第7話 お気に入りの場所
『本当にステキな場所ですのね』
『こちらはわたくしとだけの場所にしてくださいませね』
目眩とともに起きた僕はダルさが抜けないまま顔を洗いに向かった。僕は支度をしながら考えていた。
あの場所は最近はマーシャと使っていると聞いている。
「そろそろ寒くなるし二人には違う場所を見つけてもらおう。ふぅ……」
ため息が出てしまうのは許してほしい。
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支度が終わり食堂室へ向かう。途中で執事が待っていた。アレクシス兄上に頼んでいたものを受け取った。
そこには十名ほどの紳士の名前が書いてあった。そして、一番下にはメモのように兄上からのメッセージがあった。
『隣国から娶っても問題のない者を選んでおいた』
つまり、本来はもっとたくさんいるということだろう。僕のまわりはみんな婚約者がいるので少し驚いた。
それをカバンにしまいカバンは執事に預けた。
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「おはようございます」
食堂には母上とティナがいたので挨拶をした。
「バージル兄様。お具合でも悪いの?」
ティナが心配そうに声をかけてきた。ティナにはまだ今回のことを相談していない。兄上も父上も女手が必要ならティナを使えといいながらティナに話した形跡はない。先日、母上はご存知だということは確認済みだ。
「なんでもないよ。元気元気。それより、今日は図書館に急がなくていいのかい?」
僕のからかいにティナが素直に反応した。
「なっ! お兄様! 余計なことはおっしゃらないでくださいませ」
ティナは真っ赤になった。
「あら? 毎朝早く行くには理由があったのね。ふふふ」
母上が嬉しそうに笑う。ティナは僕を睨んできたが妹が顔を赤くして睨むなど可愛らしい以外に何と思うのか。
「ウォルはしばらくは教授のお手伝いですわっ!」
「そうなのか。まあ、最近はランチも一緒にしているからそれでいいんだろう?」
僕はニヤニヤしてからかった。パティリアーナ嬢に紹介を受けてから僕とコンラッドは生徒会室でランチをしている。パティリアーナ嬢は、マーシャ、クララ、コレッティーヌ嬢とランチをしているのだが、セオドアとウォルは、監視ということで食堂室でとることになった。
「二人で食べるより自然に見せられる」
ウォルの意見で、ウォルとティナとセオドアとベラの4人でランチを楽しんでいるのだ。僕たちは『監視』は言い訳で、『逢瀬』を楽しんでいるのだと思っている。ちょっと羨ましい。
「まあまあ! ウォル君と仲良く楽しんでいるのね。いいことだわ」
母上の笑顔にティナはさらに赤くなった。
「バージル兄様!」
ティナは口を尖らせて拗ねていたが、僕と母上は笑いが止まらなかった。
「もうっ!」
ティナが拗ねれば拗ねるほど食堂には笑いが溢れた。
〰️
ティナとともに馬車で学園へ向かう。到着した際にティナに話しかけた。
「ウォルもセオドアも今日は生徒会室でランチをとることになりそうだ。すまないがベラにも伝えておいてくれ」
僕の笑顔のお願いにティナは快く頷いた。ベラはセオドアの婚約者でティナとは同級生でクラスメイトだ。
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昼休み。生徒会室で早々にランチを終わらせて話し合いを始めた。
「結構なメンバーだな」
紳士名簿を見てコンラッドも感心していた。
「このメンバーなら隣国の王家に紹介しても恥ずかしくないですね。さすが、アレクシスさんですね」
ウォルはコンラッドから名簿を受け取り、隅々まで見ていた。セオドアはそれを脇から覗く。
「うわぁ、このメンバーでは、騎士団連中では太刀打ちできないな。違う回にしてやってくれよ」
セオドアは騎士たちの未婚についてはかなり本気で考えているようだ。
「そうですね。人数とかどうしましょうか?」
ウォルの問に僕たちは顔を合わせるしかできなかった。
しばらくしてコンラッドが口を開く。
「僕たちでは女性の気持ちはわからないなぁ」
「そうだよね。まず、パティリアーナ嬢の積極性もわからないし」
「コンラッドに挨拶させろってマーシャに言ったんだろう? 積極的に決まってるだろう?」
セオドアの意見になんとなくみんなも頷いた。だが、だからどうしたらいいかわからない。
「女性としての意見はやはりほしいところですね」
ウォルはそう言いながらも眉を寄せた。ウォルは宰相を目指している。ということは、ティナは宰相夫人になるわけだ。宰相夫人なら外交をすることもあるだろう。なら、隣国王女と難しい関係にはできればならせたくない。
と、僕は閃いた!
「僕の母上に相談してみたらどうだい?
