第30話 卒業式

 マーシャ様はパティ様の恋を大変よころんでくださっているようですわ。


「来週からゼディお兄様とダリライト様はケーバルュ厶王国に参るそうですわね」


 マーシャ様の情報通には舌をまきますわ。そんな気持ちが顔に出ていたようです。わたくしもパティ様もこの四人でいるときには仮面をほぼほぼ外してしまうほど居心地がよいのです。


「ふふ。驚かれないでくださいませ。コンラッドから聞きましたのよ。ダリライト様が国王陛下に推薦状をいただきに行かれたそうですわ。ですが、ダリライト様は外交に行かれたことがありませんでしょう。ゼディお兄様がお付き添いなさると聞いておりますわ。ゼディお兄様もボージェ侯爵様にお会いになるそうですからとても乗り気ですわね。ふふふ」


「す、推薦状ですか? そんなに簡単にいただけるものではありませんでしょう?」


 パティ様はダリライト様のご苦労を気にして慌ててらっしゃいます。


「二年前の英雄ですもの。即座に出されましたわよ」


 二年前、東の山に山賊が集いその街道は大変な被害が出ました。本来国境を守る仕事の辺境伯様は国境からうって出てその山賊を討伐なさったのです。その東の街道はケーバルュ厶王国とここパールブライト王国を結ぶ街道の一つなので当時はケーバルュ厶王国にも辺境伯様のご子息が英雄様であるというお話は届きました。それがまさかダリライト様であることをわたくしとパティ様が知ったのはつい先日のことです。

 パティ様がもしダリライト様に嫁がれても辺境伯領はケーバルュ厶王国側なのです。ちょっと羨ましいですわね。



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「卒業式には戻るから卒業式のパートナーは僕だからね!」


 ゼンディール様は念を押してダリライト様とともにわたくしたちの故郷ケーバルュ厶王国への向かわれました。


 そして、卒業式の二日前、なんとわたくしの両親とケーバルュ厶王国の王太子殿下つまりはパティ様のお兄様を連れて帰ってまいりました。


 卒業式ではパティ様が王女殿下であることを発表し大騒ぎになりましたがそれ以外は滞りなく進みました。




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 今日は卒業式だ。あっという間の三年間。大変なこともあったけど楽しかった。


 卒業パーティーでははじめからクララとお揃いにした。母上やティナもデザインに加わってとっても大変だった。


「わたくしのお母様がいらっしゃったらこのようにしてくださっていたのでしょうね」


 クララが母上の喜びようを眩しそうに見ていたから僕はクララの腰を抱き寄せた。そして、母上のやりたいようにやってもらうことにした。


 クララの薄いピンクのドレスが映えるようにと僕のタキシードは濃い目のグレーになった。花の女神のようなクララは決して幼くは見えず佇んでいるのを見ただけで跪きたくなる神々しさだった。


「素晴らしいわぁ……」


 コレッティーヌ嬢はなぜか僕と同じくらい感動してクララを見ていた。この方ははじめからクララへの視線がおかしい。


「彼女は僕のですよ」


 コレッティーヌ嬢がキッと僕を睨んだ。


「見ているだけです! 減らないでしょう!」


「いえ、なぜか貴女に見られると減ってしまう気がするのです」


「まあ! クララ様の大きなお心を学んだ方がよろしいわよ」


 確かにクララは心が広い。


「やはり貴女もクララを好きだったのですね。でも、僕の勝ちです。ハッハッハ」


 マーシャとの話が終わったのかクララがこちらへやってきた。慈愛溢れる笑顔で。


「コレット様。あの日の青もステキでしたが、明るい緑もお似合いになりますのね」


 コレッティーヌ嬢は輝く緑のドレスだ。強調している部分が部分なので成人したばかりの女性には見えない。化粧は美人化粧だ。本当に少しずつ変化させていたのだろう。今更あの不細工化粧は頑張っても上手く思い出せないし、逆にコレッティーヌ嬢の美人化粧にものすごく驚く者もいない。


