第75話 受け取った贈り物



 カシア・ルノアーは【異邦の旅人】と依頼者を門兵から引き取り、拠点にしているという冒険者ギルドへ案内をした。

 

 アズリアの王都は綺麗だった。

 整えられた石畳は馬車が走るのを楽にさせ、レンガ色の街並みは変わらず。大通りは広く屋台や店がひしめき合い、買い物をする国民と冒険者、商人の顔は明るい。ツカサは気持ちが浮き立つのを感じた。

 裏路地はどうかわからないが、見た感じ聞いていたようなアズリアの闇は感じなかった。


 冒険者ギルドは街の中央部にあり、幌馬車を止める中庭も広い。専属の馬番がいてルフレンを慣れた手つきで誘導してくれた。


「あれ、ルノアーじゃないか。どうしてこちらと一緒に?」

「依頼をするために迎えに行ったんです」

「あぁ! こいつらが前に言ってた協力者か」

「そうです。お手間かけますが馬をよろしくお願いします」


 ルノアーはにこりと笑って男の手を両手で握って振った。手を離した時男の手が不自然な形をしていたので金を握らせたのだろう。


「さぁ、商談といきましょう。どうぞこちらへ!」


 くるりと振り返って冒険者ギルドの中へ促された。


 どこでも冒険者ギルドというのは構造が似ている。

 アズリアの王都、アズヴァニエルの冒険者ギルドもまた立派だった。すべてが高価なガラス窓、木窓は一つもない。内側はしっかりと漆喰が塗られ、基礎構造は見えなくなっている。梁は太く立派でしっかりと支えられていることがわかる。

 ヴァロキアだって、フェネオリアだって立派だったが、ここはそれとはまた別にプライドのようなものを建物から感じた。

 ヴァロキアが門扉広く柔軟に受け入れるなら、フェネオリアは年功序列、アズリアは冒険者に自由を許さないような、そんな雰囲気だ。


「移動ばかりですみません、こちらへ」


 ルノアーは丁寧に案内をし、一室へ三人を案内した。

 そこは仮眠用のベッドが四つあるだけの簡素な部屋だった。ルノアーは扉を閉めて鍵をかけると、まじまじとツカサを見た。その視線が興味に溢れていたので首を傾げる。


「何か?」

「あ、いいえ、すみません。あなたが【異邦の旅人】のリーダーの弟さんですよね?」

「そうだけど、君がルノアーか、手紙で聞いてる」

「よかった! 連絡してないことはないと思いましたけれど」

「改めて【異邦の旅人】のツカサだ、こっちがエレナ。そっちは護衛対象のミリエール」

「よろしくお願いします。聞いていた人数より多くて驚きました」


 ほ、と胸を撫でおろし、ルノアーは水差しから全員分のコップに注いだ。

 門兵が不審そうに見ていたのはルノアーからの依頼よりも人数が多かったからだと今気づいた。


「お兄様からどう聞いていますか?」

「さっさと港へ行けって」

「ふふ、あの人らしい」


 まるでよく知っているというかのようなコメントに、少しだけムッとしてしまう心が子供だと自分で思った。ツカサは頬を掻いて気を取り直し、ルノアーへ視線を戻した。


「それで、どう協力してもらえるんだろうか」

「あなたもしっかりあの人の弟さんですね、わかりました、本題に入りましょう」


 そのコメントはツカサの機嫌を直すには十分だった。水を受け取ってベッドに腰掛ける。


「明後日、【異邦の旅人】の皆さんには私の護衛として王都を出ていただきます。それまでの間は暇でしょうが、このギルドに滞在をしてください」

「外出はだめ、ってこと?」

「危険性は全て排除すべきかと」

「確かに。ただまぁ、惜しいかな」


 スカイへ渡れば二度と戻って来ないだろう場所、国。最後だからこそ出来れば見て歩きたい気持ちはある。それが自身だけではなく仲間も、依頼者も危険に晒すのだとわかっているので言うだけだ。

 ルノアーは申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。


「お食事はアズリアの王都の屋台で買ってきますよ、味くらいは観光してもらった方がいいでしょうし」

「助かるよ」

「ここからは少しの話をさせてください」

「うん」


 ルノアーは自身が冒険者ギルドで護衛の斡旋業を行っていること。ほかに同じことをしようとする競合は出たが、元護衛から習った技術と見識が物を言い、再び独壇場になっている経緯を話した。

 だから、今度は港に支店を建てるのだという。


「手広くやって持つものなの?」

「まだ始めて新しい商売ですが、二名、ありがたいことに部下が出来ました。経験は浅いですが勉強熱心で、冒険者たちとも会話をする人たちです。ですので、ひと月ほど港町で支店が広げられるか、下見と下地作りに行くことにしたんです」