母上なら今回のこともご存知だ」
「おっ! そういえば、ベラがティナと演劇を見に行くと言っていたな」
セオドアの言うそれは僕もウォルも聞いていた。ティナたちが出かける日に合わせて母上に相談することになった。
「あ、そうだ。コンラッド。お昼のあの場所にはもう行かないでね。念の為」
僕は今日からコンラッドの代わりにそこへ行くつもりだ。
「えぇ! マーシャとの大事な時間なのになぁ」
コンラッドは首をガクッとさせた。それを見たセオドアとウォルが眉を寄せた。そして、低く恐ろしさを感じさせる声でコンラッドに語りかけた。
「コンラッド。ずっと一緒にいられるのは君たちだけだって説明しましたよね?」
「そうだぞ。コンラッドみたいに婚約者をニタニタしながらずっと見つめてるヤツなんてなかなかいないぞ」
セオドアの言葉にコンラッドは顔を上げた。
「俺、コンラッドの後ろの席だろう。毎日、コンラッドの視線に呆れてるんだよなぁ」
セオドアの細めた目にコンラッドは狼狽えた。
「ですね。僕もマーシャの後ろの席なので、コンラッドの視線には気がついていましたよ」
ウォルの追い打ちにコンラッドは仰け反った。
「「昼休みくらい我慢しろよな(してくださいね)」」
コンラッドは再び首をガクッとさせた。
セオドアに学生食堂へ行ってもらいマーシャにも今後はあの場所には近づかないようにと伝えてもらうことになった。
〰️
僕は大きく息を吸って覚悟を決めてその場所へと向った。まだ誰の姿もなかった。
僕は噴水脇のベンチへと腰を下ろし少し俯きかげんで肘を膝に置いていた。僕とコンラッドは従兄弟同士なので、遠目であるとか見慣れていないとかであれば結構似ているのだ。
コンラッドとマーシャはシンシア嬢の事件が解決してからよくここで逢瀬をしているようだ。昼休みが二時間あるので、食事の後、どちらが誘うでもなくここに来るという。どちらかに用事ができて会えないことももちろんあるが、それはお互い様なので気にしないらしい。それほど仲睦まじいのだろう。
しばらく待っていれば後ろから声がした。
「あっ………」
やっぱり来たか……。僕はため息交じりに立ち上がって振り向いた。
と、そこにいたのは、コレッティーヌ嬢だった。お互いに唖然として声にならない。しかし、コレッティーヌ嬢はハッと我に返り僕の腕を引っ張った。
「とにかく! こちらにっ!」
コレッティーヌ嬢に引っ張っり連れて来られたのは木の茂みの奥で誰からも見えなそうな場所だった。僕は狼狽えた。
「え? あ、あの……?」
「シッ!」
コレッティーヌ嬢は僕を全く見ずに人差し指を口に当て僕に静かにしろと命令した。僕は訳がわからなかったので素直にそれに従った。
コレッティーヌ嬢の目線の先は先程まで僕がいたベンチだった。そこへ、女子生徒がやってきた。パティリアーナ嬢だった。
「わたくしが先に対応いたしますわ。ボブバージル様はあちらの方に回り込み、わたくしとは違う方向から現れてくださいませね」
コレッティーヌ嬢は僕の返事を待たずにそのベンチへと向かって行った。
〰️
わたくしが噴水前のベンチへと参りますと、そこにいらっしゃったのは、コンラッド王子殿下ではなくボブバージル様でした。ボブバージル様と二人でポカンとしてしまいましたが、わたくしにはパティリアーナ様に注意するというお仕事がございますの。
いくらも待たずに、パティリアーナ様がいらっしゃいました。わたくしはわたくしだけで問題の解決ができれば僥倖だと考え、ボブバージル様には後から登場していただくようにお願いしました。
ボブバージル様と打ち合わせもなく、パティリアーナ様と対峙することにいたしました。
ベンチの近くまできたパティリアーナ様はキョロキョロとしていらっしゃいました。わたくしは木の陰から出てパティリアーナ様へ笑顔を向けました。
「パティリアーナ様。このようなところで何をなさっているのですか?」
パティリアーナ様はわたくしを見ると親の仇にでもあったようなお顔をなさいます。わたくしは貴女様のご両親のお味方ですわよ。
わたくしは淑女としての笑みを消さずに話しかけます。
「あ、あなたには関係のないことですっ!」
パティリアーナ様は声を荒げます。
「パティリアーナ様。校舎へ戻りましょう」
「わ、わたくしはここで人に会うのです!」
あー、やはりそのつもりでしたのね。パティリアーナ様はわたくしの目をご覧になりません。やましい気持ちがある証拠。『目は口ほどにおしゃべりさん』ですわね。
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