ある話し 其の一


 クソが。


 クソが、あのクソガキのせいだ。

 無駄な正義感とほんの僅かなこちらの儲けを理解できず、余計な真似をする。

 視線がずるいと責めて来ていたのも気に入らない。誰が行き場のないガキに居場所を作ってやったと思っているんだ。

 恩を仇で返しやがって。


 叫ぼうとしたが声が出ず、潰れた喉がぜひゅぜひゅと鳴った。会話をするにも声が出ない為、識字率の低さもあって近いところの村では話にもならない。

 通りすがりの隊商キャラバンを捕まえて筆談をすれば、何人かは疑いの眼差しで見て来たのでそそくさと離れざるを得なかった。

 冒険者上がりの主人の隊商を見つけた時はこれだと思った。

 不意を突いて殺し、ギルドカードを奪う。そのままだと使えないカードだが、昔取った杵柄、違法に内容を書き換える方法は知っている。

 

 順調だったというのに、なぜこんなことになったのだろうか。

 すべてはあのおかしなガキを拾ってから狂いだしている。

 マブラのギルドマスターが神経質なカウンター上がりの男になったことも良くはなかった。長い時間をかけて地位を築き上げるための下地を作って来たが、それも最初からになってしまった。

 挙句、あの男だ。

 銀級がいくつかのパーティで狩りをするジャイアントベアーをソロで討伐を果たした腕の持ち主、加えて冒険者のルールに鋭く、決して違反を侵さないように細心の注意を払って行動をしていた。

 こちらのしびれが切れる頃を狙って物を提供したりと憎らしいことばかりだった。


 初手が違えば、上手く追い出せただろう。

 

 強く奥歯を噛んだ。忌々しい。


 裏金はたんまりとジェキア本部に送っていた。あと一年も続ければ本部で席があった。

 だが、監査が来たことからコネを使っていた人物も要職を解かれた可能性が高い。

 慌てて有り金を持ってサイダルを夜逃げした。生きることより重要なこともなく、ある程度の所持金があればどうにかなる。いっそのこと隣の大陸オルト・リヴィアまで逃げてしまえば流石に追われないだろう。

 戦う腕なら一応はある。しばらく事務仕事になってはいたが、長年培った体力や技術は失っていない。

 一先ず、殺して奪ったギルドカードに細工をすることにした。

 持ちだしてきた水盆に水を入れ、効力を発揮させる。痛みを伴うが仕方ない、掌をナイフで斬り付け、水の色が真っ赤に染まるまで血を注ぐ。

 ギルドカードの全面にも血を塗りたくり、スキル欄は上からナイフで傷をつけて書きなおした。名前はそのまま借りることにする。

 こうして何倍もの血液を使うことで元の情報が薄まり、書き換えが可能なのだ。

 特殊な水盆が必要な上に、水盆は常にギルドが管理しているので出来る者はギルドマスターくらいだ。水盆にギルドカードを放れば、中身の水が黒く染まり、黒い物が全てギルドカードに飲み込まれた。最後にぷかりとギルドカードが浮かんだ。

 ギルドカードの名前は自分の名前ではない、けれど、スキル欄やランクは自分のものに変わっている。関連付けは調整された。

 水を捨てた水盆を崖から川へ捨てた。どこかで流れ着くにしても、何をやったか、誰と入れ替わったかを調べられる前にこの大陸スヴェトロニアは出られるだろう。

 遺体の処理は徹底的にした。身ぐるみを剥いで土を深く掘り、埋めた。森の中で人通りのないところを選んだので、よほどの不運がなければ早々に見つからないだろう。

 身元がわかるものも全て燃やした。


 男から奪った荷馬車には丁度良く回復薬が入っていた。これは商品ではなく自身のために積んでいたのだろう。冒険者上がりならその危機管理も大事だ。

 それを使う間もなく命を、名前を奪われていれば情けない。男は鼻で笑った。


「あ、あぁ、あぁぁ」


 赤いポーションを飲んで投げ捨てる。声帯を震わせて奪われた声を取り戻す。


「あぁぁぁ!クソが!」


 盛大な悪態を吐いて唾を吐く。行商人用のカードは冒険者ギルドの水盆では書き換えが出来ない。荷物の中で使えるものを全て荷馬車にあったアイテムバックへ移した。馬以外の不要な物は水盆と同じように崖から捨てた。

 馬に乗り小さな村を転々と移動し、顔が知られていない辺りを狙っていく。


 もうすぐ冬が来る。そう思ったところで冬の女神の息吹が降りた。

 このまま旅を続ければいずれどこかで凍死してしまう。男は考えた。


 ジェキアを離れてかなりの年数も経っている。いろいろあって風貌に変化があっただろうことも、自身でわかる。

 幸いにしてあの商人の男はそれなりの資産を持ち歩いていた。二、三ヵ月を温かい宿で過ごしても、懐は厳しくはならない。


 意を決して、男は街に足を向けた。ここで、冬でも動く足を手に入れられれば良い。商人は動くものだ、可能性はある。


「止まれ、身分証は」

「これだ」

「ふむ、冒険者か。冬宿探しか?」

「そうだ、ここまで来るのにもかなり積もって来たからな。もうそろそろ引退のために、故郷へな」

「あぁ、なるほどな。よかったら温泉でゆっくりして行ってくれ。カードに問題もないな」


 水晶に当てて問題なく通る。入場の記録が付けられた。


「良い冬を、ナルヴァンさん」

「ありがとう」


 ギルドカードを受け取り都市に足を踏み入れる。


 後ろから呼び止められることもなく、男、【ナルヴァン】は人ごみに紛れた。




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