第38話 スキルの行使と覚悟
「ううん、なるほどねぇ」
誰かに話しを聞いてもらって、相談をしたかったのかもしれない。
ロナに問い詰められツカサはラングの会話を包み隠さず話した。
別世界の住人であることを話してからロナへ隠し事はほぼないものと同じだ。
セルクスとの個人面談にロナは震えあがっていたが、ツカサのスキルの詳細やラングの生き方の話しをし、そうすることで不思議と落ち着いてきていた。
たんまり食べたはずだったが目の前の肉になんだか食べられそうな気がして、途中ツカサも酢漬けマニーニやシチューを追加した。屋台で食べたシチューよりも、やはりこちらの方が美味しい。
「僕はね、無責任に言うけどありだと思うよ」
ロナがパンを千切りながら言う。
マニーニをスプーンで掬って食べながらツカサは首を傾げる。
「ロナはどうしてそう思うの?」
「単純にこのままだと死ぬんでしょう、あの人」
「そうらしいけど」
「だったら変えてあげればいいのに、と思うんだよ、僕はね」
パンをシチューにつけてぱくぱくと食べ、ロナは続けた。
「ツカサはあの人が死んでも良いから手を出さないの?」
「そうじゃなくて、だって今まであの人が生きて来たものが、どうなるのか」
「やってみなきゃわからないじゃない。記憶まで変えるつもりなの?」
「人に対してスキルを使ったことがないんだよ」
「だけど、結論このままじゃ死ぬんでしょう」
う、と言葉に詰まる。
ロナはスプーンでシチューを混ぜながらふむと考え込んだ。
「ツカサみたいなスキルを僕は持っていないし、持っている人も知らないよ。でも、もし僕がそのスキルを持っていたとしたら迷わず使っていると思う」
シチューのにんじんをころころと転がしながらロナは視線を落としたまま続けた。
「僕が冒険者になったのは、両親への憧れが一番だけど、目的のために一番近い手段だからでもあるんだよ」
遊んでいたにんじんをぱくりと食べて、視線がツカサを向く。それを受けてツカサはスプーンを置いた。
「話したよね。両親が亡くなって、財産を持って逃げた人のこと」
「うん、それでロナは、知り合いの冒険者に見つけられて孤児院に入ったんだよな」
「そう。僕はね、その人を見つけて報復をするためにも冒険者をしているんだよ」
ランタンの火が揺れた。開いている窓から冬を運んで来る風が入って来たような気がした。
「聞いてもいいの?」
「もちろん。この話はエルドさんたちも全員知っているんだ」
ロナが懐から一通の封筒を取り出してツカサに渡した。
その封筒を開くと中には手紙が入っていて、頷かれたのでツカサはそれを開いてみた。
【許可証】と書かれたその紙は少しだけ回りくどい書き方でこう書かれていた。
「ドリーナ・ファダミスを私刑することを許可する?」
「冒険者ギルドが許可した、人殺しの許可証だよ」
びくりと手が震えた。慌てて手紙を折りたたみ封筒にしまい、ロナへ返す。
「その人が僕の両親を裏切って、僕を見捨てて逃げた人だよ。本当に綺麗に家中の金目の物を持って逃げたからね。僕は、ギルドの口座以外、両親の大事にしていたものを何も残されなかった」
ジュマバードの唐揚げをフォークで口に運び、咀嚼をしてからロナは続ける。
「冒険者は一番情報を集めやすい仕事でもあるんだ。僕がされたみたいなことは冒険者を侮辱する行為でもあるから、全面的に協力も得られる。ツカサ、復讐や報復はこうしたことからも生まれるんだよ。いつだって被害に遭うのは何もしていない方」
「俺は、何も言えない」
「うん、それでいいよ。ただね、こういう恨みつらみを少しでも、その可能性を減らせるなら、僕だったらそのスキルを使ってる。すごく迷惑な人だし、同じように被害に遭う人を減らしたいしね」
僕は死にかけたから、と苦笑を浮かべるロナにツカサは何とも言えない顔をした。
いろいろと聞いて少しだけ考えた。
「ロナだったらスキルを使う、かぁ」
