第8話 初配信後の出来事〜拗ねてる女の子には甘い物と決まっている〜

「もう、いい加減、機嫌治せよ。元はと言えばお前が悪いんだろ?」


 配信終了後、一向に機嫌を治さない雪に向かって俺はそう言うが、雪はふんっ、とそっぽを向いてしまう。完全に拗ねてるなこれ。


「先輩が悪いんですよ。いきなり配信中に抱きつくから。謝るまでもう二度と会話してあげません。」


 うわー、かなりめんどくさい方向に行った。


 だけどなぁ、俺も全く悪くないというわけじゃないが、ほとんど悪くないのにこいつに謝るのは違うだろう。はぁ、そこまでいうんだったらしょうがない。だったら———


「そうか、そうか。それならしょうがない。なら帰っていいぞ。俺は配信前に買ったケーキを食べとくから。あー、そういえばガトーショコラもあったから2個もたべれるなー。」


 俺は食べ物で釣ることにした。ケーキごときで釣れるのか?と、思うかもしれないが心配ない。ガトーショコラは雪の大好物だからである。その証拠に先程までそっぽを向いていた雪の顔がいつの間にか俺の目前に来ている。


「え?ガトーショコラあるんですか!?あるんですね?」

「あー、ちゃんとあるけどなー?でも、その前にお前も言わなきゃならないことがあるんじゃないか?」


 流石にタダであげるわけにはいかない。きちんと謝ってもらわなければ。


 雪が俺を睨んでくるが、んなこと知らん。


「うーーー!先輩の意地悪!ドS!悪魔!伊藤●!」

「うるせぇ!……って、ちょっと待て!伊藤●は言い過ぎだ!」

「何がですか!意地悪な先輩なんて包丁で刺されてしまえばいいんですよ!!」

「だから言い過ぎだって‼︎せめて、キリ●にしてくれ。ほら。俺の衣装真っ黒だから。」

「何がせめてですか!完全に褒め言葉になってるじゃないですか!先輩はイキリトで十分ですよ!」

「うるせぇ!!んなことより、取り敢えず謝れ!!」


 はぁはぁ、と息を切らす俺たち。


「はぁ、なんでお前はこうまでして、謝ろうとしないんだよ。」


 全く謝らない雪に痺れを切らした俺はそう聞く。ただ一言謝るだけで終わるのに……。ただ負けず嫌いが発動してるのか、はたまた別のものなのか。まぁ、どちらにしろ面倒なのに変わりはない。


 俺がそう考えていると、息を整えた雪がそっぽを向きながら恥ずかしそうに言う。


「だって、『ごめんなさい』の意味って、もうしません、って意味じゃないですか。それ言っちゃうともう先輩を揶揄えなくなっちゃうじゃないですか。」

「いや、まじめか!」


 思った百倍、真面目で可愛い理由だった。この世でごめんなさいの意味を考えて使う人なんてこいつくらいだろう。 


「はぁ、もう謝らなくていいわ。俺はケーキ用意してくる。」


 もう、なんか……いっかなぁ。


 雪の理由を聞き、どうでも良くなった俺はケーキを机の上に並べる。あとは、コーヒー……はこの時間にやめた方が良いか。なら紅茶かな。そういえば———


「今更ながらケーキ食って大丈夫なのか?もう夜だぞ。」


 只今の時刻は9時。ケーキを食べるには少し遅い時間だろう。


「うっ、ま、まぁ大丈夫ですよ。11時までは大丈夫と決まってます。」


 雪はそう言いながらフォークをとり、ガトーショコラを食べ始める。


 何で決まっているんだそれは。まぁ、本人が大丈夫と言うのなら俺から言うことは何もない。


 紅茶を2つ置いた俺は雪と同じくケーキを食べ始める。ちなみに俺のはミルクレープだ。


「先輩、先輩。一口くださいよ。それ。」


 雪はそう言いながら口を開ける。勘違いする人も居るかもしれないが、これは別に揶揄われているわけではない。ちょっと前までは揶揄われていたが、おれが恥ずかしがらないとわかってから、このことで揶揄われることはなくなった。


 じゃあなんでやってるかって?んなこと俺は知らん!


 そして、今カップルじゃね?って思ったそこのお前。黙れ!俺が一番気にしてるんだよ!



 そんなことを考えながら俺はミルクレープを一口サイズに切り分け、雪の口の中に入れる。


「ん、美味しいですね。あ、先輩私のも上げますよ。」


 そう言いながら差し出してくるガトーショコラを俺も食べる。ん、美味いな。この店のガトーショコラは初めて買ったが、これだったら俺も次回ガトーショコラを食べてみても良いかもな。


「どうですか?」

「ん、美味いよ」


 俺の返事を聞いた雪は、そうですか、と自然に微笑む。こういうところは可愛いんだけどな。


「あ、初配信かなり評判良いみたいですよ。」


 ケーキを食べ終えスマホを眺める雪。


「そうか,なら滑り出しとしては上々ってところか。良かったじゃん。」


 俺も今確認したが、SNSアカウントの方もかなりの数の人にフォローされている。最初に人気でないとか言ってた誰かさんが馬鹿みたいだ。……あ、俺か。


「なんで他人事なんですか。まったく。まぁ、確かにそうですね。あ!そうだ先輩。なんか目標とか決めておきましょう!」

「目標?なんでそんなもん決める必要があるだよ。」

「目標とかあった方が分かりやすいじゃないですか。例えば、登録者100万人とか」

「まあ、確かに、一理あるな。ただ100万人って多すぎじゃね?とりあえず50万人とかにしないか?」


 まだ駆け出しの個人勢の目標として100万人というのは少し多すぎだろう。


「確かにそうですね。じゃあ、私たちの目標はとりあえず50万人にしましょう。達成したらまた増やしていけばいいですし。」


 そう言うと雪はどこからか紙を取り出し、『目指せ五十万人‼︎』と書くと、壁に貼り付ける。少し目立つが良いんじゃないだろうか。


 しかし、こいつ、なんの躊躇もなく貼ったな。ここ、一応俺の家なんだけど。まぁ、でも、悪い気はしないから良いが……。


 そう考え、俺が紙から目線を外すとちょうど、時計が目に入った。現在時刻9時30分。


「雪そろそろ帰るだろ?送ってくぞ?」

「先輩、今日泊まっても良いですか?」

「ダメに決まってんだろ。そもそも明日は始業式だぞ?」

「む〜〜。先輩のケチ!あ、でもその言い方だと、次の日が休みならいいんですね?も〜〜、先輩少し遠回しすぎますよぉ。そんなに雪ちゃんとお泊まりしたいんですか?」


 ウゼェェェェェーーーーーー‼︎


「んなわけねぇだろ。はぁ、もう無理矢理送っていくぞ。」


 俺はそう言うと、雪の手を強引に掴み、もう片方の手に雪のバッグをもって家を出る。


 全く世話の焼けるやつだ。


 しかし、思った以上に人気が出たな。まぁ、割と楽しかったし悪くないかな。俺はそう思いながら、雪を引きずっていくのであった。


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