ」
「あ、初めまして、【異邦の旅人】のツカサです」
「あはは、よろしく。緊張させちゃった?」
握手を求められて慌てて返せば、子供の様にヴァンが笑った。
手を離して半身を切り、後ろを手のひらで指した。
「紹介するよ、僕の仲間たちだ」
ツカサは日本人らしく小さくぺこりと首を動かして後ろの四人へ視線を移した。
一番身長の高い男性がクルド。癖毛なのだろう、前髪の一部がぴょんと跳ねているのが気になった。ガタイが良く筋肉質、腰に帯剣のベルトが見えたのでマントの中には剣があるのだ。掘りの深い渋いかっこよさのある人だった。
次いで身長の高い金茶髪の男がラダン。前髪をオールバックにして優しい笑みを浮かべ、胸に手を当てて丁寧に会釈をくれた。背中に背負った槍からそれが得物なのだとわかる。
ひょっこりと顔を出したのは緑髪を一つに束ねた男だ、名はアッシュ。人懐っこい顔でよろしくな、とツカサの手を握りぶんぶん振り回した。握られた手が固く、節に固い物を感じたのでダガーやナイフなどの細かい武器を使うのだろうとわかった。
「それから、シェイ」
一番最後に紹介されたのは黒いローブに顔を半分まで埋めた細身の魔導士だった。
柔い陽光の中で雪のようにきらめく肩まである銀髪、ちらりと視線を受けて見れば、猫のような金目。美しい女性だと思ったら男性なのだと言われ驚いた。
「寒い、立ち話しは短く」
「はぁい」
ドスの効いたような低い声で言われまた言葉を失う。ヴァンは肩を竦めてツカサへ顔を戻し、きょろりと見渡して首を傾げる。
「君のパーティは?」
「いろいろあって今は別行動をしています。スカイで合流するんです」
「そうなんだ。実は以前【異邦の旅人】の名前を聞いたことがあってね、ジュマだったかな、
「あ、はい、【真夜中の梟】と一緒に調査にあたりました」
「やっぱり! 僕たちあの時はサイダルの方へ急いでてさ、戻って来た時に掲示板で見たんだよ、大変だったね」
久々に人の口からサイダルの名前を聞いて不思議な気持ちになった。あそこを出たのも、もう随分と昔な気がした。
それからふと思い出した。
「あの! もしかしてロナを助けてくれたっていうパーティでは?」
「ロナ?」
「あれだ、ダンジョンから女と一緒に出て来た癒し手だろ、シェイが治した」
「あぁ! あの子か、あの後どうなったんだろう」
「俺の友達なんです! おかげ様で無事に冒険者に復帰してます、あの時はありがとうございました!」
「だってさ、シェイ」
「ふん」
ヴァンがにやりと笑ってそちらへ振れば、寒そうに身じろいで話の先を促された。
「あの、どうしてサイダルへ?」
「秘密、そういう依頼だったから」
唇に指を当ててウィンク付きで言われ、思わず笑ってしまった。
「いえ、聞こうとしてすみませんでした」
「いいよ、それよりも教えてほしいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「僕たちはこれからヴァンドラーテへ行く。何があったのか、生存者はいるか、確かめにね」
ふ、とヴァンから笑顔が消えて真剣な表情に変わる。胸の内を透かすような透明な視線に捉えられ、ツカサは僅かに踵を引いた。
「君がどうしてあの船に乗っているのか、参考までに教えてくれないかな?」
「参考までにって言われても」
「抽象的過ぎるかな、そうだな、どうしてダヤンカーセの船に乗ることになったのかな」
「それは兄さんがダヤンカーセを頼れって言ったから」
「よし、その辺から聞いて行こう。っと、ここはまだ寒いねぇ」
びゅうと吹いた風にヴァンがぶるりと震え、ちらりと後ろを見た。
視線を受けたシェイはわかりやすく嘆息した後、するりと腕を上げて円を描いた。
パツンと弾ける音がした後、暖かい空間が全員を包んだ。
「ありがとう」
「最初から船室で話すべきだったな」
「仰る通りで、お手間お掛けします」
他者が聞けば嫌味でも、受け取るヴァンには嫌味ではなく。他者が言えば煽りでも、受け取るシェイには煽りではない。
たったそれだけのやり取りで彼らが良い友なのだということがわかって少しだけ羨ましくなった。
ツカサにとってその友はロナであり、アルであり、ラングだからだ。今はここにいない。
「話せることだけで良い、僕らの友のために、君の話を聞かせてくれ」
改めてヴァンにお願いをされ、ツカサは不思議な感覚に襲われながらも頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます