第12話

「シャノバさんは、今日はどちらで寝泊まりするんですか?」


 喫茶店を後にし、俺とルアンは食後の散歩がてら街中を歩く。

 ミューの店で美味しいコーヒーだけでなくケーキまで堪能し、話も盛り上がったので辺りはすっかり夜になっていた。


「自分の家があるからな。いつもそこで寝泊まりしてる」


 ルアンの問いかけに、俺は当然そうしている答えた。

 召喚獣は全員、リージョンゲームをするための空間が創造できる。その派生で、別空間に自分の住居を構えるのが当たり前になっていた。

 助けた人間や世界各国からの支援もあるので、食事はもちろん、ホテルや旅館を利用の援助を受けて寝泊まりしている召喚獣もいる。だが、自分好みの住居を造れるがゆえに、人間と同じように家を借りたりどこかに宿泊している者は少数派だ。


「もし良かったらなんですけど……」


 回答を聞き、ルアンは視線を外しながらおずおずと話す。

 何か気になることでもあるのかと、俺は聞き逃さないように耳を傾けると。


「き、今日、私の家に泊まりませんか!」


 顔を真っ赤にしながら叫ぶように言った。


「べ、別に変な意味はないです。ただ、これから一緒に行動していくパートナーとして、二人だけでお話して、シャノバさんのこともっと知りたいな……って……」


 最後は尻すぼみになりながらも、思っていることを伝えてきたルアン。その話を聞いて、俺は人差し指で自身の頬を掻く。

 人間として死んだ十八歳の頃であれば、青春真っただ中なので期待と恥ずかしさに俺も赤面したかもしれないが。召喚獣となってから、さらに十二年生きてきた年数を足すと、俺の精神は充分な大人の男。

