第52話 冬の生活
ジェキアでの生活は忙しかった。
朝起きてかじかむ手足を暖炉とランタンで温め、顔を水で洗うのも辛くてわざわざお湯を作り、日常的に魔法をもっと使うようになった。
鍛練は雪の中でやり、足を取られることが増えた。ラングは雪中の戦闘も経験が多いらしく、雪の歩き方、踏み方を習う。それに加えて組み手が多くなった。
鞘に納めたままの短剣でラングの剣を受ける。ツカサの方から打ち込むこともある。アルカドスの一件で魔法に頼りすぎていると判断したようで、打ち合いは容赦なく体を打たれた。痛みに慣れる必要はないが、覚悟が足らないと言われた。
攻撃は痛いものだと体に覚えさせるだけで、実際に痛みを受けた時に違うのだ。それはスポーツや習い事をしていなかったツカサは知らない感覚だった。
転がる先が雪に変わったので、叩きつけられた時の痛みが軽減されたのは助かった。
朝食はほぼ同じだが、宿に食材を渡せばそれで作ってくれることもあり、米を少し分けておいた。飽きの来ない程度のスパンでリゾットを挟んでくれるようになってありがたい。
雪が降り積もってもジェキアの交易は少し緩やかになる程度で、未だ盛んと言っても過言ではない。エレナは石鹸に使う材料を仕入れることもできたし、ラングはハーブを補充することもできた。ツカサは広いジェキアの都市に毎日外出し、日々新しい道を開拓した。
ルフレンの世話も忘れてはいない。体を拭いて鬣に櫛を入れ、足場は必要だが背中に乗って少し散歩をしたりもするようになった。
ルフレンの体が馬車の重みを忘れないように、馬具と装備を着けて中庭を何周かしたりもした。御者席でツカサは感覚を覚えさせられた。
それから、ジェキアの温泉を引いている公衆浴場に行ってみた。
結論から言うと二度と行かない。
エレナが行かないと言った時点で察するべきだった。ラングは人と風呂に入るのはそもそも嫌がるので行かなかった。ツカサは【真夜中の梟】の面子に誘われて行ったのだ。
大きな建物から湯気が上がり、温泉らしい雰囲気にテンションは上がった。中に入り、入浴料を支払い男風呂へ向かう。
その時点で帰ればよかった。エレナが言う衛生面をもう少し考えるべきだった。ツカサは故郷の感覚で居すぎたのだ。
掃除はされている。
だが、体を洗わずに大浴場へ浸かりに行く冒険者や商人の多いこと。多いというか全員だ。気持ちよさそうに入っている男が体をがりがり掻いて、湯船で手を洗うのを見た瞬間ダメだった。
エルド、ロナやマーシが普通にそこへ入っていくのもツカサには驚きだった。
カダルが後ろから肩を叩き、無理をするな、と言ってくれたので、申し訳ないがツカサはすぐさま風呂場から引き返した。
カダルは連れてきた手前ツカサのことを心配し、まだ体を温めてもいないのに着替えてツカサと共に宿に戻ってくれた。
話しを聞いたところ、温泉というものはそれだけで解毒作用があると思っているらしかった。
かけ流しではあるらしいし、沸いているものをそのまま流して溢れさせている、なので湯は常に新しく綺麗という認識なのだそうだ。循環をさせている訳ではないのは安心したが、それでも入ろうとは思えなかった。
カダルに理由を話すべきか悩み、一応話した。
説明が難しかったが一応の理解は得られて、カダルは三人が戻ってきたら部屋でも風呂に入らせると言った。
文化の違いを学んだ瞬間だった。
やはり風呂は清潔が一番だとツカサは痛感した。
ちなみに、エレナに話したら大笑いされた。事前に情報を得る努力をすれば良いのにと言われ、その通りだと思った。笑わせてくれたから、とエレナが石鹸をくれたのが少し悔しい。ハーブの良い匂いがした。
ジェキアの冒険者ギルドにもダンジョンの情報を求めて行った。
ジェキアのダンジョンはまだ最下層が踏破されていない。一階層から出て来る魔獣がかなり強く、階層としても二十二階層までしかわかっていないのだという。
中ボス部屋のような物が各層にいくつも存在しており、フロアも広い。どうしても攻略に時間が掛かるタイプのダンジョンらしい。
