第59話 シリス先輩の過去

 万年最下位だった僕たちは優勝した。校長先生も学年主任のサンジェルバさんも担任のアルステナ先生も僕たちに「よくやった!」と喜んでいた。


 その勝利の余韻よいんひたって、夜中まで大騒ぎをしていた。


「初戦のスミラン魔法学校のリタさんは聞いてた話よりいい人だったなぁ。」


「だね。正々堂々した人だったね。」


とか


「やっぱりラプサ魔法学校のガザさんの強さは化け物みてたなぁ」


「人類とは思えなかった。」


とか


「ネクサス魔法学校のツグミさんと戦った時はカガリ先輩、凄かったなー。」


とか


「クスララ魔法学校のジルニーさんは弱体魔法を貴族だけが使えるのってずるいよなー」


とか


「でも一番ずるいのは伝説級の防具を使ってたヴォラス魔法学校だろう? あれは反則級のずるさだぜ?」


「でもルールを利用したあの3分で味方を復活させる作戦はうまいと思ったけどな。俺はよく考えたなって思ったよ」


 とか戦闘談義に興じていると、アルステナ先生から

「気持ちは分かるが学生はさっさと寝ろ!」

 とお怒りの雷が落ちた。


 僕たちは優勝した日くらい大騒ぎしてもいいじゃないかと文句を言いながらも、渋々、僕たちはみんな大人しく就寝することになった。



 その翌日の朝、突然の来訪客があった。なんとシリス先輩のお父さんだという。


 僕はあのシリス先輩のお父さんがどんな人なのか興味津々で見に行くことにした。野次馬根性ってやつである。


 シリス先輩を早速見つけ、「良かったですね。お父さん応援に来てくれたんですね」と気楽に話しかけた。


 すると「えぇ、そうね」としゃべるシリス先輩の表情は硬い。なんでだろ? と思っていたのだが


「シリス。今回はよく頑張ったそうじゃないか。しかも優勝だって? よくやった。父さんは鼻が高いよ。シリスが小さい頃は苦労をかけたし色々誤解もあったしな」


なつかしそうに話し続けるシリス先輩のお父さん。


「本当にな。シリスが産まれて私の妻が死んでしまった時は恨みに思っていたんだが、本当に聖女のジョブをさずかっているなんてな。なんでお前ばっかりがそんな幸運を手に入れるんだか父さんには分からない。だがそれも水に流そう。過ぎた話だ。そもそも過去の話だからな」


と、にこやかに話すシリス先輩のお父さんの話を聞いて、僕の頭の中は今、クエスチョンマークが飛び回っている。どういう話になっているんだろうか? これは一体? と思ってシリス先輩の顔を見ると凍り付いたような恐怖と悲しみの表情を浮かべていた。


「だから、今日は18年の積もり積もったうらみつらみの決着をつけに来たんだ。なぁ、シリスよ。お前は父さんの子だよな?」


 硬直したように動かないシリス先輩をみて、僕は久しぶりの感動の親子の対面ではないのか? と不安になる。 


 するとシリス先輩のお父さんは短剣を取り出し、その短剣でシリス先輩を殺す気で心臓目掛けて降り下ろそうとしている! シリス先輩は何故か避けようとしない!


 僕はそれを寸前で止める!


「何を考えているんだ! あなたはシリス先輩のお父さんだろう!」


と僕はえ、そして問い詰める。


「あなたはシリス先輩のお父さんじゃないのか!? 家族を殺そうとするなんて何を考えているんだ!」


 けれどシリス先輩は動かない。このお父さんと名乗る何者かに意識を奪われているのか? あちこちから悲鳴があがる。周囲は急な殺人者の出現に大混乱におちいった。


 騒ぎを聞きつけた警備隊にシリス先輩のお父さんはすぐさま取り押さえられた。

 

 けれども、シリス先輩は固まったまま動かない。まさか、この男に殺されるのであれば仕方ないと思っているのか? 


 そんな僕の表情から察したのかシリス先輩の父親と名乗るこの男は


「それはシリスが俺の妻を殺したからだ。全てはその復讐だ。それが分かっているからコイツは動けないんだろう。俺に殺されると思ってもなぁ。フハハハハッ」


とシリス先輩とそこにいる全ての人々をあざけり笑い、シリス先輩の父親は警備隊に牢屋へ連れていかれたのだった。


 この時、シリス先輩と学年別対抗戦で戦う前に集めた情報の中に『泣かない鉄の女』という欠片も信じていなかった噂があったのを今、僕は鮮明に思い出したのだった。


 僕はシリス先輩と一緒に場所を移動して


「どうしてあんなことになったんです? シリス先輩のお父さんと何かあったんですか?」


と聞いたところ「お父さんから守ってくれてありがとうね」と悲しそうな顔をして感謝してくれた後、シリス先輩はぽつりぽつりと自分自身の過去の話を僕にしてくれるのだった。



