樋口英形のヌエヴォ・コンストラクティカ 第29回

鯵坂もっちょ

第1話

<男性の声>

 ハイというわけでお聴きいただきましたのはプリズン84で『イン・オーダー・トゥー』でした。最高ですね。もうほんと何度聴いてもこう、クるものがありますね。

 帝国公共放送機構をキーステーションに、全国36局ネットでお送りしております樋口ひぐち英形ひでなりのヌエヴォ・コンストラクティカ。お相手は音楽評論家の樋口英形です、ということで。

 えー暑いですね。はっはっは(笑)。いや違うんですよ。違うんですよってのもおかしいですけども。

 最近本当に言われんのよ。樋口さん。ラジオ聴いてます。つって。タクシー降りた瞬間に知らない黒服とかからそう言われんだから。樋口さん! 樋口さんまじすげーっす! って。

 何が言いたいかって天気の話なんてしてる場合じゃないんですよ。ガッカリさせちゃうから。井戸端会議じゃないんですよっていうね。

 とはいえ井戸端会議ではない、ガチの音楽の話なんかするともうバッチリ数字が下がるのが、あの〜この番組のいいところですけどね。はっはは。サブの方からすごい「はてな?」みたいな表情が飛んできてますけど。「いいところ?」みたいな。いいところですよいいところ。ねえ。

 え〜、とはいえ暑いということで(笑)。私スーダン行ったことありますけど、あのスーダンって世界一暑いとか言われてるんですが、スーダンより圧倒的に暑いですね(笑)。これはもうちょっとやそっとではない暑さなんであって異常気象もいいところですね本当に。

 そういえば「異常気象」なんてもう誰も言わなくなりましたね。ニュース見ててもここ数年くらい聞いた記憶がないですね。それはまあ当然異常が日常になったからなんですけど。

 異常が日常になってみると、それが異常なことであったとはもうみんな忘れてしまう、っていうね。なんだか示唆的でありますけども。

 メールいきましょうか。ラジオネーム、え〜「ミニトゥル」さん。かな。47歳女性の方。

「樋口さんこんばんは。樋口さんの軽妙な」軽妙な(笑)。え〜「軽妙な語り口に魅せられましてはや5年、子どもが寝静まったあとに、夫婦二人でこの番組を聴くのが習慣となっています」ありがとうございます。

「先日、所用で近所まで出かけたところ、なんと男性が倒れているのを目撃してしまいました」ほう。「倒れた瞬間を目撃したわけではなく、倒れているところに通りかかっただけなので、詳細はわかりませんでしたが、どうやら足を滑らせて段差に後頭部をぶつけてしまったようでした」あら。

「高齢の男性で、意識はあるようでしたが、ろれつが回らなくなっており、傍らにいらっしゃった奥さんと思われる方も相当混乱していらっしゃる様子でした。これはまずい、と思い、奥さんにお声がけし、まだ救急車も呼んでいないとのことだったので、私の携帯を使って救急車を呼んで差し上げました。実は、自分で救急車を呼ぶというのは人生で初めてのことだったので、動転してしまって、なかなかうまく話すことができませんでした。結局その男性は一命をとりとめたのですが、今思うともう少しうまくできたのではないかな、と後悔が募ります」そんな全然、素晴らしいですよ。一命とりとめたんですから。なにも後悔することはないですよ、ねえ。

「そこで質問です。樋口さんは救急車や警察などをご自身で呼んだ経験はありますか?」というわけで、大変なご経験をされたようで、お疲れ様でございましたと申しますか。

 あの緊急通報でうまく話せなかったからと言って何も思い悩むことはないですからね。それだけを持ってしても英雄的行為ですよ。あの〜本当に素晴らしいことだと思います。

 そして通報はですね、あります。ありますというか、いくらでもあります。

 これは何度もこの番組で言っている通り、あの私の住んでるところっていうのが何ていうんですかね。それはもう黒白黄色、さまざまなバックグラウンドをもつ……最近はあんまりこういうこと言っちゃいけないのかな。え〜そういう話ではありませんからね。黒白黄色。赤に青。紫。モスグリーン(笑)。

 でも本当にいますからね。こう墨が入って全身モスグリーンみたいな肌をした……ああ肌って言っちゃったな(笑)。まあそんなカラフル桃源郷みたいなところに私は住んでいるわけです。

 でまあいつも仕事するときに使ってるファミレスがあってよく行くんですが、そこにまあ一際奥まってる一角があるんですね。奥まってるだけあって、何ていうんですかね。ありとあらゆることが起こってるわけですよ。

 仕事に集中したいなんてときは全然遠い席とかに座っちゃうんですが、あの〜こんなこと言うと良識を疑われますけど、もう疑われるほどの良識なんて残ってないですけど(笑)、何言ってんだ。良識人ですからね。こう見えても。意外と。

 つまりなんかラジオで話すネタ仕入れたいな〜なんてときはその近くに座るんですよ。

 でその日もね。もう「いる」んですよ。何ていうんですかね、全身黒の、まあ男が4人なんですけど、地図を広げてんのね。地図を(笑)。ファミレスのテーブルにですよ。

 その時点でもうお前ら(笑)って感じなんですけど、なんかヒソヒソ話してんの。旅行が……とか。どこ行こうか……。とかね。よくないですね〜。

 いやいや全然よくなくないですよ。よい。旅行は全然いいんですけど。地図広げちゃってるから。これは〜と思って。まあどうせ私が通報しなくても誰か通報しますからね。もうちょっと会話聞いてよっかな〜とも思ったんですけどね。そうすっと私の方が危なくなっちゃいますから。ちゃんと通報しましたよ。

 あのこんな喋り方してるとよく勘違いされんですけど、そういうところはちゃんとしてますからね。樋口さん意外ですなんて思われるかもしれませんが、品行方正ですよ。まじめにコツコツやってきてますから。

 はい。続きはコマーシャル明けということで、コマーシャルです。


<イージーリスニングの曲が流れる>

<女性の声>

 帝国政府からのお願いです。

 異能者の通報にご協力ください。

 異能者の存在は、市民の安心安全な生活を容易に脅かします。あなたの身の回りで、本が読める、時計が読める、地図が読めるなどの異能者を発見した場合、すみやかに通報してください。

 帝国政府からのお願いでした。

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