第88話 王都からの脱出


 方針が決まり、即座に行動に移した。


 宿の人は街の喧騒に半分が起き、状況を知るためにカウンターに詰め寄っている。

 今日はジェシカとクロムではないようだ。別の人が対応に追われていた。


 【異邦の旅人】はそれを横目に厩舎へ向かい、アルが提案した方法で動こうとした。


「お前!」


 先頭を走っていたアルが叫びながら背中の槍を手に取る。ぱっと地面を蹴るとあっという間に叫んだ人物へ飛び掛かった。

 

「ひぃ!」

「何をしていた! 答えろ!」


 例のドラ息子がアルの足の下、槍の穂先を向けられてガクガクと震えていた。

 その位置がルフレンの前で、ツカサはさーっと顔が青くなった。すぐさまルフレンに駆け寄り念のためのヒールをかける。ルフレンは大丈夫だと言いたげにぶるると嘶き、ツカサの髪を食んだ。


「よかった、大丈夫みたい」

「馬車をしまえ」

「わかった」

「おい答えろ! 何をしていた!」

「さ、騒がしいから、今なら逃がしても…」

「こんな時にまでそんなくだらないことを!」


 アルは槍を背負い直すと思い切りドラ息子を蹴り飛ばした。綺麗に鳩尾に入り吹っ飛んだドラ息子は、良い服を土にまみれさせて転がり、なにやら下半身を濡らしている。

 酷いとは思う。だが、今までのことや現状を考えると構ってはいられない。アルの脚力で蹴り殺されなかったのは慈悲だろう、手加減を頑張ったと見た。

 ツカサは馬車をしまいエレナに手を貸してルフレンの上に乗せた。頭絡とうらくを引いてルフレンを誘導し、厩舎から出した。


「西口は詰めかけているかな」

「わからん、だが、籠城する住民が多ければそうでもないかもしれない」

「いいわ、行ってみましょう。屋根の上から様子を見ればいいわ」

「わかった、それは俺が見るよ。目は良いんだ」

「頼んだ」

 

 アルは一つ頷くと厩舎をタン、タン、と駆け上がりあっという間に屋根の上だ。


「見失わないようについて行く、進んでくれ!」


 声が聞こえた後、アルはさらに高い所を目指して跳ねて行った。

 宿はすんなりと出られた。住民も籠城の為の作業に追われ家に取りついているので、先程よりは大通りも空いている。

 ツカサは頭絡を掴みはぐれないようにしながら、逆側で手綱を引くラングに尋ねた。


「そういえば、なんで迷宮崩壊ダンジョンブレイクだってわかったの?」

「たまたまだ。少し早く眼が覚めたもので庭に出ていた。城の方角から光が見えて、鐘が鳴りだした」


 ラングはトンガリ屋根の王城を見上げた。

 見えた光というのが、空で火薬が爆発したかのような眩しさだったらしい。きっと魔法かなにかだったのだろう。その光と鐘の鳴り方が妙で、カウンターに何の印なのかを聞きに行き、そこで迷宮崩壊ダンジョンブレイクを報せる手順なのだと知った。

