第137話 月明かりの下で
「……どうだった?敵情視察は」
暗く静まりかえった部屋の奥から、重厚感のある声が響き渡った。
すると、わずかに漏れる月明かりに照らされ、問い掛けられた者の姿が闇夜に映し出された。
「うるさいよ。お前がだらしないから、僕が出張る羽目になったんだからね」
ファルカンは美しい顔立ちに酷薄そうな笑みを浮かべつつ、部屋の奥に向かって静かに歩き始めた。
「トリスト、いい加減に僕との契約を履行してくれないかな?」
ファルカンは部屋の奥へとたどり着くと、トリストの前のソファーにどさっと腰掛け、片肘をついて拳を頬に当て、尊大な様子で言い放った。
すると対するトリストが苦虫を噛み潰したような顔でもって言った。
「そうしたいのは山々だがな。どうもこの話、星の巡り合わせが悪そうだ」
するとファルカンが鼻でせせら笑った。
「今更何を言っているんだい?まさか契約を破棄できるとでも思っているのか?」
「互いの了解があれば出来るはずだが?」
「ならば不可能だ。僕は契約を破棄するつもりはない。速やかに履行してもらおう」
「厄介なことだ。お前も『あれ』と戦えばわかると思うがな」
するとファルカンの目が鋭く光った。
「『あれ』……アリオン=レイスか……」
「そうだ。あいつは厄介だ。何と言ってもあのコピー能力……侮れん」
「僕も侮ってはいないよ。だが、それほど強く警戒もしていない」
「ほう、何故だ?」
「確かに彼の能力は厄介だろう。それに頭も切れるようだ。だけど……」
ファルカンはそこで一旦言葉を止めると、悪魔的な微笑を口元に湛えた。
「僕をまったく警戒していない」
すると今度はトリストが悪魔的に口角をグイッと上げて笑った。
「上手いこと謀ったか。お前らしいな」
「当然だよ。僕は誰にも警戒されていない。ジトーにもね」
「ジトー侯爵か。あれも中々に厄介だ。特にアリオン=レイスと組むとなると厄介極まりない」
するとファルカンがクイッと顎を上げて、眉根を寄せて言った。
「何故ネルヴァ=ロキとレイナ=ベルンを殺しておかなかった」
トリストは深いため息を吐いた。
「あれほどの手練れだ。こちらに引き入れれば強力だろうと思った」
「そういう手立てがあるのか?強制的に配下にするような方法が」
「ある。だがそれには時間が掛かる。捕らえ、じっくりと染めていくのだ」
「ではアリオン=レイスには使えないな」
「捕まえた後なら可能だろうが、それまでが厄介だからな」
するとファルカンが月明かりを見上げ、苦々しげに呟いたのだった。
「少し様子を見よう。時が満ちるまでじっくりとね。お前も傷を癒やす時間にするといい」
ファルカンはそう言い捨てるとスッと立ち上がり、トリストに一瞥も喰らわせずに静かに去って行った。
残されたトリストは忌々しげに月明かりを睨み付けて言った。
「せいぜいそうさせてもらおう。だが傷が癒えたその時には……」
トリストはそこまで言って口をつぐみ、異様なまでに口角を上げて笑うのであった。
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