ボードにはダンジョン内に生える植物の採取や魔獣狩りなど、幅広い依頼書が貼られていた。ギルドからのお知らせのところに【ボス部屋突入人数について】という張り紙を見つけて少しほっとした。
ジュマのダンジョンのようにランタンが必須で、一階層から罠があるという。地図に記載があると言われたので次は罠の回避を学ぶことになるだろう。
ダンジョンに行くにあたり、エレナからは照明魔法であるトーチを習った。基本的に魔法を覚える方法は、魔導書を読むとか、人から教わる方法が基本なのだとエレナに聞いた。知識と原理をわかってさえいれば、習わずとも出来ると言われ、ツカサが出来ていたのは原理はともかく知識とイメージがあったからだとわかった。
ジェキアには魔導書の専門店もあると聞いたのでその内覗きに行く予定だ。
トーチ自体は熟練度が上がると出しっ放しにしたり敵に投げつけて目くらましに出来るというので、寝る前に練習をすることにした。
「本格的に魔法へ移行するのはありかもしれないな」
「魔法は魔法で、短剣は短剣だよ」
「背伸びをするのもどうかと思うがな」
やれやれと肩を竦めるラングだが、魔法に頼りすぎることの不安がどうしても拭えない。ラング自身、ラングが使えない手段だからこそ有用ではあるが万能ではないと考えているらしかった。口ではなんと言ってもツカサから短剣を取り上げることはしない。
ゲームでも
何より怖いのはダンジョンではなく人なのだ。マジックアイテムとして魔法封じがあるのがここの現実だ。
逆に言えば、そう言う意味ではラングは強い。
魔力がミリもなく、己の肉体一つで戦う姿はこの世界では異質に映るらしい。エルドが大盾と魔法を組み合わせるように、自然と魔法に頼っている部分があるという訳だ。
己の技術のみで生きているラングのスタイルは、真似のできない憧れのスタイルなのだとマーシが言っていた。培ってきた時間と技術の質が違う、と剣士であるマーシが言うのだからそうなのだろう。
もうしばらく生活が落ち着けばダンジョンに行くことになるだろう。
冬宿の生活が初めてで、ラングもツカサも【ここ】で初めての冬だ。
ラング自体は様々な環境下で生きて来たのである程度臨機応変に対応できるが、ツカサの様子を観察しているようでダンジョンへ行く許可は下りなかった。一週間も経つ頃には【真夜中の梟】は一度ダンジョンへ行っていた。ツカサはその背中を羨ましそうに見送った。
ダンジョンの入り口は街の中にあり、入り口は冒険者ギルドの中にある。
その周辺はギルドと自警団で固めてあり
ダンジョンを中心に発展を遂げている都市らしい構造だった。
依頼書を見つつ、バネッサからもらった手帳を見ながらラングと魔獣の知識を擦り合わせていく。
1階層からオークが出たり、アサシンホーネットという蜂のような魔獣がいたり、ジュマとはまた種類が違う。シャドウリザードは4階層の魔獣のようだ。傾向として蜂や蝶などの昆虫とリザード系が多いようで、肉類はオークとドードーが主のようだ。森林地帯のフロアでは川で魚の魔獣も出るらしく、そこで魚の切り身も手に入る。
何というか、ダンジョン自体が大きな生産工場のように思えなくはない。
ジュマでのこともあり、交易に力を入れる方針にしたいとギルドのボードに貼り出しもあったので、次の春からは大きく体制も変わるのだろう。
依頼書の内容を書き写し取りに行くものを把握し、その日は宿に戻った。
日々雪が積もっていき、屋根からの雪下ろしを宿に泊まる冒険者が担う。
大通りの雪かきも欠かせず、子供たちは積みあがった雪で何度も滑り、自然と滑り台が出来上がっていた。
冒険者ギルドへ顔を出し、街の散策を進めてツカサは当初の目的の一つを果たすことが出来た。
本屋を見つけたのはジェキアで過ごし始めて二週間後のことだった。
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