 ラングに言われカウンターにいた女性も知るところとなり、早朝の騒ぎに繋がった訳だ。


 ダンジョンがある都市に住む人は周知の事実、今はまだ、鳴り響く鐘に気づかず寝ている人もいる。

 陽が昇りさらに人が起きればこれだけの騒ぎでは収まらないだろう。


「少し速度を上げるぞ。厳しければ、ルフレンに無理をさせるがツカサも乗れ」

「ダメなら声をかけるよ」

「そうしろ」


 早歩きが徐々に駆け足になっていく。

 普段市内馬車を利用する距離を移動するのだから先を急ぐのは道理だ。

 エレナは鞍を掴んで鐙に足を通し、ルフレンの揺れに上手に体を合わせている。

 マラソンの状態で走り続け大通りを西に曲がる。遠く正面に城郭の門が見えた。

 た、た、ダンッ、と音がしてツカサの隣にアルが降って来た。


「今のところ、商人と旅人、少しの冒険者が詰めかけてるくらいだな。面倒に巻き込まれなけりゃ出れると思う!」

「そうか」

「ただ、出来るだけ急いだ方が良いな、王城の門が開いたように見えた。下手に目を付けられると面倒だ」

「わかった。ツカサは任せてもいいか」

「あいよ。ツカサちょっと大人しくしてろな」

「うへぁ!?」


 言うが早いかアルはツカサをぐいっと背中に担ぎ上げた。突然のことに変なところに力が入り、脇腹が痛い。暴れそうになったがアルに強制的におんぶの姿勢を取らされた。

 ラングはひらりとルフレンに跨るとエレナを抱え込むようにして思い切り走らせた。


「礼儀がなってないわよ」

「緊急事態だ許せ」


 ダカッ、と蹄の音をさせてルフレンが走り去っていく。置いて行かれてしまうことに困惑し、アルに声を掛けようとしたら突然地面が遠くなった。


「俺ほら槍あるからさ、大通りだと人引っ掛けちまうし」


 後ろ手に槍を横に持ち、ツカサの尻を乗せて安定を取ってくれている。横になったがゆえに移動するのに幅が必要な訳だ。


「だからって屋根!?」

「おう、いいかーツカサ、口閉じてろよ、な!」


 アルはあちこちを踏み台にしてあっという間に屋根の上に上がった。一瞬空中に放り出されるような浮遊感を感じたあと、屋根に着地。体がガクンと前に揺れアルの首に腕をかけた。


「そのままくっついてろよ!」


 もうそこからは悲鳴も上げられなかった。

 普段のアルがどれだけ実力を隠していたかがわかる。

 姿勢低く屋根の上をびゅんびゅん駆けていくアルは、煙突や段違いの屋根に引っ掛かることなく猛スピードで進んで行く。時折屋根と屋根の間を幅跳びし、ツカサは奥歯を食い縛った。

 あっという間に西口の門に辿り着くと、アルは上った時と同様にあちこちを踏んで地面に降り立った。恐らく、背中にツカサがいるので衝撃を殺してくれたのだ。降ろされて少したたらを踏む。


「俺の勝ち!」

「勝負はしてない」


 ぶるる、と聞き覚えのある嘶きに振り返ればルフレンの鼻先がツカサの横っ面を殴った。

 往来の人を避けながらこの速度で来たのだから、ラングもルフレンもすごいと思った。その鼻先を撫でてやればルフレンにまた髪を甘噛みされた。

 ラングはルフレンをツカサに任せ、門兵にカードを差し出した。


「王都から出る、手続きを頼みたい」

「あ、あぁ、それは構わないが、やはり迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きたって言うのは本当なのか?」

「知らん、元々今日出る予定だった」

「でも、迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きているなら、戦力になるだろ。冒険者を出していいのかどうか…」


 ジュマで迷宮崩壊ダンジョンブレイクが起きたことは知っていても、あれから十年と少しの歳月が経っている。実際に参加した年代は門兵などしていないのだろう。初めての事態にどうすればいいのかわかっていないのが見て取れる。

