第25話:また明日へ向かって
それからご飯を一緒に食べて、ごちそうさまでした。
お夕飯中もひたすら質問攻めに遭っていた尊花さんの姿は流石に可哀想とは思っていた。わたしの手には負えないというか、このテンションのお母さん(自分のじゃない)にはついていかない。だから次第に疲れていく尊花さんを尻目に、オムライスを食べていた。
そんな時間も過ぎ去り、お腹いっぱいのわたしたちは先ほどと同じくリビングのソファーで腰を下ろしていた。
なんか、友だちみたいだなぁ。
改めて思う。本当に尊花さんと友だちになったんだなーって。
語彙力の欠片もないことだけど、友だちなんて恐れ多い。それこそ尊花さんだから。というのが根強く残っていたから、今でも違和感がすごい。
「美味しかったなー……」
幸せそうな顔で夕飯の味を噛み締めている尊花さん、かわよ!
こっちまで幸福に満ち溢れてくる。
はっ! これが幸福のおすそ分けということか?! 多分違うと思うけど、尊花さんとお隣さんって、どんなご褒美だよ。最高だよ!
まぁそれはさておき。わたしだって肝心なことを忘れているわけではない。
時間はおおよそ19時。宵のトバリさんが姿を現す時間帯になってきた。
女の子1人で夜道を帰らせるわけにはいかない。だったら、わたしの答えはひとつだ。
「尊花さん、時間大丈夫ですか?」
「んー、そろそろ帰ろうかなー。ありがとね、夕飯までごちそうになって」
「いいんですよ。いい話がいっぱい聞けましたし」
キッチンの方から声が聞こえる。さては聞いてたな?
「送りますよ」
「えっ?! いいよ! 美鈴ちゃん風邪引いたんだからじっとしてなきゃ!」
「大丈夫です! 尊花さんが看病してくれたおかげで、元気になりましたし!」
「で、でも……」
陰キャは言い訳が得意。なのでどんな屁理屈だってこねられるんだぞ!
そのチカラの一端をご覧いただこうか!
「今日は早く寝ますから! それに尊花さんをひとりにしたら悪い人に襲われちゃいますよ!」
主にわたしとか。
「そ、それを言ったら美鈴ちゃんだって……」
「わたしは小さいから視界に入りません」
「そういう問題じゃ……」
尊花さんがごもった。よし、今がチャンスだ!
触れない程度に身体をズイっと乗り出す。視界は尊花さんでいっぱい。幸せ気分を噛み締めながら、最後の屁理屈を叩きつけた。
「わたしが心配しているの、嫌ですか?」
「そうじゃないけど……うぅ……」
へっへっへ。わたしも恥ずかしいけど、尊花さんだって言い逃れできないはずだ。
顔を赤くして顔を伏せる尊花さんもかわいい。多分わたしの顔も赤くなっているけれど。
「わかった……。でも! 駅までだよ!?」
「はい!」
わたしだって攻めようと思えば攻められるんだ。
とはいえ、今ので100あったメンタルが50ぐらいまで減った気分。
陰キャが陽キャの真似事をすると、体力を使う。超当たり前。
尊花さんの判断が変わらないうちに素早く送りオオカミの準備をする。
髪はぼさぼさだし、ちょっと身体洗いたいけど、ちょっとの間だけだし大丈夫か。
着替えてから、靴を履いてお母さんに報告。彼女も良しと言ってくれた。
「……なんかいい感じに乗せられた気分」
「あはは……」
実際尊花さんが心配なのは間違いない。
ただ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけムキになったんだ。
『相沢美鈴』だったから。という呪詛に抗いたかっただけ。
だってそうじゃん。人間は誰しも自分を自分として認知してほしい。
他の誰でもなく、自分として見てほしい。
陰キャでも陽キャでも、きっと同じ。わたしの場合はもっと特殊なケースだっただけで。
少しだけ不機嫌そうに口をへの字に曲げている尊花さんを見て、少しは『わたし』という存在を刻み付けることができただろうか。と思案する。
変な独占欲だ。こんなの、ない方がいいに決まってる。でも推しに認知してもらいたいって気持ちも相まって、非常に頭の中が混沌としていた。
「無理してないよね?」
「してないですよ。尊花さんのおかげで体調が良くなったんですから!」
「あはは。私、何もしてないよ?」
尊花さんはさも当たり前なことをしていると思っているのだろうか。
それが大いなる間違いであることを教えてやろう。ふはは!
隣を歩いている彼女の目を見て、わたしは口にする。
「そんなことないです。尊花さんがそばにいてくれたから元気になったんですよ!」
「……そっか」
これもムキになってると言えば、そうなのかもしれない。
でもこれは本当の気持ち。感謝の気持ちはちゃんと口に出したい。言えるタイミングで、こう。いい感じな雰囲気だったらなおのこと。
こういう空気感じゃないと絶対言えないよ、こんな恥ずかしい事。
「なんというか。たまに破壊力高いよね、美鈴ちゃんって」
「へ?」
はてな? なんのこっちゃ。
破壊力どころか、攻撃力カンストの、通常攻撃が即死攻撃の委員長がそれを言いますか。
「前から思ってたけど、アイドルらしくないよねって話!」
「えへへ、そうですかぁ?」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「いえなんでも~」
アイドルらしくない、か。それは褒め言葉ですなぁ! フフフ……。
『相沢美鈴』じゃないってこと。要するにわたしが『わたし』として生きているって誇りに他ならない。
ほかならぬアイドルとしての相沢美鈴を知っていた彼女から言われることが、一番の幸せだった。
「ねぇ、美鈴ちゃん」
「なんですか?」
「……いま、楽しい?」
奇妙な質問、でもないか。活動を休止したのは1年ぐらい前。
つまり『何か』があって、芸能界をやめたって思い込んでいるはず。
実際なにかあったというか、中身の人が変わったんですけども。
でも、『わたし』として言うのであれば、間違いなく……。
「楽しいですよ!」
こう答える。
「……そっか。よかった!」
きっと踏み越えてはいけないラインがいま目の前にある。
どうしてそんなことを聞いたのか。尊花さんにも何か考えがあったんだと思う。
分かっていて、踏み越えようとは思わない。だって怖いし。
「あ、もう駅だー!」
「ですね。尊花さんとはここでお別れですね」
ちょっと寂しい。思っていても口にすることはない。
でも尊花さんはそんな些細な寂しさも吹き飛ばす一言を知っていた。
わたしに声をかけて、それから……。
「また明日、学校でね!」
手を振って改札機を通っていく。
また明日、か。うん、そうだよね。
「はい、また明日!」
尊花さんが見えなくなるまで手を振って、別れを惜しむ。
惜しんだ別れは、また次の明日につながる。
「なんか、いいな。また明日って」
学校は怖かった。特に高校は。
でも尊花さんの、まゆさんのおかげで一歩ずつ前に進めている気がする。
よし! また明日、頑張るぞ!
軽い足取りで、わたしは明日に向かって歩き始めるのだった。
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