第53話 逸る気持ち 前編【2】
「プティ君、プティ君! 大丈夫?」
「リン、にぃちゃ……」
「大丈夫? 辛いよね、何かしてほしい事ある?」
「お、みず……おみずのみたい」
「お水? ……分かった」
どうやら意識は、はっきりしているようで少し安心した。
俺はプティ君の望みを叶えるべく、先程周りを見渡した時に見つけていた目元しか見えないくらいの小さな小窓があった方を見つめる。
あの小窓がおそらく御者台に居る誰かと会話のできる唯一の手段だと思ったので、プティ君を優しくその場に寝かせて俺は小窓へと向かう。
鎖に繋がれている俺は、小窓の壁にギリギリ手が付く距離まで近づくことができた。
そして、痛む身体を分からないふりをして付くことができた手で壁を思いっきり叩きながら、御者に居るであろう人物に向かって俺は思いっきり叫ぶ。
「おい! 誰かいるんだろう! 子供が熱を出したんだ! 誰か! 誰か、水だけでもくれないか!」
何度か叩いても、叫んでも応答はない。
そりゃそうだ。
攫うのが目的のやつらに、俺の声を聞き入れる意味などないのだから。
だからと言って体温がまだ上がっているのだろう、震えながら息を荒くしているプティ君を見ているだけなんて、黙ってられるわけないだろ!!
「聞けってんだよ!!!!」
俺は痛みの走る己の身体なんてそっちのけで、渾身の力で壁を思いっきり叩いた。
「おー怖い怖い。聞いてますよー、おにーさん」
ようやく小窓が開いて顔を出したのは、あの嫌な笑みを浮かべたリーダーの男であった。
*********
日はとっくに暮れて、夜が降りきっている時刻。
リッシュ家の屋敷の中。
パルフェットは屋敷の一室で一人、落ち着きがない様子で右へ左へとウロウロ歩き回っていた。
その表情は普段と違い険しくなっており、自身の親指の爪を噛みながら、どうにか気持ちを落ち着かせようと試みてはいるものの、気休めにもなっていない。
そんなパルフェットが一人でいる部屋の扉を、優しくノックする音が響く。
「…………入っていいよ」
「失礼いたします、奥様」
部屋の中に入ってきたのはセリューであった。
「坊ちゃま方にお食事を勧めましたが、プティ坊ちゃまとリンタロウ様が帰るまで食事はしないと。
今はシャルル坊ちゃまもサロモン坊ちゃまも、ベルトラン坊ちゃまとご一緒に談話室でお二人のご帰還を待っておられます」
「そう……」
セリューから屋敷に居る子供達の様子を聞いたパルフェットは、話を聞いていた一時は止めていた足を再び動かして部屋の中を右往左往し始めてしまう。
そんなパルフェットの様子を見たセリューは用意しておいたティーセットの乗っているカートを押して室内の奥、パルフェットの傍へと向かった。
「奥様、よろしければ少し、お茶でもいかがでしょうか」
「…………今は、そんな気分じゃ」
「ささ、こちらにおかけください。お茶が冷めてしまいますからな」
セリューは少々強引にパルフェットをソファーへと掛けさせると、すぐさまティーカップにお茶を注ぎ、パルフェットにこれまた強引にティーカップを持たせた。
それは昔からの付き合いであり、パルフェットの事をよく理解しているセリューの最大限の気遣いによる行動なので、パルフェットもその心遣いに拒否を示す気も文句を言う気も起きずに甘んじて受け入れた。
「ありがとう、セリュー」
「これしきの事お気になさらないでください。…………きっと、旦那様とゼン様が無事に連れ帰ってくださいます」
「うん……、分かってる。分かってるんだけど、もし、あの時私がもっと対応できていれば君も、子供達も、みんな無事だったのに」
時を遡って、牧草地に黒っぽい靄が発生したその時――――――
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