第74話 王都へ
経由地点の街スヴェニへは無事に着いた。
道中賊に襲われることもなく、キャンプエリアでも絡まれなかった。それが幸運なこととは知らずにツカサは拍子抜けした。
スヴェニは大きな都市だったので門をくぐったところの仲介所で宿を確保する。こちらもピシリとしたスタッフが対応にあたり、パーティの構成を聞くとさっさと名刺と宿の場所を報せて来た。食事について聞く暇もなく、事務的に対応されたのは初めてだった。
宿に向かう道すがら、スヴェニを観察した。
家々のオレンジカラーはレンガの色そのものだ。大通りは広く、家は高く横に長くくっついていて、その中を細かく分けているのだろう。一本道を逸れれば非常に道は狭く、人とすれ違う時には体を半身にしなくてはならない。陰になっているので大通りとは違い、あまり治安は良くなさそうだ。
案内された宿は綺麗で朝夕しっかりした食事がついていた。部屋割りは四人部屋を一つなので少し居心地は悪い。受付で言ったところで変更は出来なかった。エレナとの同室はここまで常だったので良いが、ミリエールには気を遣う。ツカサがそうであるように、ミリエール自身も肩身が狭い様子でベッドに腰掛けた。
ツカサは初日の夜だけは外で食べることにして、エレナは少し難色を示したが最終的には頷いてくれた。
小麦が豊富なアズリアの食事はツカサには懐かしいものばかりだった。ここでは
海がある国だからこその、海の魚貝類。これもまた嬉しかった。
甘くなく酸味の強いトマトはパスタにもピザにも合って、帰り道屋台で買えるものがあれば収納に入れておいた。薄い生地の大きなピザはぺろりと平らげられてしまうから困る。
翌日、宿の朝食で少しだけ驚いた。バターをたっぷり使ったクロワッサンとビスケット、それにとても甘いコーヒーが出されたのだ。砂糖ではなくハチミツが入っているコーヒーはふうわりと独特の香りがした。今までの国ではベーコンや野菜スープ、よく火の通ったスクランブルエッグなどが出たが、アズリアではパンとコーヒーが基本のようだ。食事を済ませてツカサは一人冒険者ギルドと買い出しに出た。
ミリエールも行きたがったがエレナが許さなかった。
ガルパゴスを出る前、手紙に書いておいたのでラングとアルからの手紙が冒険者ギルドへ届いていた。
曰く、
船に乗る。
この手紙を見るころにはもう
ヴァンドラーテの冒険者ギルドにも手紙を残すから受け取ること。
これでもう、すぐに相談できなくなったと思うと不安が胸に広がった。ここから先、選択を失敗できない緊張と責任に強く目を瞑った。ツカサは手紙をしまい、屋台をめぐって宿に戻った。
エレナとミリエールの前に食事を広げながら手紙のことを報告すれば、ミリエールから素朴な疑問がこぼれ出た。
「お兄さん、ヴァンドラーテで待っていてくれてもいいのに。どうして先に行ったのかしら」
ピザを手持ちのナイフで切り分けて食べながらツカサも同じ疑問を抱いた。ツカサたちの居場所もわかり、スカイへの移動手段も確保できた。それを伝えはするものの、待っていて
その疑問に対して小さくため息を吐いたのはエレナだ。
「ラングが面倒だと思う相手だったのよ」
二人の視線がエレナに注がれ、その先でゆったりと甘いコーヒーを飲む。
「ラングのことだもの、片づけられるなら片づけるでしょう? それがすぐにできない相手だった、そのくらいの手練れだった、ということだと思うわ。だから、痕跡を追われる前に行方をくらましたのよ」
エレナがここまで言って、ようやくツカサは危機感を覚えた。ぞっと血の気が引いて手に持っていたピザの欠片を取り落としそうになった。
意味のないことはしない人だ。先を急ぐ人でもなかった。ツカサの隣で一緒に見て回り、その時を場所を楽しもうとする余裕のある人だった。
「俺、少し甘く考えてた」
ツカサはピザをばくりと食べて、口の端を指で拭った。
「うん、慎重に行く」
「それがいいわ」
頷き合うツカサとエレナに、ミリエールだけが置いて行かれていた。
ミリエールの理解は置いたまま、スヴェニを出て王都アズヴァニエルを目指す。
三日という滞在は短くもなく、長くもなく疑いを掛けられることはなかった。目に見えるように物資を見せる方法も考えるようになった。
そういえば、ラングと初めて旅をしたとき、マブラに入る前にショルダーバッグを渡されたことを思い出した。あのショルダーバッグはいつの間にか使わなくなってしまった。腰のポーチをアイテムバッグに見せることで、肩からかけることがなくなったのだ。
あの感覚が懐かしくなった。まだそんなに経っていないのに不思議だ。不意にショルダーバッグの紐を掴んでいた場所を握る。