【変換】のスキルがどこまで作用するのかがわからない。記憶や人格に影響があるのは事実だろう。
それを全て自分の責任で使うとなると恐怖が浮かぶ。
行動に責任と覚悟を持てと常々言われているので、人の人生に関わることなんて重すぎる。
「あくまで僕の話しだから、スキルとか無かったっていうツカサの故郷とか考え方で、受け取り方は違うと思うし」
決して押し付けてくることはしない。その在り方がロナも大人だと思った。
ラングも【変換】に関して「使え」とは一言も言わず、認識できている事実だけを伝え最終的に推奨するに留め、ツカサの判断に任せるようにしてくれていた。
優柔不断な自身を情けないと思いつつ、ツカサは酢漬けマニーニを口に運ぶ。酸味にじゅわ、っと唾液が溢れる。
「ありがとう、もう少し考えてみる」
「うん」
二度目の夕食を済ませロナと共に宿に戻る。
ラングは魔石で湯を沸かし風呂に入ったようだ。何事もなかったかのようにお帰りと声をかけられ、ただいまと返す。
髪を乾かすかと尋ねれば、頼む、とこちらを向いて待ってくれる。
「明日、ミラリスのところに行って、もう一度話して決めるよ」
「そうか」
一緒に行くとも言わない。ツカサがそうしたいのならすればいいとラングは肯定をしてくれているのだ。
ツカサも一人で会って考えたかったので一緒に来てほしいとは言わなかった。
乾かし終わって手を抜き、風呂に行く。水を足し、お湯を熱めに沸かして入れば冷えた手足がじんじんと痺れた。
とりあえずあって有用に活用しているスキルときっと向き合うべきなのだろう。人に実際に使って検証するのは怖いが、それを経ればどう使えばいいかをわかるような気がした。
ツカサはただ、犠牲にはしたくないと思った。
―― 翌朝、鍛錬と朝食を済ませたツカサは一人でギルドに向かった。
ジュマのギルドへ一人で向かうのは初めてだ。何だかんだ言って手続きやら報酬やら、ラングがいたし【真夜中の梟】もいた。ぞんざいに扱われることはないだろうが絡まれたらどうしようという不安はある。
実際にギルドへ入って見ればじろじろ見られるものの声を掛けて来る者はいない。カウンターへの列に並べばガタイの良い冒険者に紛れて見えなくなってしまう。現代っ子で身長はある程度高い方だが、こちらの世界の方が発育が良いらしい。
「やぁ、ツカサ。今日はどうしました?」
順番が回って来てジルの前に立てば穏やかに微笑みかけてくれる。
「ミラリスの件で相談があってきました」
「なるほど、では場所を変えましょうか」
「お願いします」
隣へどうぞの看板を立ててツカサを奥へ促し、ジルは先導を切って歩いて行く。
通路を進んで奥まった場所にあるドアを開ければ階下への階段。その先から冷たい風を感じるので恐らく地下は石造りだ。
階段を降りながらジルに相談内容を問われミラリスと対話したいと伝えると、降りるのを止めて難色を示された。
「一人で来たんですよね?会うのはオススメできません」
「会話は出来ない感じですか?」
「いえ、それは可能です」
「だったらお願いします」
ジルは肩を竦めてから再び足を進め、降りきると傍らのランタンを手に取って灯りを持った。
見張りは居ない。少しだけ外より冷たい空気に足元が涼しい。ジルがランタンを掲げると鉄格子が見える。
地下牢だ。
「ギルドにこんなのあるんだ」
「腕っぷしに自信のある冒険者がここには揃ってますからね」
なるほど、脱走を企てたり暴れたりしたら上から冒険者を連れてくれば良い訳だ。
地下牢の一つから灯りが漏れていてそちらに近づくほどに暖かくなってくる。決して罰則の為に入れているのではなく対処が決まらないのでそこに居させているからだろう。環境はある程度良さそうだ。
「起きていますか、ミラリスさん」
「あぁ、貴殿はジル殿だな!おはよう!」
快活な声が響き、ジルは既に疲れた顔をしている。
「面会希望があったので連れてきました」
