第39話 石鹸を求めて
ツカサはギルドを出てしばらく道をぶらぶらと歩いた。
ミラリスの件は今後どうなっていくか、ツカサは見届けることは出来ないだろう。手紙が可能ならジルに進捗の連絡を依頼すればいいが、それが出来るのかどうかを確認し損ねた。
今日あの後戻るのは気まずく心が重いため、再度行こうとは思えなかった。
一人で街を歩くのも慣れて来た。
ダンジョンに潜る前、ロナと共に大量の買い出しをしたこともあって顔が知られている。今回の解明にも一役買っていることをギルドが発表しているので、感謝を伝えられることもあり面映い。よくよく振り返ればほぼラングがやったことでツカサ自身何をしたかと問われると少し悩ましい。一頭倒しているんだぞ、と言ってくれた言葉が顔を上げさせた。
ダンジョン期間を除き、ジュマでの滞在が一ヶ月にも及ぶと好物も出来るし顔で注文する前にものが出てくることもある。
故郷では人付き合いも希薄だったし商店街もなかったので、これは少し嬉しい対応だ。
気分転換を決め込み、少しお高い雑貨屋へ行くことにした。泡立ちの良い石鹸を買うためだ。
ツカサが分配を受けた分だけでかなりの金額になるし、良い石鹸を使いたいのはツカサだ。ギルドから西、そこから少しそれた場所が高級店の集まりだ。店構えからして商品の高さが想像が出来る。
香ったバラの匂いに釣られて中に入れば、ぴしりとした制服の男性と品の良い生地を身に纏った女性が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
丁寧な会釈を受けるがその動作が上から下まで観察するための物であるとわかる。
上着こそないが上等なダンジョン産の服、腰に下げた短剣から冒険者と判断したのだろう。ごてごてしい装備ではないので低ランクと思われたらしく鼻で笑う音が聞こえた。
接客業として非常にレベルの高いものを受けて来た身としては、この扱いは不愉快だ。
「泡立ちが良くていい匂いの石鹸が欲しくて来たんですけど」
「左様でございますか、しかしお客様は冒険者とお見受けします。ご予算などはおありですか?」
これが真摯に対応されたものなら無理にご提案はしませんよ、という意思表示なのだろう。
顎髭を撫でて上からじろじろ見ながら言われれば「お前にふさわしいものなどない」と言われているも同然だ。だから少しラノベっぽいことをしたくなった。
「そうですね、あまり持ってきてないんですが」
「おや、それはそれは、えぇ、身の丈に合ったものをご提案するのも私どもの仕事ですからご安心を」
「そうですか。だったら、希望の石鹸を売っている他の店を教えてください」
なければ仕方ない、ここで買う。他にもあるならそちらに花を持たせてしまおう。
店員の男はにやにやとした笑みを隠さずにツカサを見ると、鼻を鳴らしてから尊大に言った。
「ふふ、そうですね、当店では少し手が届かないやもしれません。そういうことでしたらこの通りを真っ直ぐに行けば、多少落ちぶれておりますが石鹸屋がございますよ」
高級な当店ではなくそちらがお似合いですよと言いたいわけか。
ツカサは盛大にため息を吐いたあと、わざとらしく落ち込んで見せた。
「それはどうも。白金貨十枚程度では買えないようですし、大人しくそちらに行きます」
ん?と男性が目を見開いた。ツカサは鞄から出すふりをして空間収納から白金貨を十枚取り出して見せた。
「残念です」
とても良い笑顔で言い放ち、ツカサは店を後にした。
お客様!と叫ぶ声が聞こえたが無視をしてそのまま道を行く。食器や魔獣素材を使った家具、ダンジョン産のものを売っているお店など、冒険者向けではなく富裕層、商人向けの店が立ち並んでいる。
このエリアをゆっくり歩くのは初めてだ。
商人が隊商の荷車で通っていたり、今まさしく商談を始めるのだと言わんばかりに握手をしていたり。
商いというものが見える。
興味深げに見ながら歩いていたらあっという間に言われていた石鹸屋に辿り着いた。高級店が軒を連ねるこの通りの一番端で、一見して古めかしく見える。けれどそれが長年の歴史を感じさせるものだと思えば汚くはない。手入れも行き届いている。
ドアを開ければカランとベルが鳴って来客を報せる。
「あら、いらっしゃいませ」
カウンターで座っていた女性がゆっくりと立ち上がり接客に出て来てくれた。すぅ、と息を吸えば優しい香りがした。両脇の棚に並べられた箱には油紙に包まれた石鹸がいくつも並び、価格もきちんと明記されていて、さらに良心的な値段だ。先ほどの店はこれにゼロが一つ二つ多かった。