不思議な郷愁に駆られた。胸の中を通っていく風が切なさと泣きたくなるような思いを撫で起こした。
【適応する者】のスキルは発動せず、胸が一瞬ぎゅうっと締め付けられた。
あの時は歩くのも大変でとにかく座って休みたくて、それでも許されず、足を引きずるようにして先を目指した。
初めての野宿は木の根元だったな、と思い出して小さく笑った。
「あら、楽しそうね」
「あぁ、いや」
御者席から声を掛けられて頬を掻く。小走りで馬車と長時間並走出来るようになったことが、少し誇らしい。こうして息に余裕もあり、会話できることも。
「兄さんと旅してた時のこと、思い出してた」
「ジュマまでの?」
「そう、俺にとっては新しいことばかりだったから」
「そういえばあまり聞いたことがなかったわねぇ」
「事情があって話すのも難しかったしね」
「事情って?」
「秘密」
ミリエールが馬車から顔を出して問えば、ツカサは得意げな顔で笑った。問いはしても秘密を掘り下げるつもりはないらしく、ミリエールは残念、と軽口を返してまた座り直した。
「見えたわね、アズリアの王都だわ」
エレナの声に目の焦点を先へ向ける。
ヴァロキアよりも、フェネオリアよりも高くそびえる城郭がどこまでも続いていた。左右を見渡しても端がわからず、それが円形に王都を囲んでいるからなのか、視野の限界なのかわからなかった。
城郭に突き出た鉄の大砲、ここでもそれは容赦なくこちらを向いている。
さらにその向こう、遠いというのにそれでも大きく見える城が見下ろしていた。近づけば近づくほど畏怖を抱くアズリアの王都アズヴァニエル、入門の列に並ぶため、ツカサはゆっくりとスピードを落としてから止まった。すぅー、ふぅー、と息を深くして体のクールダウン、これはラングに教えてもらったものだ。隊商の護衛時、走り続けたあとは急に止まらないように、呼吸を止めないようにと厳しく言いつけられた。
思いのほか早く門に辿り着き、ギルドカードを差し出す。
「はい、これ。頼む」
「よろしい、しばし待て」
水晶版に当てられ犯罪歴がないか、名前とパーティを確認される。すると、対応していた門兵の顔色が変わる。ギルドカードを戻しながら顔をじっと見られ、行って良いと言われない。
「何か?」
「少し待て」
平静を装って首を傾げれば、門兵は他の人と話し、ちらりとこちらを窺っている。
「何かしら」
エレナが御者席で呟き、ツカサは腰のショートソードに自然と手を掛けた。
先ほどの門兵が戻りツカサとエレナ、それから幌馬車の荷台を覗きミリエールを確認する。
「パーティ名が記載されていないギルドカードはお前だな? どういう関係だ?」
「護衛を依頼されてる、彼女は依頼主だ」
もしやミリエールを狙う暗殺者の関係者かと思い警戒を強める。語気が強くなってしまったのはそのためだ。門兵は眉を顰めツカサを振り返った。
「どこまでだ?」
「港まで」
「ふむ」
門兵は少し顎を撫でたあと、ツカサたちを呼んで列から外した。
「詰め所に案内させてもらう、ついてこい」
「なんでまた」
「手間取らせるな」
顎でしゃくられ、仕方なしにツカサはエレナに目配せをし、その後をついて行く。
てっきり牢屋にでも入れられるのかと思えばそうではなかった。
椅子のある会議室のような場所へ通され、しばらく待てと言いつけられた。高価なガラス窓から外を覗けば中庭で体を休めるルフレンが見える。ここまでもよく頑張ってくれた。ふと気になった、馬は船に乗れるのだろうか。
「お、おまたせしました!」
トントン、ガチャ、と返事をする前に扉が開いて短剣を抜きそうになった。
はぁはぁと息を切らせ、膝に両手を置いて前かがみになって息を整える青年がいた。必死に呼吸を整えているがそれでも落ち着かず、肩で息をしたまま顔を上げた。
焦げ茶色の髪にはしばみ色の眼、そばかすの散った健康的な肌。身長はそれなりに高く、身に着けた服は少し良い商人と言ったところだ。今は汗で肌に張り付いている。
「突然のことで驚かせて申し訳ないです、私は冒険者ギルドで護衛斡旋業を営んでおります、カシア・ルノアーと申します」
「カシア…ルノアー?」
ハッとした。
ツカサの表情で伝わっているのがわかったらしく、ルノアーはにこりと微笑んだ。
「はい、あなたのお兄様からよろしく頼まれています、ここからはお手伝いさせてください」
自信に溢れた笑顔に、ツカサはほっと力が抜けた。
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