「ありがとうございます。クララ様の神々しさには足元にもおよびませんわ」


 僕は僕と同じくクララに『神々しさ』を感じたコレッティーヌ嬢はやはり強敵だと認識した。


 そこへパティリアーナ嬢とダリライト殿、ダリライト殿と睨み合っているゼンディールさんがいらっしゃった。ゼンディールさんはコレッティーヌ嬢を見留めるとダリライト殿に向けていた顔と真逆の顔で近寄ってきた。


「僕の姫! もう家に帰りたいな」


 甘々の会話をしながら二人で人の少ない片隅へ行ってしまわれた。


 しばらくして会場が開放され僕たちは中に入った。


 新しい生徒会の司会でコンラッド組とパティリアーナ嬢組が後から入場してパティリアーナ嬢が実は王女殿下だったことが発表された。ざわめきの中、ファーストダンスは二組の王族が担い二組は今優雅に踊っていた。


「問題は解決なさったみたいで本当によかったわ」


 クララの言葉にギョッとした。


「ジルはまた夢を見てしまったのでしょう?」


 クララは会場に視線を向けたまま僕にだけ聞こえるように話をした。目元は優しさを持ったままだった。

 僕はしばらく思考を停止させていた。


 僕はどのくらい止まっていたのだろうか?

 長い気もするし短い気もする。どうにかクララに聞こえるくらいの声が出せた。


「ど、どうして?」


 僕の声は震えてしまった。


「ジルは何事も慎重だもの。自分の秘密を軽々しくは話さないわ。それをさほど親しいわけではなかったコレット様にお話することになったってことは、なにかしらのアクシデントがあったからでしょうね。おそらくは夢のことでコレット様と接点を持ったのでしょう?」


 僕はあ然としたまま会場に何も見ていない目だけを向けていた。僕の沈黙を肯定と捉えたのだろう。クララの話は続いた。


「コレット様がジルの夢に精通なさっていたのは偶然でしょうけど、夢が原因で接点を持った。ということは夢はパティ様かしら?

パティ様ははじめはコンラッドと親しくなりたがっておりましたし」


 僕はそっと隣を見た。微笑をたたえ僕を責め立てている様子はない。


「わたくしにまで内緒になさったのはマーシャにはパティ様のお気持ちを知られたくなかったのかしら? ね?」


 クララはそう言って笑顔でこちらを向いた。僕は素直に頷く。だって、もう………。


「ご、ごめんね、秘密にして。マーシャとパティリアーナ嬢が拗れると外交にも関わるからって」


 僕は思いつく言い訳を重ねようとしたが上手く頭が回らなかった。


「ふふ。そうね。女同士は怖いから。みんなはシンシア様とマーシャの時に実感なさっているものね」


 口に手を当てて鈴のように笑うクララ。

 この人はいったいどこまで受け止めているのだろうか。僕はどこまでもこの人の掌にいるのかもしれない。


「わたくしが板挟みにならないように慮ってくださったのね。ありがとう」


 クララは「ありがとう」と笑顔で軽く頭をさげた。だが、上を向いた顔は真剣だった。僕は思わず姿勢を正した。

 

「でもね、ジル。わたくしはいつでもあなた側にいるわ。だって、わたくしはあなたの妻になるのですもの。あなたが他の者に秘密にしなさいとおっしゃれば、わたくしはそれが親友のマーシャであろうと秘密にします。

それが、わたくしの覚悟と………」


 クララはまた会場の方へと向いてしまった。僕はクララを見つめたまま言葉を待った。


「わたくしの覚悟と愛ですわ」


 クララは頬をほんのり染めた。だが、いつものように俯いたり恥ずかしがったりはしない。クララの決意が伝わる。


 僕の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。僕の変化に気がついたクララが慌てて僕の腕を引き会場の壁際へ連れてきた。


 僕はずっとクララを守っているつもりでいた。でも、いつの日からかはわからないが僕は見守られる側だったようだ。それはなんと幸せなことなのだろう。僕は女神に守られている喜びが溢れるように涙を流してしまっていた。


 会場ではコンラッドたちのダンスが終わり多くの生徒たちがホールへと向かっていった。


 やっと落ち着いてきた僕を優しく見守る女神。その背を壁に添わせ誰にも見えないように女神に永遠を誓う口づけをした。



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次回最終話です。

最後までよろしくお願いします。

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