第50話 冒険者と商人 <ラング・アルside>



 ギルドラーが何を示すのかわからなかったが、目の前にいるラングそのものだろうとルノアーは理解した。


 依頼をした側だがいろいろと世話をされ、居心地の悪さがどうしてもある。

 ルノアーはじっとラングを見つめ、それから深呼吸、意を決して尋ねた。


「なぜ商人を育てるのが、貴方の役目なのでしょう?」

「早い話、息のかかった商人が欲しい」


 これには納得した。

 中堅、上位の冒険者が商人のバックに立つことは珍しいことではない。素材を卸すにしても、欲しい装備を探すにしても、商人に伝手があるとその幅が違うのだ。

 ラングたちにはまだその伝手が無く、この機会にルノアーを成長させ、後々利用しようというのだ。利害関係であれば、ルノアーにも信用ができる理由だった。

 利害関係が先、その後に信頼がついてくればいい。真っ当に商売をするだけでは荒波を乗り越えられず、かと言って汚いことばかりをしていれば良い客は来ない。

 

「そういうことでしたら、お言葉に甘えて盗ませていただきます。よろしくお願いします」


 ルノアーははっきりと言われてようやく安心出来た。そしてラングとアルの行動も理解した。

 腕の良い冒険者が懇意になりたいと言ってくれているのは、素直に嬉しくもあった。

 それからキャンプエリアではアルと一緒に他の隊商と取引をしたり、冒険者視点での素材の会話をしたりした。

 アルが出来ることと言えば物の価格帯を大体言い当てることだが、目利きの出来る冒険者だと分かれば相手が慎重に取引をしてくれるので助かった。

 価格は良いとしてそれが売れるかどうか、という観点ではラングが手助けをしてくれた。

 様々な冒険者の在り方から何が必要か、どういったときに利用するのか。シーンを話してくれるのは有難い。ぱっと見、顔は見えないので確かな年齢がルノアーにはわからなかったが、と冒険者をしている貫禄を感じた。

 マイロキアで仕入れた岩塩は商人と冒険者相手に大半売ることが出来た。


 そんな道中を過ごして一か月弱。暦で言えば氷竜の月、十二月頭。

 一行は冬の女神の吐息を感じながらダンジョン都市ヴェレヌに到着した。

 道中少しずつ雪が降り始め、マントにも軽く積もるような天気が続いた。城郭が見えた時には正直ほっとした。

 手続きはルノアーが、冒険者の銀貨五枚はまぁまぁ重いだろうがそれ以上の価値をラングとアルは支払っている。嫌な顔一つせず、当然のこととしているのは肝が据わっているように思えた。

 

 ヴァロキアの雪は深く重く多かった。

 ここアズファルはエルキスに近い山でなければそこまで深くはない。ただ、万全の準備が無い者は一か月程度留まるのが常。

 ルノアーはその留まる側だ。


「宿のご相談ですが」


 入門手続きを終え馬車を中へ動かしながらラングへ声をかける。


「私は商人向けの小さな宿に馬車と共に停泊する予定ですが、お二人はどうされますか? 商人向けは部屋の確保がお願いできないんです」


 それはダンジョンに赴く際、部屋に別の人を入れるということだ。

 アルが顔を顰めた。嫌なのだ。それを見てラングは御者席のルノアーを見上げた。


「こちらはこちらで冒険者向きの宿を取ることにする。案内所は利用するのか?」

「使います。では先に行ってください、あとから私が参ります」

「アル、護衛を」

「任せろ」


 ラングが案内所へ向かい、アルは槍を抱いて馬車に寄りかかり、警護に当たった。

 さくりといつもの感じで風呂付の宿を一か月確保した。【揺り籠】という宿は食事が美味しいらしい。ルノアーと交代し、戻りを待つ間馬車を護衛する。


「去年はどうしてたんだ? ヴァロキアの冬宿、長かったんだろ?」

「四か月ほどだったか、もっとだったか…そうだな、長く滞在した。ツカサとファイアドラゴンの捜索をしたり、新年際フェルハースト、それをやったりした」

「賑やかそうだな、【真夜中の梟】もいたんだろ?」

「あぁ」

「じゃあ、今年は男二人だし少し寂しいかもな」


 アルが鼻先を赤くして言えば、ラングはふぅ、と白い息を吐いた。

 しばらく沈黙が続いた。ルノアーはまだ戻らない。


「ダンジョンはどうする」

「あ、行きたい。ここなぁ、ラング嬉しいと思うぞ?ダンジョン内にハーブが自生してるんだよ」

「ほう?」

「未踏破だったはずだから、フロアマップ買って、かな。俺移動するときに譲っちゃったんだよな」

「そうか。では一息ついたらギルドだな」

「おう、そうしよ」

「どの程度の時間が必要だ?」

「ハーブは上層だ、食材として鳥肉とか、オークが欲しければ十階くらい。十階までで十日くらいだったかな。ほら、俺【炎熱の竜】と入って、ちょっと遅かった。ラングとならその半分程度だろ」

