第25話 クズは結局クズ
――詳細をお願いします。
「部屋の物を片っ端から投げました。背の高い金属のラックを倒しましたし、壁に穴も開けました。止めに入る彼女の顔も叩きました」
――その間何を考えていましたか?
「怒りで視界が赤く染まっていました。勿論、比喩ですが、それくらいいきり立っていたということです」
――怒りに我を忘れて何も考えられなかったという状態ですか?
「いえ。私の場合には、何も考えられなかったというわけではありません。壁を殴れば痛いと思いましたし、ラックを倒す時には片付けが大変だなと、投げた炊飯器を蹴った時に『あーぁ、高かったのに』と罪悪感のようなものをおぼろげに感じていました」
――脳内は冷静であったと?
「状況は把握できているけれども、感情のコントロールが出来ずに、怒りに振り回されているような感じでしょうか。暴れる際に伴うリスクや損害は理解できているものの、かといって止まれないというか。いや、それも言い訳ですね。きっとある部分では冷静なんだと思います。だって、DVする人って自分より強い人とかにはしないじゃないですか。一人の時に激昂して暴れることも無いですし。結局、対象を選んでいるんでしょうね」
――彼女さんに暴力を振るった後はどうなりましたか?
「すぐに自身のしでかしたことの重大さに気付いて謝りました。いや、泣いて縋って謝ったと言う方が正しいです。泣きたいのは彼女の方ですよね。こんな時まで自己中心的でした」
――その時は何を考えていましたか?
「ハッキリとは覚えていません。ある種錯乱状態だったので。ですが、落ち着くにしたがって色々な考えが頭を過りました」
――断片的にでも結構ですので、全て列挙してください。
「『あれほど嫌いで憎かった父と同じ行動をしてしまった』『彼女の顔が腫れてきたので、彼女が実家に帰ったら親御さんにバレる。下手したら警察沙汰になる』『電化製品を買い替えるのにお金がかかるし、壁は敷金が返ってこなくなる』『大声で怒鳴ったので周囲に聞こえているかもしれない』『これは間違いなく振られるだろう』『部屋の後片付け面倒だなぁ』」
――殆どと言うか全て自分のことですね。
「そうですね。結局、それが本心であり、本性なのでしょう」
――彼女さんの叩かれた後の反応は?
「呆然としていましたが、私が泣いて縋り付くと『少し当たっただけで大丈夫だから』と」
――少し当たっただけだったのですか?
「いえ」
――彼女さんのその反応を目の当たりにして、どう思いましたか?
「フッと自分の気持ちが冷めるのを感じました」
――はぁ? 彼女さんがそう思うならいざ知らず、七篠さんがそうなるんですか? 意味が分かりません。それは何故ですか?
「分かりません。ですが、父の暴力に耐える母の姿が脳裏を過ったのは覚えています」
――……それについて少し考えたいですが、後にしておきます。その後の顛末をお願いします。
「ジップロックに氷を入れたものをタオルで巻いて彼女に渡しました。それで、彼女が頬を冷やしている間、私は部屋の片付けをしました。一緒に選んだ家具が壊れ、ラックに飾っていた写真立てが割れているのが何だか象徴的だなとぼんやり考えていました」
――それで?
「家まで送りました。会話は特に無かったです。その帰路では、私が暴力を振るったことが彼女の家族にバレないかどうか、ただそれだけが心配でした。夜中に電話が来るのではないかと眠れませんでした」
――電話は来ましたか?
「いえ、来ませんでした」
――冷やしたからバレなかった?
「それは無いと思います。結構腫れていましたし、半日やそこらで引くような腫れかたではなかったです。食事は出来るだけ家族揃ってが基本の家だそうですから、夜にはバレずに済んでも、朝にはバレるでしょう」
――でも、何も言われなかった?
「はい。彼女に嘘をつかせてしまったか、はたまた家族会議でそういう結論にでも至ったか」
――ホッとしましたか?
「はい」
――最低ですね。
「あまり責めないでください。罪悪感が薄れてしまいます」
――分かりました。それで、彼女さんとの関係はどうなりましたか? やはり別れましたか?
「いえ。彼女の主張は変わらずです。このまま付き合うなら就職して、結婚も視野に入れろ、さもなくば関係は終わりだというスタンスです。勿論、隣人の事件の際の私の優柔不断な態度や、暴力に関してはショックというか失望を感じてはいたそうですが」
――えぇ……。うだつの上がらない彼氏な上に、暴力まで振われて、それでもまだ結婚まで視野に入れたお付き合いをしてくれるのですか? 七篠さん、前世でどれだけ徳を積んだんですか? そこまで寛大な彼女さん居ませんよ。ここは進学を諦めて結婚をしましょう。ね? それが一番ですって。
「そうですね」
――失礼しました。つい本音が。
「いえ」
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