「なるほど…商売のことはわからないけど、口実はわかった。でも俺たちの行きたい港は」

「ヴァンドラーテですよね?」

「そう」

「わかっています。ヴァンドラーテで改めて護衛を雇い、私はアズディエールへ向かいます。あなた方とはヴァンドラーテで別れる手筈で居ます」


 ルノアーはすでにルートや対応を考えていてくれた。ツカサはそれに驚きつつも、素直に感謝した。


「ありがとう、実は王都に来るのは不安だったんだけど、心強いよ」

「とんでもない! 私はお兄様と槍の方から一生分の勉強をさせてもらいましたから」


 わかる。背中を見せてくれる人と、隣で補足をしてくれる人たちだ。気づきは多く、経験は血肉になっただろう。


「わかるよ」 


 言葉にして肯定すればルノアーは親しみを込めた笑顔を浮かべた。


「あのさ」


 ふと、ミリエールが声を掛けた。


「私はその【お兄様】にも【槍】の人にも会ったことがないから、そんなに話がさくさく決まるのが何故だかわからないの。何を以てして危険なの?どうして?」


 ここに来るまで細かい説明をしていなかったことを思い出し、ツカサは天井を仰いだ。


「ごめん、ミリエールが知っているのは手紙だけだもんね。そうだな、兄さんは…危険を全部殺していく人なんだ」

「…とんでもなく乱暴なイメージになったけど」

「乱暴ではないよ、力の使い方をよく知ってて、邪魔になるなら殺した方が早いって言うだけで」


 事実を述べれば述べるほど、ミリエールは顔を引きつらせていく。懐かしい、かつてツカサは同じ反応をしていた。

 ラングの強さに、常に持つ覚悟に、躊躇なく人を手にかける姿に恐怖だって抱いた。

 だが同様に、抗えないほどの憧憬も抱いた。


「説明難しいな」

「あの人のことを説明するのは至難の業だわ、だからこれだけは言っておくわね」


 腕を組んで悩みだすツカサから引き取って、エレナが言った。


「あの人が安全と言えば安全で、危険と言えば危険だったの。信頼があるのよ。貴女はツカサと私を信じてついて来ればいいわ。…スカイへ行くのでしょう? 本人に会えばわかるもの」


 ミリエールは言葉を噛み締めてじわじわと理解し、ぱぁっと顔を輝かせた。


「はい!」


 それはスカイへ行った後も、行動を共にしていいのだという言葉だった。ミリエールはスカイの港で放り出されないことに気づき、嬉しそうに顔を綻ばせた。ツカサは少しだけ驚いた顔でエレナを見て、エレナはその視線に苦笑を浮かべた。


「右も左もわからない土地で子供を放り出すほど、私だって鬼じゃないわよ?」

「あはは、そうだったね」


 ツカサは頷いて笑った。


「さて」


 ルノアーが改めて注目を集めた。


「少し狭いでしょうが、ギルドからこの部屋は借りています。このまま滞在されてください。ギルド内に食料品店もありますし、もし素材があればそちらを売るなども出来ます」

「あ、それはありがたい。だからここだったんだ」

「えぇ。あとツカサさん、ちょっとよろしいでしょうか」

「なに?」


 ルノアーはツカサを呼んで部屋を出た。

 廊下で向き合うとそっと手を差し出してきた。そこには緑の紐の小さな革袋が乗っていた。


「お兄様から預かりました」


 ツカサはどきりとした。ルノアーと革袋を交互に見やり、ゆっくりとそれを受け取った。

 思ったよりも軽い。ルノアーの興味津々な視線の中、ツカサは紐を解いて中身を掌に出した。


 ころりと出てきたのは見たことのある結び方の紐と、それに包まれた石だった。


 鑑定を行う。


 ――ラングのお守り。レイスからドロップする魔力石を紐で括ったもの。


「レイス…?」

「アンデッド系の魔獣ですね、あぁ、そっか、あの人たちヴェレヌでダンジョンに潜っていたから」

「ヴェレヌ?」

「アズファルのダンジョン都市です。そこで冬越えしまして。レイスはたまに出る魔獣で、ドロップ品が欲しいとボードに依頼紙がありました」


 初めての新年祭フェルハーストで小さな宝石をもらった時、ツカサはただの石に最初は感謝が出来なかった。

 きっとそれを覚えていてくれたのだろう。だから、次は効果のあるものを選んでくれた。

 魔力の服のおかげで今も回復は早い。もしかしたら、成長していて着れなくなった可能性を考慮して、こういったものにしてくれたのかもしれない。

 思い、ツカサは首にかけて服の中に仕舞った。じわりと胸元が温かくなった気がした。


「ありがとう、すごく久々に兄さんの心遣いを感じた」

「とんでもない。もしよければ私の知るお兄様と槍の方の話をしますよ。代わりに、ツカサさんの話しも聞きたいです」

「ツカサでいいよ。短い間だけどよろしくな、ルノアー」


 お互いに笑って握手をし、その日の夜、二人の青年は声が枯れるまで思い出を語らった。




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