第11話

『私のリージョンゲーム、楽しんで貰えたみたいだね』


 ゲーム屋台、食事屋台のすべてを制覇し、夏祭りを最大限に満喫した俺たちに、天からミューの声が届く。

 シメのリンゴ飴を舐めていた俺とルアンは、おもむろに空を見上げ、満足感に包まれた笑みを浮かべた。


「ああ、すごく楽しかったよ。ゲームはもちろん、美味しい物もたくさん食べられたしな」


 俺は手にしたリンゴ飴を天に向けて軽く上げ、リージョンゲームとしても夏祭りとしても楽しめたことをアピールする。


「やっぱりミューはすごい。こんな素敵なものを用意してくれて、ありがとう」


 ルアンも感謝の思いを口にし、初めて体験した夏祭りに思いを巡らせるように、境内や屋台に視線を送った。直後、


「そんなこと言われると、嬉しい反面、照れちゃうな」


 真後ろから届いたミューの声に、俺とルアンは振り返った。

 どうやらリージョンゲームの空間から、現実空間に瞬時に移動させられたようだ。

 ミューの背後に広がるビルやコンクリートの街並みに、俺は地元に帰って来たような感覚を覚え、都会の空気を大きく吸い込んだ。


「今まで挑戦したリージョンゲームの中で、一番スリルと興奮を味わえたよ」


 正直な感想を述べた俺に、ミューはさらに顔を赤く染め。自分のとっておきを褒められ、嬉しいながらも気恥ずかしい気持ちいっぱい、と言うように体をモジモジさせた。


「そ、それじゃあ約束どおり、私と能力を交換しよう」


 気を取り直したミューが、俺に向けてスッと右手を差し出してくる。

 その手は小さく華奢で、人間の女の子と変わらなかった。


「本当に、交換しても良いのか? 俺が獣王を目指している以上、さらに他の召喚獣に能力が渡ってしまうんだぞ?」


 俺にとっては能力交換は当たり前の行為だが、他の召喚獣にとっては自分の一部を切り離すに等しい。

 事前に約束していたとはいえ、本当に後悔はないのかと、最終確認を行ったが。


「私のリージョンゲームを達成したら渡すって約束だし、〈アナライズ〉の能力のほうが何かと面白そうだから大丈夫だよ。私の〈フリクション〉が、一時的でもシャノバさんの力になるならそれで充分だから」


