【一話読み切り】第二王子の涙のワケ〜公爵子息の悪夢は現 外伝〜

宇水涼麻

短編 読み切り 外伝

 いつも、なんでも、兄上が先だ。僕はそれが当たり前だということはわかっている。


 馬がほしいと言ったのは僕だったけど、練習を始めたのは兄上が先だった。


 友達がほしいと思ったけど、兄上と同じ年の子ばかりだった。


 ダンスが上手く踊れるようになりたいと思ったけど、先生がつけられたのは兄上だった。


 剣が強くなりたいって言ったけど、すごい強い人は兄上の先生になった。


 いいんだよ。


 兄上の方が僕よりずっと上手にできるし、兄上がすごくゆうしゅうだって言われているのは知っているから。


 僕は兄上より後だってぜぇんぶ平気だった。


 でもね。


 でもたった1つだけ、なんで兄上が先なんだって泣いたことがあるんだ。これは僕だけの秘密なの。


〰️ 


 僕は八歳、兄上は十一歳だった。いつも兄上のお友達が来て一緒に勉強したり馬に乗ったり剣の練習したりしているのは知っていた。

 だけどある日、兄上がすごぉくかっこいいジュストコールを着てキラキラしているのを見た。

 僕は兄上の元へ走っていった。


「兄上! 兄上! すごくかっこいいですね! 今日はお出かけですか?」


 僕は兄上が大好きだったからワクワクして聞いてみた。


「コンラッド。廊下を走ってはいけないよ。アハハ、僕はかっこいいかい? ありがとうな。今日はご令嬢たちが集まるそうだ。僕はそこで挨拶をせなばらないのだ」


 兄上は少し困った顔をしていた。


「それは嫌なことなの?」


「いや。挨拶だけならいいんだけどな。コンラッドも十歳になったらわかるよ。では行ってくる」


 兄上はそう言って王妃宮のバラ園へ向かわれた。




「今日はブランドン様のお妃候補を決める日なのですよ」


 家庭教師がそう教えてくれた。兄上の婚約者候補を五人決めるそうだ。


「お妃って何? 王妃様とは違うの?」


 王妃様は兄上のお母様で父上の第一番目の奥様だ。僕のお母様は第二番目の奥様なんだって。


「王妃様は国王陛下のお妃様ですね」


「え? じゃあ、兄上は五人も奥様にするの?」


 僕はびっくりして思わず椅子から立ち上がった。


「いえいえ。その五人のご令嬢からお一人選ばれます」


 家庭教師は僕の椅子を引き僕に座れと言ったので、僕はすぐに座った。 


「そうですねぇ。ご令嬢方のその後のご縁もありますでしょうから、ブランドン王子殿下が十五歳になられる頃にはお決まりになっていると思いますよ」


 難しくてよくわからなかったけど、とにかく今日、兄上は奥様になるかも知れないご令嬢と会っているそうだ。


〰️ 


 家庭教師との勉強が終わり僕は王宮のお部屋に戻ろうとした。中庭にスカートがチラリと見えた気がしたから、僕はその場所を垣根の隙間から覗いてみた。


 するとそこには天使がいたんだ。


 僕はその場に立ち尽くした。その子の後ろの池から反射したキラキラがさらにその子をキラキラさせていた。その子はおめめを大きく開いて右や左を向いていた。僕にかわいいお顔を見せてくれているようだった。


