第84話 旅立ちの朝

 




 翌日の朝。


 日が出始めて牧草地の草が朝露に濡れ始めた頃。

 俺とゼンはリッシュ家の屋敷の前で、カリスタと一緒に出立の準備をしていた。

 そして、それを見守ってくれているリッシュ家の皆。

 子供達は昨日の夜、散々泣いたから酷い顔だ。特に下の子達三人。



「よし、準備完了だ。リンタロウ」

「うん……」



 ようやく出立の準備が完了し、本当の本当にリッシュ家の皆とのお別れの時間がやってきた。



「皆さん、本当に長い間、ありがとうございました」

「何かしこまって言ってるの」



 俺がなんだか緊張して、かしこまった言い方をすると、パルフェット様が優しくそれを訂正してくれて、あたたかな両腕の中に、俺を包んでくれた。



「私の大事な息子。道中無事で。こまめに手紙を頂戴ね。皆で楽しみにしてるから」

「っ……、必ず、手紙たくさん出します」



 パルフェット様は最後に俺の頭を撫でると、あたたかな腕から俺を出した。

 ドゥース様は、言葉短く、『どうか、無事で』というと、熱い抱擁をしてくださり。

 セリューさんは、お仕事中とのことで抱擁は控えてたけど、俺の両手を握りしめ俺の道中の無事を祈ってくれて。


 ………………子供達はというと。







「…………っぷ、お前達、酷い顔だぞ」

「「うぅぅううう!!!」」

「リンにいちゃあ………ぐしゅ」

「こればっかりは、どうにもできません」



 顔を真っ赤にして泣かないようにしている双子お兄ちゃんズ。すでに半泣きなプティ君。そんな下の子供達につられて泣きそうなのを我慢しているベルトラン君。


 みんな、可愛いなぁ。


 兄弟達の愛おしさで胸がいっぱいになった俺は、昨夜の様にできるだけ大きく腕を広げてがばっと一纏めに子供達を抱きしめた。



「俺、皆に貰ったお守り、大事にするよ。本当に、ありがとう。また帰ってきたときも兄ちゃんって呼んでくれる?」

「「あたりまえだ!!」」

「りんにいちゃあ!」

「リンタロウ兄さん、どうか、どうか、ご無事でまたお顔を見せてください」

「うん。ありがとう…………」



 子供達からプレゼントとして貰ったのは、子供達も持っている周りに危険を知らせる笛のついた首飾りだった。

 どうやら、市場で一度別行動した理由は、これの材料を買いに行くのが理由だったから秘密にしていたようで。この笛は、事件が起きた時に聞いた笛の音と同じもので作られているらしい。


 リッシュ領では、お守りとしての効果もあるので五歳の誕生日になるとこの笛を贈られる物らしく、今回は、その笛の効果を俺だけの特別仕様に作り変えてくれたらしい。


 トップの笛はセリューさんが、そのサイドに飾られている子供達の特徴の色をした小さな魔法石はそれぞれの子供達が用意してくれて。

 子供達が持っている笛の場合は、笛を吹くとリッシュ領の警備隊に知らせが飛ぶようになっているが、セリューさんが用意してくれたこの笛を吹くと、ゼンに危険を知らせることができるらしい。

 そして、この小さな魔法石には子供達のそれぞれの魔力が注ぎ込まれてて、何か危険が及ぼうとしたときには小さな魔法だが、それが発動して守ってくれるという凄いお守りだ。


 これは、名実ともに俺の大事な大事なお守りとして俺の首に下がっている。



「リンタロウ、そろそろ」

「うん。わかった」



 ゼンの掛け声で名残惜しいが、子供達を抱きしめていた腕をほどく。

 そして、カリスタの傍にいるゼンの元へと行くと、俺が先にカリスタの背に乗っている時に、パルフェット様がゼンに話しかけていた。



「ゼン君。君にも言っておくけど。君も、もう我が家の一員だからね。いつでもリン君と一緒に帰って来ていいんだから」

「…………ありがとうございます。パルフェット様」





 俺がカリスタに乗った後、ゼンもカリスタの背中、俺の後ろ側に乗り、とうとう、この時が来てしまった。









「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「くれぐれも、危険なことはしないように」

「いつでもお帰りをお待ちしております」

「「「………………」」」





 俺、ドゥース様、パルフェット様、セリューさんの順で言葉を発したが、子供達は涙を流さないようにするのに必死で、声が出せないみたいだ。

 外に出る前に、パルフェット様に笑顔で見送ってあげようって言われてたの、必死に守ろうとしてるんだな。

 本当に、優しくて、たくましくて、賢い、良い子達だ。



「それでは、皆様、長い間お世話になりました。このご恩はいずれ」



 ゼンはそう言うと、カリスタに指示を出し。指示に従ったカリスタが大きな翼を広げて大空へと上昇していく。


 そんな俺達を笑顔で見送ってくださるドゥース様、少し泣きそうな表情を見せながらも笑顔でこちらに手を振ってくださるパルフェット様、俺達に向かって『行ってらっしゃいませ』と深々とお辞儀するセリューさん、子供達は、泣くのを我慢しすぎて凄い顔だ。



「みんな! ありがとうございました! 行ってきます!!」



 俺のその声が合図となり、カリスタはさらに大きく羽根を羽ばたかせると、進行方向を変えてリッシュ家の屋敷を背にして大空を飛んでいく。

 これで、みんなと次会うのはいつになるだろうか。







 そう思いを馳せて、力強く羽ばたくカリスタの背に揺られ五分ほど経った、その時。

















「「リィィィイイイン!!!」」

「リンにいちゃあああああ!!」

「リンタロウ兄さん!!」



 そう大きな声で俺達の後ろから声がしたので、振り返ってみると。


 ベルトラン君と一緒にシャルル君、セリューさんと一緒にサロモン君、ドゥース様とパルフェット様と一緒にプティ君がそれぞれの飛竜に乗って追いかけて来てくれていた。



「リィン!!歯磨き忘れるなよー!」

「リィン!!お漏らしすんなよー!」

「リンにいちゃああ! けがしないでねぇええ!」

「リンタロウ兄さん! 手紙! 待ってますから! どうか、お元気で!」



 子供達は、笑顔の事なんてもう、頭に入ってないんだろう。

 ボロボロと涙を流しながら、いろいろとこれからの無事を言葉に発してくれている。


 ていうか双子!誰が歯磨き忘れてお漏らしするか!!










 しょうがねぇなあと思いつつ、昨日の夜、散々泣いたはずなのに俺の目からもあつい涙が流れて止まらなくなる。














「本当に!! ありがとう!!! 手紙書くからな!!!」














 もうすぐリッシュ家の牧草を過ぎるその時、リッシュ家の皆の見送りはそこまでなのだろう。

 追いかけてくる速度をゆっくりと落として、空中に停止した。





















「「「いってらっしゃい!!」」」


「いってきます!!!」





















「素敵な家族ができたな。リンタロウ」

「ぐすっ、う゛ん!!!」



 自分で涙を拭うのが間に合わないくらい、リッシュ家への思いが瞳から溢れて、しばらく涙は止まらなかった。








――――――――――――――――――――――――


こちらで第一章完結となります。

お読みいただきまして、ありがとうございました!


もし、面白い!と思っていただきました読者様。


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