おでこ

味噌村 幸太郎

第1話 駅のホームで


 同じ美術部の先輩と駅まで、一緒に帰ることになった。

 先輩は背が高くて物静かな人。

 どこかミステリアスな女性。

 知らない事とか聞くと、優しく答えてくれるけど。


 自分からはあまり話しかけてくれない。

 そんな先輩が、部室の鍵を閉めようとしている私に

今日子きょうこちゃん、駅まで一緒に帰ろう」

 なんていうから、ビックリしちゃった。


 緊張しちゃう。

 先輩は帰り道、特になにかを話すわけでもない。

 だけど、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 私と二人きりになるのは、初めて。


 あっという間に、最寄りの駅に着く。


(あ~あ、今日も先輩と仲良くなれなかったなぁ)


 数分後には、電車が来ちゃう。

 何か、おもしろい話でもしなきゃ……けど浮かばない。


 そんなことを考えていると、通過列車が私たちの前を、猛スピードで駆け抜けていく。

 冷たい風が、私の顔を叩きつける。

 今日は、例年にない寒さ。

 肌に突き刺さるような痛みを感じる。


「はっくしゅん!」


 思わず、くしゃみをしてしまった。

 恥ずかしい。

 

「今日子ちゃん、ひょっとして風邪?」

 先輩が心配して、顔をゆっくり近づける。

 私はチビだから大人と子供みたい。

「あ、大丈夫です……ただのくしゃみだから」

 そう言いかけた時だった。


 先輩が鞄をボトンと下に落とした。

 そして、両手を私の顔に近づける。

「せ、先輩?」

「じっとしてね……」


 冷えきった細い手が、私の頬を覆う。

 だけど、それよりも暖かい……先輩のおでこ。


 先輩は私のおでこと自身のおでこをくっつけて、黙って目を瞑る。

 ビックリした私は、固まってしまう。


「あ、あの……」

「うーん。熱はなさそう」


 そう言うと、ゆっくり私から離れる。


「来週から期末試験だから、ちゃんと身体を大事にしないと、だよ」


 首に巻いていたマフラーを優しくなおしてくれた。


「あ、はい……」


 胸のドキドキが止まらなかった。


「あの、先輩! 来週も一緒に帰りませんか!?」


 これが今の私には精一杯。


「いいよ。私も同じこと考えてた」


 先輩は優しく微笑んでいた。


 私の身体は、火照りっぱなし。

 さっきまで痛く感じた冷たい風が、心地よく感じるほど、熱を帯びている。


「じゃあ、また!」

「うん、またね」



  了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おでこ 味噌村 幸太郎 @misomura-koutarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