竜は真昼を飛んだ

永多真澄

竜は真昼を飛んだ

 相棒の首筋を撫でながら、「うまくいかないもんだね」と笑う。太陽は中天にあって、さんさんとふる陽光はゴマ粒みたいな白い群れをきらきらと輝かせた。

 それは美しい光学現象のようで、もしくは写真スチルに写りこんだ埃のようでもある。どちらにせよ、それが銃と剣で武装して、鎧で隙なく身を固めた数百の兵士だとは、到底思えない光景だ。

 まだ距離があるね、とささやくと、股下の巨体が身じろぐ。「武者震い?」と聞くと、相棒はがう、と短く応えた。相変わらず、なにを言っているかはわからないけれど。


 ――戦果をあげすぎても碌なことにならんよ。


 逢うたびに口にしていたマリッサの忠告こごとがふいに思い出されて、それに付随した彼の厭らしいにやけ面に少々……いや盛大にむかっ腹が立つ。次に会ったら絶対にぶっ殺してやる。そう誓って心を奮い立たせるが、マリッサの言もまあ正しい。

 けっきょく半端に戦果を上げてしまったから、こうして撤退する味方の殿しんがりを任されてしまう。殿といえば格好は付くが、単騎で任に当たれというのは良くて囮、普通に考えれば捨て駒だ。

 指揮官殿には疎まれていたからなあ。ご自分よりもよほど武勲を上げる部下の存在は、さぞ目障りでお辛かったのだろう。なんともばかばかしい限りだが、生来の世渡り下手と言い訳して人間関係を怠けてきたツケがこれだ、というならば、もう笑うよりほかにない。


 「ごめんね、お前までつき合わせちゃって」


 再び相棒の首筋を撫でる。相棒はふんと火の粉混りの鼻息で応えた。相変わらず明確な意思疎通は出来ないけれど、気にするなと言っているのはなんとなく感じる。頼もしいヤツだ、好きだぞ。言葉にはせず、ただ首筋をさする。相棒はむずがゆそうに長い首をくねらせた。

 陽の光がさんさんとふっている。ゴマ粒ほどだった敵の大編隊も、今では目視で個々の輪郭が解るほどだ。

 速いな。率直な感想が小さくこぼれる。あの編隊を維持してこの速度、相当の手練だ。こんな戦略上大して価値も無い辺境によくもまあ。

 いや、そんな辺境を攻める軍が敗北を重ねるもんだから、向こうも精鋭を寄越したか。なんだ、これも私のせいじゃないか。

 大笑いしたくなるのをこらえて、探信機レーダーを覗く。向こうに比べてお味方こちらの練度は推して知るべし。よくもまあ、ああもモタモタ飛べるものだ。

 これでは接敵も避けられまい。呆れ半分に嘲笑わらう。ひと当てやらなきゃおさまりようがないと確信したならば、覚悟も決まるというものだ。

 兵器担架ウェポンラックから極短周期光線銃パルスレーザーライフルを降ろして残電力を確認する。満タンには少し足りないが、これだけあればずいぶん戦えるだろう。今日は好天に見舞われて、逃げるには明るすぎるが充電は捗った。善しとする。


「そういえば、お前たちはもともと夜行性だったんだっけ。眩しくは無い?」


 こまごまと銃の調整をしながら、ふとした思い出しごとを口に出す。相棒は器用に首をかしげた。そりゃそうか、何世代前の話だ。気にしないで、と首筋を撫でる。相棒はがう、とだけ言った。

 銃に据え付けの望遠鏡メガネを覗く。真っ先に指揮官をして編隊の統率を乱せば、勝率はともかく生存率はぐんと上がるだろうし。そう思って指揮官を探していたら、程なくそれは見つかった。見つけて、堪らず大笑いした。


「マリッサだ。これは死んだなあ。どうする、このまま尻尾を巻いて逃げちゃおうか」


 どうせ作戦が始まった直後から無線は切ってある。逃げようが逃げまいが罪に問われるなら、いっそ逃げて味方の銃弾に倒れてみるのも面白いかもしれない。少なくともこの場で死ぬことはないし。

 相棒は本気か?とでも言いたげに首を曲げてこちらを見た。もちろん冗談だよと返す。相棒は長い舌先で私の頬を舐めて、また視線を敵の群れへと向けた。ひりつくような熱さが頬に走って、少しばかりの冷静さが帰ってくる。

 接敵エンゲージは近い。股下の巨体が、またしても大きく身じろいだ。


「ふふ、我慢できないか。そうだよね、お前はそういう風に作られているもの」


 相棒の、滑らかなうろこに覆われた首筋を撫でる。首筋に埋め込まれた、一目で異物とわかる共感結晶を撫でる。相棒の静かな激情が感情増幅器ごしに伝わってきて、それは否が応にも私の闘争心を刺激する。人を竜に、竜を人に。生命倫理に真っ向からケンカを売る、本当によく出来た戦闘機構システムだこと。


「それじゃあそろそろ行こっか。マリッサめ、今度こそぶっ殺してやる」


 言って、相棒のわき腹を軽く蹴る。相棒は大きく翼をはためかせ、進行ベクトルをスイッチした。背景そらの流れる向きが瞬間に真逆になったとして、かかるべき負荷は存在しない。慣性と重力を支配コントロールして飛ぶ、竜らしい戦闘機動。かつては空の王と謳われた、流麗なるマニューバ。

 声も高らかに相棒が吼える。呼気に混じった火焔が、周囲の超自然元素マナを励起させて俄かに雲を作る。

 それはびりびりと鼓膜を震わせて、意図せず口元が吊りあがった。どうやら私は、どうしたって戦士であるらしい。込み上げる笑いをこらえながら相棒の脇腹を強く蹴りこめば、今までが児戯あそびであったといわんばかりの猛加速で一気に高度を上げる。急な減圧が意識を刈り取りにかかるが、なんだ。竜が空を支配するのなら、それを支配するのが竜騎兵ドラグーンだ。太陽を背に小銃レーザーライフルを構える。まずは、定石セオリーどおりに。


 望遠鏡越しのマリッサが笑う。ああ、外れるな。私は笑いながら引き金を引いた。

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