「お嬢様。こちらにいらしたのですね」


 メイドがその子に声をかけた。するとその子はにっこりと笑った。僕はその場に腰を抜かした。


「ごめんなさいね。迷子になってしまったの。バラ園はどちらだったかしら?」


 声まで可愛らしいその子がメイドとあちらに行ってしまった後も、僕はしばらくその場に座ったままだった。


 僕は執事に見つけられ抱えるように部屋に運ばれた。メイドたちはパタパタとタオルで僕を扇いだり僕に無理やり水を飲ませたりした。


 僕は無理やりベッドに寝かされた後一人でジッと考えて言葉を漏らした。


「あの子は誰だろう?」


 キレイなドレスを着ていた。

 キョロキョロしていて王宮を知らないみたいだった。

 バラ園を探していたみたいだった。

 今日はバラ園で、兄上の奥様になるかもしれない子たちが集まると家庭教師が言っていた。


 僕はガバッと起き上がった。

 あの子は兄上の奥様になるために来たんだ。僕の目から涙が溢れた。僕はこの日だけは何で兄上が先なんだよぉと一人で泣いた。


〰️ 


 それから週に何回か女の子たち数人が王宮に来た。図書室でお勉強の時もあれば、中庭でお茶をしているときもあった。どこかの部屋でお勉強している日もあるそうだ。


 僕はコッソリそれを覗きに行く。そこには、僕の初恋の天使がいるんだもん。


 兄上の奥様にはなってほしくない。だけど、こうして王宮には来てほしい。


 僕は彼女を見に行かずにはいられなかった。


 僕も十歳なるとお妃候補という言葉も王妃教育という言葉も理解していた。そして、兄上のお妃候補となっている彼女が僕のお妃候補にはならないことも理解していた。

 だから、王妃様にお声をかけられたとき僕はハッキリと断った。


「コンラッドももう十歳です。そろそろ婚約者を決めねばなりませんね」


 王妃様は僕とは血はつながらなくともとても大切にしていただいていることも理解していた。それでも僕は断った。


「王妃様。僕は兄上の後でいいです。兄上がお妃候補のご令嬢からお一人お選びになってから僕も婚約者を探します」


 僕は彼女が兄上の奥様として選ばれないかもしれないことに縋っていたかった。


〰️ 〰️


 十二歳の頃、母上がなぜか僕を抱きしめながら泣いた日があった。


「コンラッド。貴方は第二王子です。いいですか。ブランドン王子殿下より偉くなることは許されません」


「お母様。どうしたの? そんなことわかっているよ。兄上が一番だよ」


「そうです。それを忘れてはいけませんよ。貴方が偉くなろうとすることはこの国を割ることになるのです。わたくしはそんなことを望んで貴方を産んだわけではありません」


 その時のお母様のお気持ちはよくわからなかった。

 でも、お母様にそれを言われてから、僕のお母様の方のお祖父様や叔父様がよく僕に会いにくるようになった。そして僕の勉強の様子を聞いて喜んで帰っていった。

 僕は兄上ほどではないが勉強も剣も乗馬もダンスも苦手ではなかった。

 お祖父様や叔父様はそれが嬉しいようだった。


〰️ 



 十三歳の時、お母様がとうとうお倒れになった。そして僕は父上に呼ばれた。父上の執務室には父上と王妃様と父上の弟であるギャレット殿がいた。

 僕は一人でソファーに座る。向かい側には、父上と王妃様が並んで座っていらした。その後ろにはギャレット殿が立っていた。


「コンラッド。今日は家族として話をしよう。ワシが国王であることは忘れるのだ。いいな?」


「はい! へい……父上」


 僕は普段は『陛下』と呼ぶようにと家庭教師に教わっていた。


「コンラッド。よくお勉強しているようですね。そのいい間違えはお勉強しているからこそです。気にしなくていいのですよ」


 王妃様はいつもの優しい笑顔だった。


「コンラッド。今日はお前の将来の夢を聞きたいのだ」


「それより、父上! 母上はどうなされたのですか?」


 僕はお母様でなく母上と呼ぶようにと家庭教師に教わっていた。


「お前の母上はな………」


「コンラッド。貴方のお母様は今、お心を大変痛めておいでなのです。わたくしももっと心を砕いて参りますね。心配かけてごめんなさいね」


 父上でなく王妃様がお答えしてくれたけどよくわからなかった。それでも王妃様がお母様を大切になさってくれると言ってくれてホッとした。


「それでな。お前の将来の夢の話だ。お前のお祖父様から何か聞いているか?」


「はい。僕のお勉強の様子をお聞きになり『王太子になれるくらい頑張れ』と言っていました。

父上。どうして、僕が王太子になれるくらい頑張らねばならないのですか?」


 僕はお勉強は嫌いではないが王太子はなりたいと思わない。


「お前は王太子になりたくないのか?」


「はい。兄上と争うのは嫌です。僕は兄上が大好きだし、兄上がすごいのも知っているし、兄上の方が僕より先なことも知っています」


「そうか、そうか。そんなにブランドンが好きか。兄弟が仲のよいことはいいことだ。私も弟が助けてくれるから王をしていられるのだ」


 僕はギャレット殿を見る。ギャレット殿は、父上の弟で今はギャレット公爵殿だ。ギャレット公爵殿も僕を見てにっこりとなさった。


「コンラッド。貴方は以前、ブランドンが婚約者を決めてから貴方も決めると言いましたね。ブランドンはチェリー・グローバー侯爵令嬢と婚約することになりました」


 僕はその言葉をよく理解しなかったが、ギャレット公爵殿に渡された紙を見て本当は飛び上がるほど嬉しくなったんだ。


「コンラッド王子殿下。今後、こちらのご令嬢方とのお茶会を開いていく予定です」


「そんなの必要ないです。僕は彼女に決めました」


 僕の指先にあった名前は……………。


〰️ 〰️ 〰️


 お母様は最近随分と元気になられた。王妃様ともよくお話されているようだ。


「コンラッド王子殿下。お相手のご令嬢が中庭でお待ちです」


 僕の執事が勉強部屋に呼びに来た。僕はドキドキしていたがそれは表に見せてはいけないと習っている。


「わかった。すぐ行くよ」


 僕が中庭に入ると美しいカーテシーをした女の子がテーブルの脇に立っていた。僕は本当は飛び上がって喜びたかった。


「マーシャ嬢。今日は来てくれてありがとう。顔を上げてほしい」


 顔を上げてくれたマーシャは笑顔だった。

 僕はやっと正面からマーシャをみつめる権利を得たのだ。この権利は手放さない。


「コンラッド王子殿下。本日はお招きいただきましてありがとうございます」


 鈴の鳴るような、小鳥が歌うような、そんな可愛らしい声に心が震える。

 僕はふわふわした気持ちを抑え昨日メイドと練習した通りにした。


 マーシャの足元に跪く。


 そして、マーシャの右手をとった。


「マーシャ嬢。僕との婚約を受けてくれて本当に嬉しいよ。僕とずっと一緒にいようね」


 マーシャは顔を真っ赤にして頷いてくれたんだ。僕はマーシャの右手にキスをした。


 マーシャ! マーシャ!

 ずっと君を見つめていたんだ。君だけは兄上に譲れないよ。


 十四歳の僕は大好きな婚約者を手に入れた。


〜 fin 〜

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