「ほう!どなただろうか。早い所ここから出してもらわねば、ラング殿と会談が出来ないので困っている」
ミラリスが希望したところでラングは応えないだろう。
ツカサも少し眉間を揉んだ。深呼吸してジルの後ろから姿を見せる。
「どうも」
「おお!君はラング殿の弟君!いやはやすごいものを持っていたものだ、非常に驚いた!」
「あんた、あれが人を殺しかけたってことを理解してる?」
「神官殿は痛ましい事故だったな、君の短剣があんなことにならなければよかったんだが」
ミラリスは心から憐憫を含んだ目でツカサを見て来た。それはあの事故が全てツカサのせいであって自らの非ではないと信じている証拠だ。
何度説き伏せてもこれは無理だろうと思い、イライラする気持ちと殴りつけたい拳を強く握って目を瞑った。
ミラリスはツカサの様子にも頓着せずに一方的に会話を続けた。
「ラング殿に弟がいたとなれば、フィオガルデもセルブレイも大騒ぎだろうな!ラング殿と君と同じパーティに居られることもなんたる幸運か」
ジルが困惑の苦笑を浮かべツカサを見遣る。
「このとおり、会話がなかなか噛み合わなくてですね」
「覚悟はしてました」
けれど、こっちの覚悟は今ここで出来た。
「ミラリス、少しこっちに来れる?」
「なんだろうか?」
鉄格子の向こう、椅子に悠々腰かけて饒舌で語り続けていたミラリスを呼ぶ。
手を伸ばせばミラリスに触れることが出来る距離まで来た。
「セルクスはラングに言った、与えてはどうか、って。これは奪うんじゃない」
自身に言い聞かせるように呟く。
「少しだけでいいから、動かないで」
「わかった」
こういう時だけは聞き分けが良い。ツカサはミラリスの頭に手を乗せた。
――変換を発動します。人に対してスキルを発動します。別の変換が必要な場合は再度使用してください。
人の言葉を聞ける、理解できる、自身の行動の善悪が判る、柔軟な思考。
この世界に適応できるのに、必要なこと。
ツカサは必要だと思うことを思い浮かべていく。手が触れた場所からぞわりとした感触がある。
温かいお湯と冷水が混ざるときに見えるうねりのようなものが手を包んで這いまわっているような気がした。それが【変換】の影響であることは言うまでもない。
この人が周りの人に被害を及ぼさないように。
磁石のような引力が腕からなくなり、ツカサは手を退けて鉄格子から離れた。
「ミラリスさん?」
動かないミラリスにジルが声をかけた。
ミラリスはしばらく固まっていたが、やがて小刻みに震えだし、それから大きくガクガクと体を揺らすと膝を突いた。
「ミラリスさん!?」
「申し訳、申し訳なかった、私は、なんということを」
それはミラリスが初めて見せた後悔と自責の念だった。
「ごめんなさい、私は、なんて自分勝手な」
「反省して、同じことを繰り返さないようにしてくれれば、良い」
はい、はい、とミラリスは泣き声で返事をし、ロナとツカサに何度も詫びた。
ツカサはここまでミラリスが変貌するとは思わず【変換】に恐怖を抱いた。これは多用してはならないと思う。
綺麗ごとかもしれないが今回のようなことでもなければ、人への【変換】はもう使わないだろう。
何度目かの深呼吸を行ない、ジルを振り返る。
「もう大丈夫だと思います。あの、このことは」
「安心してください。ラングさんからあなたのすることを黙認するように、と、言われておりますから」
既に手が回って居たことに脱力感を得る。
「ミラリスさんがこの様子でしたら、あとは私どもで対応しますから」
「お願いします」
深々と頭を下げて来た道を戻る。
すっきりしない気持ちを抱えたまま、ツカサはギルドを後にした。
ほんのりと曇っている空を見上げて息を吐く。
せめてこれが快晴であれば、このもやもやも薄らいだだろう。
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