 ラングは大きめの声で言った。


「冒険者ギルドのグランツから、出て良いと言われている」


 あの後撤回もされていないので事実だ。

 顔を見合わせてはっきりとしない門兵に、ラングが軽く威圧を発揮した。

 ひぃ、と悲鳴を上げ、門兵は震えながらカードを受け取り水晶板で手続きをした。それが済むとぶんどるようにしてラングはカードを取り返した。


「邪魔をしたな」


 言い、手で全員を呼んで城郭の外へ出た。

 ちょうどその時だった。


「門を閉じよ!」


 背後でそう叫ぶ声が聞こえた。


「離れるぞ」


 ごん、と門の仕掛けが動く音を聞きながら、振り返らずに【異邦の旅人】は足を進める。

 背後で出損ねていた冒険者や旅人、商人が無理矢理扉を抜けて行く声がする。ゴゴン、という音は扉が閉まった音だろう。


 ラングは真っ直ぐに前を向いて歩き続け、アルはツカサの肩に手を置き振り返らないようにして進む。エレナもルフレンの上で同様にしている。

 荷馬車が慌てて隣を走り抜けていく。冒険者や旅人も駆け足で【異邦の旅人】を追い抜いて行く。早歩きをしているとはいえ、抜かされて行くと慌ててしまう。


「俺たちも急ぐ?」

「一昼夜歩き続けるつもりだ、この速度で行く」


 ラングに言われ、ツカサは眠れないことを覚悟した。


「お待ちください、お待ちを、ラング様!」


 背後から声を掛けられ、これには歩きながら少し後ろを振り返った。


「クロムさん、ジェシカさん!」

「街を出たのか」


 速足な【異邦の旅人】に懸命に追いつき、はぁはぁ言いながらも会釈を忘れない。決して足を止めずにラングは尋ねた。


「はい、昨夜の内に支度を済ませ、今朝鐘が鳴るのと同時に門まで」

「やり取りに便乗して抜けさせて頂きました」


 ジェシカは息を切らせながらそう言い、少しだけ笑った。


「宿にはなんて?」

「新婚旅行と言って休みをいただきました。戻らなければそのまま解雇で良いと」

「他の宿の奴らは?出なかったのか」

迷宮崩壊ダンジョンブレイクについて話はしたのですが、真面目に取り合ってもらえず。馬番をしていたテリダだけは、夜間の内に出たようです」


 なるほど、だから早朝にドラ息子がルフレンに悪戯しようとしていた訳だ。

 いつもの見張り番がいないからこその愚行だったのだ。


「どこまで行くんですか?」

「わかりません、安全なところならどこでも良いのですが。もし可能でしたらしばらくご一緒させていただけませんか?」

「それは依頼か?」


 ラングの容赦ない言葉にクロムは一瞬怯むものの、手を繋いだジェシカが息を切らせながらも懸命に歩を進めているのを見て、頷いた。


「はい、そうです。お渡しできるものは少ないですが…。ラング様たちはどこへ?」

「一先ず国境都市のキフェルだ」

「ではそちらまでご一緒させてください」

「わかった、だが詳細は後ほどだ。我々は一昼夜歩き続けるつもりだ。これが依頼だというのなら背負うことも厭わない、限界が来る前に言え」

「わかりました、ご面倒をおかけいたします」


 言い、ラングは少しだけ足を緩めた。

 それはジェシカの為でもあったし、パーティメンバーの為でもあった。

 クロムとジェシカがバテたとき、背負うのはラングとアルだからだ。ツカサは背負った所で共倒れするとはっきり言われ非常に悔しかった。


 途中キャンプエリアを見ても立ち止まらず、歩きながら水を飲み、パンを齧り、時々ヒールを全員に使いながら夜は魔獣避けのランタンとトーチを使い進み続ける。

 ラングがジェシカを背負い、アルがクロムを背負い、それでも速度を落とさずに歩き続けた。


 ジュマではこうして外に出た後、カダルが来てトンボ返りしたなと思いながら、ツカサは自分が思ったよりも歩けることに驚いていた。

 前は往復しただけでヘトヘトだったものが、もう少し無理をすればあと一日くらいは歩けそうな気がした。以前よりも格段に体力はついている。自分で成長を認識して、ツカサは内心でガッツポーズをした。


 結局足を止めたのはツカサがと思った時間を歩き切ってからだった。ラングは絶対にわかっていたと思う。

 歩き出して二日目の夕方、キャンプエリアでようやく足を止めてラングは休憩を言い渡した。

 体力が回復したらクロムもジェシカも再び歩いていたが、時に三時間近くその背で休ませながらも速度を落とさないラングとアルに、冒険者の体力を思い知ったようだ。年若いツカサがそれについて来ていたのも大きい。


