第44話 鳴り響く笛【2】
本当に思い出しただけで、ゼンの一言多い口を縫い付けてやりたい気分になるが、それは置いといて。
ゼンは今日には片が付くと言っていたので、きっと今日には窃盗団の捕縛をするに違いない。
危険がないと言い切れない事件にかかわっている二人を思うと心配になる。
まあ、はっきりと心配してますって顔を子供達の前でしてしまうわけにはいかないので、俺は通常通りお勉強会を受けている。
そして、そんなゼンがいないお勉強会は、ゼンに代わってパルフェット様が俺達に魔力操作や魔法の指導をしてくれている。
「じゃあ、昨日と同じでリン君とプティは私と再生、治癒を練習します。シャルル、サロモンは五大魔法の基礎をベルトランに教えてもらい引き続き練習です。ベルトランはしっかりと復習すること」
パルフェット様の指示に従い、それぞれが自分の勉強を始めた。
そう、俺は魔力の性質特化がパルフェット様の性質特化に似ている所があることから、同じことができないか試したところ、できてしまったのだ。
数日前にパルフェット様に初めて教えて頂いた時に…………。
「うーん、私の再生、治癒とは似ているようで似てないと思ったからどうかと思ったけど、一応できはしたねぇ……。とは言っても私の魔力の動きとは違うし、再生、治癒した結果は私のとはやっぱり少し違って、それだけでなくなんかちょっと再生された草は生命力に満ちてるし、治癒は傷跡がなんか若返った気がする…………」
との事で、俺はパルフェット様の教えに従い真似してやってみただけなのだが、どこか違うところがあるらしい。
俺にはその違いは見て分からないし、再生と治癒というのは繊細な魔力操作が必要らしく、パルフェット様のように広範囲を再生したり、大きな怪我を治癒させたりとかはできない。
魔力を身の内に収めつつ適量の魔力を出すという細かい操作が難しいのだ。
一応どれくらい魔力を出して魔法を使えるか試してはみたのだが、誤爆という言葉がぴったりの魔力の暴発を起こした。せっかく魔力制御装置を付けなくてもよくなったにもかかわらず初日の魔法のお勉強会で起こした騒動が再来である。
とまあ、そういう騒動もあったので少しずつ少しずつパルフェット様に教えて頂きながら、俺は再生と治癒の魔法について学んでいるのだ。
パルフェット様が先生であるお勉強会。
その合間のお昼休憩にピクニックを挟みつつ、いつもと変わらず夕方の子供達のお仕事が始まるまで勉強会は続いた。
「――――――ルールルルルル」
時は過ぎて夕方。
俺は子供達と夕方のご飯を与えるために牛たちを集めていた。
今ではこの変な呼び方で牛を呼ぶのにも慣れたモノで、むしろ牛を呼ぶのがなかなか上手くなったのではないかと少し自画自賛してしまうほどだ。
子供達と散らばっていつものように牛を集める。
今日は俺とシャルル君、サロモン君とプティ君のセットで離れながら同じ場所に牛を誘導していっている。
「――――――なあ、リン」
「ん? どうした? シャルル君」
カコンカコンとベルを鳴らしながら牛をいつも通り集めていたら、突然シャルル君に声を掛けられた。
いつもはお仕事時には真面目に働く双子お兄ちゃんズの片方、双子のなかでどちらかと言うとよく喋るほうのシャルル君が突然話しかけてきた。
彼のいつもの明るく元気な様子とはちょっと違う雰囲気に違和感を感じた俺は、ベルを鳴らしていた手を止めて近くに居たシャルル君と目の高さを合わせて話を聞くことにした。
「リンは……旅に出るんだろ」
「うん、そうだな。身分証は絶対欲しいから旅をして取りに行かなくちゃ」
「あの、身分証取ったら…………」
「どうした……?」
いつもならはきはき喋るシャルル君が珍しく俯いて言い淀んでいる。
珍しい出来事に俺はこれはただ事じゃないなと思い、シャルル君と更に距離を詰めて彼の足元に膝をつき目線が彼の高さより下になってしまうが、今は俯き気味のシャルル君の視線にちょうど合うのでいいだろう。
「どうした? 俺、何か悪い事しちゃったか?」
そういう俺の言葉にシャルル君は首を横に振り否定をした。
「あ、あのな。その……」
「うん、ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞くから」
「その…………
リンは、身分証を取ったらここに帰ってきてくれるか?」
それは俺がここ数日考えていたことだった。
「俺……俺は」
さっきまでのシャルル君と違って今度は俺が言い淀んでしまっている。
ここ数日、市場での買い物が終わってから俺はその事ばかり考えていたと言っても過言ではない。
買い物が終わってから、屋敷で空いた時間に少しずつ買った品物の整理をしているのだが、その時にふと思うのだ。
これから俺は何がしたいのか、と。
こちらに来てからの出来事を振り返ってみたら、とても楽しい記憶しかなかった。
前の世界では経験の無い、楽しいという記憶。
これは、こちらに来て献身的に俺の世話をしてくれたリッシュ家の皆と、先日温かく俺の帰還を祝福してくれたリッシュ領の民の皆さん、そして何よりゼンのおかげだと思っている。
しかもリッシュ家の皆は社交辞令かもしれないが、俺の事を家族になれと言ってくれた。
こんなにも温かい、家族という感覚を味わったことのない俺に、リッシュ家の皆は無償の愛という形で目一杯接してきてくれた。
家族になれと言われた時、咄嗟に隠したが正直に言うと嬉しくて泣きそうになったのは事実だ。
ハッキリ言うと、この人たちと家族になりたい。
そう確かに思った。
だが、俺はこうも思った。
新しい世界、この世界だったら俺が前の世界で、できなかった事、たくさんの経験ができるのではないかと。
そう期待が心の中で膨らんでいるのだ。
そして俺は考えた。
いろんな経験をするのなら、旅をしてたくさんの経験をするのもいいのではないかと。
――――――俺の人生、やり直しをする。
俺が今まで、できなかったたくさんの経験。
心の奥底に閉まっていた、やりたい事を縛られずに自由にやるという俺の唯一の夢。
「俺、身分証取ったら…………
冒険者に、なるよ」
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