 ミューはあっけらかんとした笑みで、さらに手を伸ばして譲渡の意思を示した。


「わかった。ありがたく受け継がせて貰うよ」


 俺も右手を差し出し、ミューの手をしっかりと握り。頭の中で能力交換のイメージを作り上げると、自分の中から何かが出ていき、引き換えるように熱が入ってくるのを感じた。


「これで能力交換終了だ」


 見た目にはなんの変化もないが、感じたことのない性質のエネルギーが体の内側から湧いているのが実感できる。

 ツルツルとした氷とザラザラとした砂が擦れ合うような奇妙な感覚だが、これがミューの〈フリクション〉の本質なのだと、本能的に能力が理解できた。


「へぇー、これが〈アナライズ〉かぁ」


 物珍しいメガネをかけたように、ミューはさっそく能力を発動して、俺とルアンをじっくり眺める。


「ルアンって本当に人間の女の子みたいなステータスなんだね」

「もうっ、気にしてるんだから口に出さないでよっ」


 からかうミューに、ルアンは恥ずかしそうに抗議する。

 仲睦まじい二人のやりとりに、俺も微笑ましい光景にほっこりして目を細めた。


「じゃあシャノバさん、ルアンのこと、よろしくお願いしますね」

「もちろんだ。俺のパートナーだからな。ルアンの親友に叱られないようにしよう」


 丁寧に頭を下げるミューに、俺は拳を自身の胸に重ねて誓いを立てる。

 人間の頃は短い人生だったので何も成せなかったが、召喚獣としての身体と能力があれば大きなことも成せる。

 受け継いだ力と意思を抱いて仲間を守る。それが俺の使命の一つになったことを、しっかりと心に刻んだ。


「私も、まだまだ足りないところがいっぱいあるので、足手まといにならないよう頑張ります」

「ほ、ほどほどにな」


 意気込むルアンに対し、能力で屋台をぶっ飛ばした姿を思い返した俺は表情を引きつらせた。


「そうだ。私の能力の使い方を教えておくね。〈フリクション〉は応用範囲が広いから、どんなことができるか事前に知っておくと良いと思うんだよね」

「確かにな。自分でいろいろと実験するのも楽しいが、能力の元持ち主が伝授してくれるなら、それに超したことはないな。ぜひ頼みたい」


 ミューの申し出を幸いと、俺は快く受け入れる。

 ベテランが素人に直接レクチャーしてくれるのと同義。いくら能力との相性が良く素養があろうと、長年の経験を重ねてきた者のほうが上手く扱えるのは道理。

 ルアンはミューの能力について知っているだろうが、ミュー以外が〈フリクション〉を使うのに興味津々なのか、子供のように瞳を輝かせていた。


「〈フリクション〉は摩擦力を調整する能力。摩擦力を最大にして物質を動かないようにしたり、最小にしてツルツル滑るようにもできるよ」

「どの程度まで調整できるんだ?」

「摩擦係数は任意の指定範囲を好きな値に変更できるよ。ただ、指定した地点から直径二十メートルの範囲までだし、自分から遠いと能力が届かないから気を付けてね」

「百聞は一見に如かずだな。ちょっと使ってみるか」


 ミューの講義を聞いて、俺は落ちていた葉っぱを拾い、能力を発動させて地面に水平に投げる。

 すると、緑色の葉はコンクリートの凹凸が無いかのようにスーッと滑り、二十メートルほど移動するとブレーキをかけたように止まった。


「なるほど。ルアン、そこにある小石を俺に向かって投げてみてくれないか?」


 俺はもう一つ確かめようとパートナーに頼むと、ルアンは足元にあった小石を拾って放り投げた。

 すると、小石は俺に当たる寸前で見えない壁に阻まれたように止まり、コロンと音を立てて地面に転がった。


「すごいね。教えてないのに、空気の摩擦力を上げて防御に使えることにも気づいたんだ」

「摩擦力を上げれば、物体の動きを止めることができるだろ? だったら、空気の摩擦力を最大にして壁状にすれば、物質を通さない最強の防御壁が作れると思ってな」

「シャノバさんって頭良いんだね。攻撃には使いにくい能力だけど、防御には使い勝手がいいから、上手いこと扱ってみてね」


 ミューは感心したように何度も頷き、イチオシと言うように人差し指を立てた。

 彼女は攻撃に向いていない思っているようだが、俺の脳内では攻撃に転化する手段がすでにいくつか浮かんでいる。

 これも〈わらしべ〉で、数々の能力を使用してきた俺だからこそ、応用力が自然と身に着いた結果だ。


「能力について他に何か聞きたいことはある?」

「〈フリクション〉は自分や他人に掛けることもできるのか?」

「もちろん。摩擦力が発生するモノであれば、生物も無機物もお手の物だよ。ただ、足元に使うとバランス取れなくて転んじゃうからオススメはしないけどね」

「わかった。後は使いながら覚えていくよ。レクチャーしてくれて助かった。大切に使わせて貰うよ」


 苦い経験でもあるのか、ミューはアハハと頭を掻きながら注意を促し、俺は苦笑しながらお礼を言う。

 百聞は一見に如かずが終われば、あとは習うより慣れろが肝心。この能力とどれくらいの付き合いになるかはわからないが、存分に活かし次の召喚獣に託そうと心に決めた。


「そういえば、私とルアンはしてるけど、二人はもう召喚契約したの?」


 能力の説明を終え、ふと思いついたようにミューが尋ねてくる。


「まだしてないな。離れて行動することは多くないだろうが、パートナーになったから個別契約しておくか?」

「そうですね。必要になる機会もあるかもしれませんしね」


 俺はルアンに振り返り契約の締結を問うと、ルアンは快く受諾する。

 通常、召喚の契約は人間と召喚獣が行うもの。だが、個別契約に関しては、召喚獣同士でも結ぶことが可能だ。

 戦闘時においては、喚び出した側のマナが喚び出された側に譲渡されるので行われることは滅多にないが、友人や仲間同士で集まるときに使用されることはある。

 獣界も人間界も広い。広大な地で集合場所を決めて会うより、どちらかが召喚すれば一瞬で邂逅できる個別召喚は、仲の良い召喚獣同士では当たり前の習慣となっていた。


「最近はなぜか強力な魔物は出なくなったけど、用心に超したことはないからね」


 ミューも後押しするように推奨してきた。

 【決別の日】より以前は、放置しておけば数日で街を破壊し尽くすような魔物が頻繁に出没していた。それこそ召喚獣数人で一緒になって討伐しなければ倒せないような魔物も多かった。

 しかし最近は、召喚獣なら単体でも倒せるレベルの魔物しか現れない。

 〝嵐の前の静けさ〟と言う者もいれば〝敵の戦力は風前の灯火〟と言う者もいた。


「じゃあ、召喚紋を刻むぞ」

「はい。私もお送りしますね」


 俺とルアンは互いに同意して、指先にマナを込め、空中に自分の召喚紋を描く。

 狼と兎をイメージさせる紋様。互いにそれを綿毛を飛ばすように前へ飛ばすと、それぞれの胸の中に吸い込まれていった。


「さて、まだ陽は出てるが、この後どうする?」


 昼前にリージョンゲームに挑み始め、出てきたのが午後三時。昼食には遅く、夕食には早い微妙な時間だ。


「美味しい食べ物は、屋台でたくさんいただいたので、お茶でもしながらお話しましょう」

「それなら、うちのお店で三人でお茶しようよ。うちのマスターが入れるコーヒーは絶品なんだから」

「あれだけ美味しい食事を提供してくれたミューが言うなら間違いないな。ぜひ味わわせてくれ」


 ルアンの提案にミューが乗ると、俺も心躍らせながら三人で喫茶店の扉をくぐった。

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