 ☆シリスの過去☆


 シリス先輩が産まれる時は、逆子で難産だったそうだ。この異世界は前世の世界より衛生状態が良い訳ではない。


 究極的に「母の命か」「子供の命か」どちらかを選ばないといけない時、シリス先輩のお母さんはまだ見ぬ子供の命を助けてほしいと言った。


 しかし、シリス先輩のお父さんは今ある妻の命を助けてほしいと言った。


 どちらが正しいかは僕には分からない。ただ、シリス先輩は無事に生まれたがお母さんは命を落とした。


 シリス先輩のお父さんは荒れた。「子供の命を何故、助けたのか?」と。「何故、妻の命を救えなかったのか?」と。そしてお酒に逃げた。


 朝からお酒を飲んでは村の住人と問題をおこした。


 それでもシリス先輩は母方のお爺さんとお婆さんのおかげですくすくと育った。けれど二人とも流行はやり病にかかり亡くなってしまった。


 身寄りがその酒浸さけびたりのお父さんしかいなかったシリス先輩はお父さんと一緒に暮らすようになった。


 その頃からシリス先輩の手や足に大小、様々なアザが目につくようになる。


「お父さんごめんなさい」


とシリス先輩の泣き声が聞こえてくる。村の人々は心配し、その声に気付いたら様子を見に行くようになった。


 しばらくした後、シリス先輩は大けがをして村に帰ってきた。心配していた村の人々はシリス先輩が生きている姿をみて安心した。


 そしてシリス先輩が貴重な薬草をお父さんのために取りに行ってうまくいったのだと話した。これで暮らしが楽になるんだと喜んでいた。


 けれど、その姿とシリス先輩が貴重だと話す薬草を見た村の人々は、許せない、見てられない、泣いている者も、怒りにふるえる者もいた。


 何故ならシリス先輩のお父さんが貴重だと教えたというその薬草は、実は珍しいだけのからだ。


 村人は怒り「自分の娘を殺す気か!」とシリス先輩のお父さんを怒鳴りつけた。


 シリス先輩のお父さんは妻を忘れていなかった。「何故、妻は死んでシリスが生き残ったのか!」と逆に怒鳴り返してきた。「シリスが死ねばよかったのに!」と怒声をあげ、幼いシリス先輩を殴ろうとした。


 その凶行から身をもってシリス先輩をかばったのは村の村長だった。何度も殴られたがシリス先輩をかばい続けた。


 幼いシリス先輩はなんで村長が殴られているのかも、村人が怒っているのかも分からなかった。村長に


「もうあの父親から離れなさい。孤児院に入りなさい。お前の命が危ない!」


と言われた。シリス先輩は


「もう、お父さんと一緒にいられないの? あたしが悪い子だから? あたしがお母さんの命をうばったから一緒にいたらダメなの?」


と泣きだした。


 そう言われ村長も泣きながらダメなんだと答えた。


「シリスは絶対に悪くない。悪いわけがない。こんな親想いの子が悪いなんてことがある訳がない! 全ての子供たちは祝福されるべきだ。子供は全ての人々の希望であり宝なのだから! シリスが良い子だからお母さんは命をかけてシリスを守ったんだ!」


と泣きながら抱きしめシリス先輩をお父さんの暴力から守った。



 この一件がもとでシリス先輩のお父さんは村中から反感を買い、村から追い出された。


 それからシリス先輩は孤児院で生活するようになる。自分より小さい子の面倒をみたり食事がまずしかったりと苦労はしたがまっすぐに育った。光魔法に適性があるし、可愛いし良い子だと話題にもなっていた。


 そして15才の時にジョブの鑑定が行われ聖女という称号を得る。


 村中が大騒ぎとなり孤児院から神殿に生活の拠点を移し、シリス先輩は聖女としてエルバラン魔法学校に通うことになり現在に至る。


◇ 


 ☆オリタルト視点(現在)☆

 

 シリス先輩は話す。


「『お母さんの命をうばったのはお前だ』ってお父さんに言われて本当に私は……どうしていいか分からなかった。何をしても怒られた。私は謝ってばかりでした。でもお父さんが村から追い出されてから、私は泣くことができなくなりました。なぜか悲しくても辛くても、涙がでなくなってしまったんです。私は……生まれてくるべきではなかったんでしょうか?」


とシリス先輩は悲しそうにうつむいた。聖女として人々を救わなくてはならない。聖女としての使命やみんなからの期待は感じているのだろう。


 でもそれなら……こんなにも傷ついて今にも壊れてしまいそうな肝心の聖女の心は、一体誰が救うというんだろう。


「シリス先輩のお母さんの望みはなんだったんでしょうね……自分の命にかえてでもシリス先輩を産もうと思ったお母さんの願いは……」


 僕はシリス先輩のお母さんのことを考える。


「まず一番勘違いしてほしくないのは、お母さんはシリス先輩に命を奪われたとは微塵みじんも思ってないってことです。お母さんはそんなこと絶対に考えていません」


 僕は使うことなんて、そうそうないと思っていた「絶対」という言葉を使う。


「村の人たちはシリス先輩を心配して助けてくれた。そしてお母さんが、もし生きていたとしたらきっと『産まれてきてくれてありがとう。守ってあげられなくてごめんね』って心配してると思います」


 愛があったからこそ人は、何百万年という長い時の流れを生きてこられたのだと僕は信じている。


「『でも、世界はこんなにも美しくて素晴らしいんだよ。楽しいことだってきっと起きるんだから』ってちょっと自慢気に言ってくれると僕は思います。だから……シリス先輩のお母さんはきっと『自分が死んでもシリス先輩に生きてほしい』と願っている……僕は、そう思うんですよ」


 その瞬間、シリス先輩の瞳から涙が一滴ひとしずくこぼれ落ちた。そしてシリス先輩は「お母さん!」と今まで泣けなかったのが嘘だったかのように僕の胸で泣きじゃくった。


 僕はそんなシリス先輩の肩をぽんぽんと軽くたたきながら、シリス先輩の涙が枯れ果てるまで、静かにそして一緒の時間を過ごすのだった……。

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