 まるで少女漫画の主人公を見ているような気分に、俺はむず痒い感覚を味わいながら口を開いた。


「俺が寝泊まりできる部屋があるなら、別に構わないぞ」

「も、もちろんです。お屋敷のように広すぎる住まいは好きではないので普通の一軒家ですが、来客用のお部屋もあるので、問題なくお泊りいただけます!」


 緊張しているのか、変な口調になるルアンに俺は苦笑する。

 女性が自分の家に男性を誘うと聞くと大人の関係を想像しがちだが、ルアンの様子を見る限り、本当に親交を深めようとしているだけだと感じた。


「わかった。それならルアンの家にお邪魔させて貰おうか」

「は、はい。すぐにご案内しますね」


 緊張しながら自身の空間への入り口を作ろうとするルアンの背を、俺は微笑ましく見つめ。

 ルアンが人差し指を伸ばして小さく回すと、大人が余裕で通れるサイズの陽炎のような丸い境界面が出現した。


「ど、どうぞ中へ」


 まだ仄かに顔を紅潮させているルアンに促され、先に空間に足を踏み入れる。


「へぇ、自然豊かな場所だな」


 直後、俺の目の前に広がったのは、夜の森に囲まれた二階建ての木造建築だった。


「人間だったときに、自然豊かな施設で育ったので、こういう場所だと落ち着くんですよね」


 自分の家に帰ってきて緊張が解れてきたのか、ルアンは落ち着いた声音に変化してきた。


「そういえば、ルアンは召喚獣になってからどれくらい経つんだ?」


 俺は十八歳のときから数えてちょうど十二年経っているが、ルアンが何歳で亡くなり、どれくらいの期間、召喚獣として過ごしているか聞いていなかった。

 見た目と年齢が比例しないのが召喚獣では当たり前なので、言動から自分より歴は短いだろうと予測していたが。


「人間としては二十年。召喚獣としては八十年過ごしてますね」

「は、八十年!?」


 合計すると、ちょうど百年。足しても三十年である自分より遥かに長く生きているルアンに、自分の価値観が狂う。

 獣界は地球レベルに広く、獣人口も多いので様々なタイプの召喚獣がいる。もちろん、精神年齢は人間でも個人差はあるが、まさかそんなに年齢差があるとは予想外だった。

 外見や言動だけだと、ルアンはどう見積もっても高校生くらいにしか見えない。

 カルチャーショックを受けた俺に、ルアンは不思議そうに首を傾げた。


「ミューのリージョンゲームより衝撃的だな」

「そうですか? 年齢や年月はただの数字ですから、私は気にしたことありませんが」


 生きてきた年月を知るだけで、若さ故の無邪気さだと思っていたルアンの発言が、達観した年長者の重みのある発言に聞こえてくる。

 いやそもそも、召喚獣に寿命はないのだから、年齢や年月なんて自然と意味を失っていくのはもっともだった。


「どうぞ。紅茶を用意するので、座って待っててくださいね」


 木の扉を通り、案内されたのは一階のリビングダイニング。

 四人掛けの木製テーブルと椅子があり、料理好きなのか、奥にあるキッチンには様々な調理器具や食器が置いてあった。

 入り口の横にある大きな窓からは夜の森と、木々の間から見える月と差し込む月明かりが綺麗に見える。

 まるでルアンの心象風景を映したような風景と家に、落ち着きと安らぎを感じた。


「シャノバさんって、獣界ではどんな過ごし方をしてたんですか?」


 淹れて貰った紅茶のティーカップを傾けた俺に、ルアンが問いかける。

 喫茶店で三人で話したときは、ほとんどミューとルアンの思い出話が展開された。

 お陰でルアンがそこそこ天然かつ、わりと大胆な性格であることは確定したが、 逆に俺のことはあまり話さなかったので、ルアンとしては気になったのだろう。


「召喚獣になったときは、自分が異世界転生モノの主人公になった気分だった。見た目が変わって、人間を遥かに上回る身体能力や〈わらしべ〉も使えるようになって。気のいい友達もできたから、『修行だ』なんて言って、戦いのセンスや技術を高め合ってたな」


 召喚獣の友人たちも、人類の危機の際に降臨したはずだが、全員世界中に散らばって降り立ったため、未だに誰一人として会えてはいなかった。


「魔物も魔王もいないから、獣界は平和だったろ? だからリージョンゲームが刺激的で、自分を鍛える意味も含めて、いろんな召喚獣のゲームに挑む日々だった」


 マンガを読み漁っていた少年が、ファンタジーの世界に生まれ直したら、思う存分楽しむために積極的に行動するだろう。それを地でいった俺は、自身のリージョンゲームに魔物のアバターを造り出し、自ら戦って倒すということも繰り返していた。

 人類の危機で降臨した際、誰よりも本物の魔物と効率的に戦闘を行えていたという自負もある。


「けど、いざ人間を助けに地球に来ても、あまり召喚されなくて自ら魔物を探しに行って倒していたから、正直モヤモヤした気持ちはある。人間も召喚獣も、誰かに必要とされるのは嬉しいからな」


 召喚獣であるがゆえ、誰かに召喚して貰わなければマナが増えず、百パーセントの力を発揮できない。召喚時点でどんな能力を保持しているか不明な〈わらしべ〉がデフォルト能力である俺は、頼られる機会が少なく、腕を存分に振るうことができなかった。


「だからこそ、獣王になって召喚契約を復活させたいんですね」

「それも理由の一つであるって話だな。でもやっぱり元人間だからこそ、人間たちを助けたいっていうのが一番の本音だな」


 獣王によって召喚獣全体の召喚契約は破棄されたが、強制的に獣界に戻されたり、人間との交流を禁じる権限がなかったのは不幸中の幸いだ。

 未だ残る魔物を放置して、すべてを人間に任せるという事態になっていたら、人類は滅亡するかもしれない。獣王が実力行使による暴挙に出なかったのは、獣界が権力者による独裁体制ではなかったお陰だ。