「泡立ちが良くていい香りの石鹸が欲しいんですが」
「あら、嬉しいわ。冒険者の方にも石鹸が根付いて来たのかしら」
ぱ、と笑った顔に細かい皺が浮かぶ。失礼にも若くないと思ってしまったが、その穏やかさは年上だから持つものだと感じられた。
「風呂が好きで」
「良いことですわ、衛生は大事ですもの。衛生は…ご存知?」
「わかります」
ツカサが頷けば女性はほっと微笑んだ。
「よかったわ。故郷からこちらに来た時には驚いたものよ」
この辺の石鹸が泡立ちがいいわ、と女性はいくつかの石鹸を持ってきてくれた。並べられたものよりも大きさが小さいことから、いわゆるテスターだろう。手桶を持ってきて水を注いでくれた。
礼を言いながら試せば今まで使っていたものよりも柔らかく泡が立ちやすい。手を洗って水で流し、すんと嗅げば日本で市販されている石鹸の匂いと遜色がない。指で肌を撫でればつるつるしている気もする。理想通りだ。恥ずかしいのは手桶に脂が浮いてしまったことだ。今までの石鹸では洗えているようで汚れが残っていたのかもしれない。
これだけの品質を持っていて、故郷からここにきて驚いた、ということは。
「故郷はどちらなんですか?」
顔立ちは日本人ではないが、アーサーのように外国人の可能性はある。
「スカイよ、わかるかしら。
悪魔の国らしいわ、と言ったティアの言葉が思い出された。
「地図では知ってます、結構遠いですよね」
「えぇ、とっても遠かったわ。元は冒険者だったの」
様々な石鹸を出しながら女性が応え、ツカサは興味がそそられた。
「スカイのお話し伺えませんか」
「悪魔の国に興味がおありなの?珍しいわね」
少しばかり驚いた顔で言い、それでも興味を持ってくれたことが嬉しいらしい。穏やかな笑みに喜色が混じる。
「買い物を済ませてから、あなたに時間があればお茶でもいかが?」
「ぜひ。ありったけ買わせてください」
「あら、あら、それは嬉しいわ」
お世辞と思ったのかくすくす笑われるが金貨を見せれば目を丸くして、他のお得意様に迷惑にならない程度、と釘を刺し直されて買い物を済ませた。
金を持つ人に全てを出すのではなく、常連客が買いに来るペースを判断してきちんと確保する辺り、商人としても人としても出来た人だとツカサは思った。
この店の石鹸は、店主であるこの女性、エレナの手作りの為あの店より良心価格なのだという。ローズオイルが混ぜられていたり高級志向ならあちらが良いだろう。ツカサは香水の匂いに慣れない為、エレナのお手製の方が好みだ。ラングもそう言う気がした。
山ほどの石鹸を購入しあとは風呂桶だけ買えればいいと思ったが、エレナに尋ねたところ風呂は基本的に特注になるため市販はないらしい。思えばそうだ、魔石を利用するタイプの風呂がメインなこの世界で、魔石無しで作れと依頼したところで時間が掛かるのだろう。
その代わり良い方法を教えてあげると店の裏庭に連れて行かれエレナが見せてくれたものは、ツカサにはありがたいものだった。
土魔法で風呂を創り上げたのだ。
「冒険者なら移動するでしょう?お風呂が出来上がるまで半年も待てないんじゃないかしら。土魔法が使えればこの方法が良いと思うわ。お水は運ばないといけないし、薪で石を焼いて入れないと温まらないけれど。使い終わったら崩せばいいしアイテムボックスやアイテムバックを圧迫しないと思うの」
説明するエレナの前で水を入れ、手を入れて湯を沸かして見せれば大丈夫そうね、と笑われた。
買い物を済ませたのでお茶をすることになり、エレナが二階の自宅へ招いてくれた。
周期的に常連も来ないだろうと見込んでドアにはクローズの看板をかける。二階の居住スペースへ向かう途中、一階の一角にハーブが吊るされていたり錬金術のような道具が並んでいる作業場がちらりと見えた。
本当にお手製なのだと思うと購入した石鹸にプレミアを感じた。
二階に上がればそこはとても質素で柔らかい空間だった。
かつて冒険者であった名残か杖と剣盾が壁に飾られ、客人を通す居間は手縫いのテーブルかけやクッションで優しい出迎えを感じる。
「座って待っててくださる?」
テーブルに促されて椅子に腰かけ、そわそわと待つ。
ゆっくりとした動作でたっぷりのお茶を用意してテーブルに戻ったエレナは、一杯目のお茶を淹れてツカサに優しく微笑んだ。
「さぁ、何からお話ししましょうかしら」
その表情に少しどきりとしてしまい、ツカサは、もしかして自分が熟女趣味なのではないかと不安になった。
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