「ではある程度路銀を稼ぎつつ、食料確保だ」

「了解」


 方針が決まり、また沈黙が降りる。

 ラングがぱちりと懐中時計を鳴らした。それを横目に見てアルはふむんと唸った。


「…遅いな?」

「そうだな」

「見てくる」

「任せる」


 フードに積もった雪を払いながらアルが案内所へ駆けていく。

 ラングはわかりやすく双剣が見えるようにマントを払い、戻りを待った。

 しばらく待ったが戻って来ず、ラングは首を傾げた。

 とはいえ馬と積み荷を置いて離れるわけにも行かず、懐中時計をまたぱちりと鳴らした。

 時間にしてに二十分ほど、アルが出てきて両手を上げた。


「ラング、行って」


 苦笑を浮かべた顔で促され、ラングは嘆息しながら再び案内所へ入った。

 中ではルノアーが困惑顔で案内所スタッフとやりあっていた。

 声が聞こえるところまで人の間をするすると抜けて近寄る。


「他に宿はないんでしょうか」

「ご希望の価格ですと、商人向けは埋まっています」

「困ったなぁ…、一人部屋でいいんです、どうにかなりませんか?」


「宿が無いのか」


 およそ内容を理解したラングが声をかけ、ルノアーは振り返って頬を掻いた。


「はい、その、予算と合わなくて」

「いくらだ」

「二十五万リーディほどで…」

「その価格帯なら空いているだろう」

「あの、こちらの方のお知り合いですか?」


 スタッフの女性がおずおずとラングに声をかけ、わかりやすくホッとした顔をした。


「こちらとしても商人向けに限定しなければ空いているとお伝えしているのですが…」

「何がだめなんだ」


 ルノアーに首を傾げて問えば、青年は力強く答えた。


「商人ですから、商人向けの宿でないと」


 ラングは顎を撫で、それからルノアーを椅子に座らせ、その肩へ手を置いた。


「お前との会話は後にするが、冒険者向け、商人向けとは言うものの、宿は宿だ」

「それはそうです」

「お前の師がどれほどの余裕を持っていたかは知らないが、分不相応なことをはするな」

「分不相応…?」

「稼ぎの少ないうちはある程度安全を見越してさえいれば、冒険者向けで良い」

「え!?」

「騒がせてすまんが、先程私が予約した【揺り籠】に一人部屋が空いているか確認を頼む」

「お調べします、少々お待ちを」


 女性は言葉が撤回される前に、と慌てて調べ、ラングに頷いた。

 

「ではそこを」

「ラ、ラングさん?」

「お取りしました、こちらの名刺を持ってお伺いください」


 さ、っと女性は名刺をルノアーに渡し、それを受け取ったのを確認するとラングは困惑する青年の首根っこを掴んで引き摺るように案内所を出た。


「ラングさん!ちょっと待ってください、宿は、うわっ」


 馬車の中へ放り込まれ、ルノアーは今までにないラングの辛辣な対応に目を白黒させた。

 ラングは幌馬車の枠に手をかけ、中で転がるルノアーへ盛大なため息を吐いた。


「向けと謳っているだけで、宿に変わりはない」

「え、え」


 困惑し続けるルノアーをそのままに、ラングは御者席に回って幌馬車を動かした。

 ガラガラと進み始めた馬車にルノアーはただただ混乱していた。


「あのさ」


 後ろを護衛としてついてくるアルが声を掛けた。


「商人だから商人向け、冒険者だから冒険者向けって、考える必要ないぞ?」

「しかし、師匠はいつも」

「ぶっちゃけ商人向けは商店街に近いってだけだ。少し距離を我慢できれば冒険者が多い宿だって問題ない。場末でなければ治安も悪くないんだ、拘る意味がない」


 言われ、ルノアーは言葉を失った。


「お前、変なところですごい背伸びするんだな。師匠のやり方をなぞったって上手く行く保証はないぞ?」

「何を相手に商売をしたいのかをよくよく考えることだな」


 後ろから、前から言葉が飛んできて、ルノアーは首を何度も巡らせた。

 それ以上の言葉は今のところ無いようで、その間に思案に耽る。


 師匠は貴族や、貴族を相手にする商人と商売をしていた。

 行商で得た商品は珍しいものや、一見すると使い勝手の悪いものばかり。それは貴族が置いておくことに比重をおいていて、使用するためではないからだ。権力の誇示に実用性は必要ない。

 師匠はそういった掘り出し物を探すのが上手く、馬車は徐々に大きく、ルノアーのような少年少女を弟子に取り、手伝わせ教えながらも労力を得て行った。


 そしてアズファル王都ヴォレードで店を構えるまでになった。


 ルノアーが得意としていたのは物の管理と貴族を相手取る商人の対応、そして流行を掴むことだった。

 冬が来るなら毛皮が求められる。街中の冒険者の会話から安く仕入れられるもの、加工や製作までの工数、今年はどの毛皮が貴族に人気が出るのか。

 そこからある程度絞り、師匠と会話、それが当たる、と言った形だ。


 ルノアーは自分が冒険者から解を得ていたことに辿り着いた。

 何を相手に商売をするのか。それは情報源を相手にする方が確実な気がした。


「ラングさん、アルさん」


 がばっ、とルノアーは御者席へ身を乗り出した。


「ダンジョンに同行することは可能ですか?」


 丁度宿に辿り着いたところだった。



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