「まるでヒーローに憧れる子供みたいな動機だけどな」


 そう言って自嘲気味に笑う俺に、ルアンは優しい目を向け。


「動機はなんだって良いじゃないですか。誰かを助け守ることができるなら、素敵なことですよ。そんなシャノバさんの思いに共感できたからこそ、私も夢を叶えるお手伝いがしたいと思ったんですから」


 どんな理由であろうと、あなたの志す目標は誇れることだと背中を押してくれた。


「ありがとう。ルアンにパートナーになって貰えて、本当に良かった」


 嘘偽りのない心からの感謝を告げ、俺は笑みで目を細める。

 何かを成し遂げるのに、一人では時間も労力もかかることは理解していたが、最悪そうなっても頑張ろうと決めていた。

 自分の夢を手伝ってくれる召喚獣は、きっと現れないと思っていたからだ。

 しかし、たった一人でも共に道を歩んでくれる仲間ができたことで、胸が熱くなるほど心強さを持てるようになった。


「ルアンはどういう人間だったんだ? 召喚獣なってからのことは聞いたが、人間だった頃の話は喫茶店ではしなかったからな」


 ルアンが召喚獣になってからは、人間のときと変わらない平穏な日々を過ごしていたらしい。

 ミューが獣界にある街に住んでいたので、よく街には出かけていたようだが、基本的には自分の造った空間の中で農業をしたり、獣界の山や森を散策していたそうだ。

 獣界では、街に住む派と自分の空間に好きな住居を創造する派が半々に分かれていた。

 俺は刺激を求めるタイプだったので、空間内に住居を構えつつ旅をする、バックパッカーのような生活を送っていた。


「私の生まれは日本だったんですけど、両親を亡くして独り身で貧しかったので、二十歳になる前から働いてましたね」


 現代から数えて何十年も前となると日本も発展途上なので、経済的に豊かになりつつあったが貧しい者も多かったのだろう。

 俺が人間として生まれるよりかなり前の話だが、ルアンはまるで昨日のことかのように語り続けた。


「けれど、頑張りすぎて倒れてしまったんです。元々体がすごく弱かったのもあり、働いているときに意識を失って、気づいたら召喚獣になってました。若いと思ってまともに食事も摂らずに無茶し過ぎました」


 若さ故の過ちとでも言うように、ルアンは苦笑しながら少しだけ俯いた。


「死んだらあの世に行くと思っていたのに、召喚獣として二度目の長い生を貰って、仲の良いお友達もできて。少しだけでしたけど、人間を助けることもできたので、これも運命だったんだと思います」


 一転、顔を上げて柔らかく微笑む少女の姿に、俺の胸は熱を帯びた。

 お互いに若いうちに人間としての生を終え、召喚獣として生まれ直し、また故郷の地に帰ってきた。

 人間として生きていた時代は違えど、似たような境遇と思いを持っているルアンに、俺の抱く親近感はさらに向上した。


「もちろん、人間だった頃も素敵でしたよ。子供の頃は親戚のおばさんが育ててくれたんですけど、とても優しくて時に厳しくて。それでも本当の親のように接してくれたので居心地が良かったです」


 短い人生ではあったけれど、決して不幸ではなかったと、ルアンは穏やかに頬を緩めた。


「だから早くに死別することになって、おばさんがその後どうなったかだけが気がかりですけどね」


 ルアンの瞳が微かに悲しみに濡れ、遠い日の思いを忘れられない少女の面影を覗かせた。


「今からでも会いに……って、悪い……」

「いえ、大昔のことですから、気になさらないでください」


 俺は言いかけて間違いに気づき、申し訳なくなって目を伏せる。

 召喚獣になって八十年経ったということは、育ての親はすでに他界しているはず。その後、あの世に逝ったのか召喚獣になったのかは不明だが、生きている相手に巡り合うことはない。配慮に欠けた発言に、俺は失態を演じたと己を恥じた。

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