【完結】駒井くんと100人のヤンデレさん達。

吉武 止少

第1話「ルールを説明します」

「ルールを説明します」


 変声器によって男女すら分からなくなった声に起こされ、駒井・走は重たいまぶたを開けた。

 目に刺さる蛍光灯の光から逃げるように身を起こせば、そこは見知らぬ一室だった。保健室などで使われていそうなパイプベッドを除けば室内は殺風景だ。

 リノリウムの床に新品のランニングシューズが一足置かれているだけで、後は出入口であろう扉しか存在しない。


「貴方のこれまでの言動を分析した結果、貴方がクズであることが判明しました」


 唐突な侮辱から始まった説明に思わず顔を顰める。


「誰がクズだ誰が」

「良いですか? 付き合った人数は1000人越え。行為の回数も付き合った人数分ぴったり。筋金入りの処女厨で一度ヤッたら即さよならなんてのはクズ以外に形容する言葉がありません」

「俺はその時その時で真剣に恋愛してたぞ?!」

「行為に及んだ時点で恋愛対象から外れるのがおかしいんです! っていうか真剣でもクズはクズです!」


 ぴしゃりと言い切られれば、返す言葉もなかった。走としては至極真面目に恋愛をしているつもりではあるが、まっとうかどうかを訊ねられれば答えに窮するのだから当たり前である。

 こほん、と咳ばらいをした声は、落ち着いたトーンに戻る。


「そこで、貴方を真人間に更生させるためのプログラムを発動します。貴方の手首を見てください」

「……おお? 腕時計……いや外せないし手錠か?」

「それは『鍵』です」


 スマートウォッチよろしく、近づければ認証されるタイプの鍵だと言う。


「この都市には100人の女性がいます。全員、過去に貴方が捨てた女性です」


 嫌な予感が走を襲うが、声の主は構わず説明を続けた。


「都市の出入口は特殊な機械で封じてありますが、解錠用のカードキーが入ってるかも知れない手提げ金庫を貴方の元カノたちに配布しました」

……?」

「ハズレもあります」


 走がごくりと生唾を飲み込んだところで、声が続ける。


「この都市にいる100人は全て貴方との復縁か復讐を望んでいます」

「は?」

「彼女たちは貴方との復縁だか復讐のためにその後の人生をなげうつ覚悟をした人達。いわゆるヤンデレです」

「ちょっとまって?! 真人間に更正させるってのはどこにいった!?」

「貴方に対して地球より重たい愛を抱いている女性たちばかりなので、この中から真実の愛を見つけて真人間になってください」

「ハァ!?」

「ヤンデレ達には手提げ金庫の他に婚姻届けも持たせていますので、この人は、と思ったら署名してあげてください。――提出は脱出してからになりますけどね」


 一方的に言いたいことをいった声がブツリと切れた。

 代わりに、打ち込み合成であることが丸わかりな声が響く。


「この部屋は5分後に毒ガスが散布されます。急いで退去してください」

「何なんだよ畜生ッ!」


 だいたいほぼ自業自得なのだが、走は悪態を吐きながら急いで靴を履いた。服装はティーシャツにスウェットのズボン。寝間着だが、運動に不向きというほどでもない。


「……とりあえず金庫の中身だけ確認させてもらえれば」


 魔性のカリスマとでも言えば良いのか。走はとんでもなくモテる。

 街を歩けばナンパされ、目線が合えば惚れられて、会話をすれば告られる。その姿はさながらチョウチンアンコウと光に引き寄せられる哀れな魚の如く、何人もの女性が走の毒牙に掛かっていた。

 加えて、走は自ら告白をするだけの行動力があった。

 今まで告白に失敗したことはない。下手をすれば、出会って五分で交際なんてことすらあった。


 未知のフェロモンが出ていると言われれば、思わず信じてしまいそうなほどのモテ具合である。


 芸能人やモデルよりも整ったルックスに、聞くだけで女性をうっとりさせるような声。おまけに高身長で身体能力もかなり高い。

 今までは夜の運動会でしか活躍しなかったが、走れば振り切れるだろうし体力だってなかなかのものである。

 夜の運動会で徹夜のフルソンが可能な体力は伊達ではないのだ。

 女性で苦労をした経験が碌にない走は楽観的な思考とともに靴を履き、つま先でトントンと床を叩いた。


「残り3分です」

「あー、はいはい。出ます出ます」


 ドアノブに手を掛けようとしたところで、再びブツリと音がして声が入る。


「おおっと。靴は装備しないと意味がないぜ」

「馬鹿にしてんのか!?」


 明らかにおちょくるためだけの放送に怒鳴り返しながらも、走は部屋の外に出た。

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