 ルフレンにもヒールを掛けていたとはいえ無茶をさせた。

 ツカサは疲れた体を押してルフレンのリラックスの為に手入れを念入りにしてあげた。

 本当ならルフレンの休みに合わせて小休止は入れたかったが、旅慣れない二人が一度座ると動きにくくなるだろうことを懸念して、ラングが許さなかった。

 事実、キャンプエリアで座り込んだ二人は地面を見たまま動かない。


「ツカサ、風呂いれてやって」


 周囲を哨戒してきたアルが声をかけ、ツカサは土風呂にたっぷりのお湯を沸かし、土壁で覆った。


「汗を流して来ると良いわ。今夜は眠れるわよ」


 エレナが使い切りの石鹸とタオルを二人に渡して促した。

 ジェシカは泣きそうな顔でツカサとエレナに礼を言い、ふらつく足で風呂へ入りに行った。


「すみません、本当に、ありがたいです」


 クロムもげっそりとした顔で礼を言い、そのあとに続く。


「テントは俺たち、あの二人は馬車で寝てもらうことになるな。不寝番は俺とラングがやるから、ツカサとエレナもしっかり寝とけよ。いいよな?ラング」

「構わん」

「ありがとう、そうするわ。ルフレンに乗りっぱなしで悪いわね」

「気にするな、馬に乗り続けるのも体力を使う」

「ありがとう。あぁ、そうだわ、ツカサ、馬車を出して頂戴。ブランケットを出来るだけ敷いておいてあげましょう」

「そうだね、わかった」


 本来、依頼人に対してここまでする必要はない。

 だがマジェタで快適に過ごせたのは彼らの尽力が大きい。返せる恩は返すに限る。

 馬車を出すと、エレナは家財道具が入っているアイテムバッグから敷物やブランケット、クッションを取り出して柔らかい寝床を用意した。

 ほかほかになって風呂を出て来た二人を迎えてラングが温かい食事を配り、食べ終わるとジェシカは泥のように眠った。


「いやはや、冒険者の体力には脱帽です」


 食後のお茶を頂きながらクロムが憔悴した顔で言う。


「明日からは小休止を挟んで行くことにする。ここまでほどの無理はしない予定だ」

「助かります…。それで、依頼の件ですが」

「あぁ」

「正直に申し上げて、お渡しできるのが銀貨五枚ほどなのです。ジェシカと安全なところで家を借りて住もうとなると、職を見つけるまでの当座の資金ということもあり…」


 クロムは深く頭を下げて事情を話した。

 ラングは早々に手で制し、クロムに顔を上げさせた。


「銀貨五枚で良い」

「よ、よろしいのですか?このように良い待遇を受けさせていただいておりますが」

「二度は言わん」

「承知、しました、ありがとうございます!先にお渡ししておきますね!」


 クロムは慌てて鞄から銀貨を五枚だし、ラングに手渡した。


「確かに」


 一つ頷き、ラングは立ち上がった。


「お前ももう休め。明日も移動は続く」

「はい…!それでは、すみませんが御先に」


 クロムは全員にそれぞれ頭を下げるとすでに寝息を零しているジェシカの隣にもぐりこみ、同じように寝息を立て始めた。

 ツカサは土風呂を一度壊して作り直し、エレナを促した。

 エレナは礼を言いながら風呂に向かい、その間に男三人で会話する。


「銀貨五枚で良いんだ?」

「あいつが依頼をしたのは偏にジェシカのためだろう」


 焚火に埋めてあったポットを取り、お茶を注ぎながらラングが言う。


「男の覚悟にわざわざ水は差さん」


 ジェシカにだけは苦労をさせたくない、そう言った覚悟で恥を忍んで言ったことに、そこでジャンプしてみろとは言わない訳だ。

 

「世話になったしな」

「それは大きいよな」


 アルも笑い、空を見上げた。

 ツカサも倣って星空を見上げ、呟いた。


「今回は逃げきれたね」

「そうだな」



 これでもう、王都マジェタの迷宮崩壊ダンジョンブレイクとは赤の他人だ。



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