夏休みの日本旅

白い扉

第1話 旅の始まり

 なぜ多くの人はあんなにも楽しく生きていられるのだろうか。

 なぜ多くの人はなにかに打ち込むことができるのだろうか。

 なぜ多くの人は失敗しても笑っていられるのだろうか

 俺にはそれがわからない。それができればもっと人生が楽しいものだったのだろうか。

 俺には人生を楽しむだけの力がなかった。なにかとびぬけた才覚もなく周りの環境も良いと感じたことはなく家族との仲も良くない。

 こんな人生を送り続けてなにか意味があるのだろうか。少なくとも俺は意味を感じることが出来なかった。 

 だから俺は自殺してこの人生を終えることにした。



 俺、池田裕は夕日が山に隠つつあるこの時間に近くにある六階建ての廃ビルの屋上に来ていた。

 理由は一つ、自殺するためだ。

 夏休みに入り行動を決断し、近くで飛び降りを誰にも邪魔されない場所を探してこの場所に来た。

 屋上から見える夕日は俺には鮮やかな赤色はなくまるで灰のような色に感じていた。

 遺書も書いて机の引き出しに入れた。別れを告げたい友達もいない。この世界に思い残すことは何も残っていない。

 最後の夕日が沈み暗くなろうとした時、俺は飛び降りようとした。

 その瞬間

「死んだらダメだ」

と、言う声と共に服の襟をつかまれ引き戻された。

 脱力した体が何もない所から床の上へと戻っていた。

 何があったのかと周りを見るとそこには一人の制服を着た彼女がいた。

 俺が行っている学校の制服を着ていた彼女は肩までかかる黒い髪が夜風になびいていた。

「何でとめるんだよ。俺の知らないやつが」

そう冷たく言い放った。

「少なくとも私はあなたを知っている。ずっとあなたを見て来た」

 そうは言うが俺は彼女を始めて見た。どこかで会っていたとしても俺にはわからない。

 そう考えていると

「まああなたが私のことを知らないのは無理ないかな。そんなことはどうでもいいから行きたいところあるからほら行くよ」

と、言いながら俺の手を引いていった。

 家の前まで来ると彼女が

「旅に出るから用意してきて」

彼女の言葉にあっけにとられた。

「旅ってどこに行くんだよ」

俺の問いに

「日本中のどこか」

と、彼女は答えた。

 結局わけのわからないまま用意をさせられ親には手紙を置いていった。

 用意が終わり外に出ると彼女は足早に駅へと向かった。

「旅に出るってお金はどうするんだよ」

「その心配は大丈夫」

彼女はそう一言残して新幹線の切符を買いに行ってしまった。

 彼女を待つ間、周りの人を眺めていたが

「何であの時無理にでも飛ばなかったんだろうな」

まだ心の中には死にたいという気持ちが残り続けていた。

「ごめんお待たせ」

と、言いながら彼女がこちらに来た。

「それでどこに行くんだ」

俺が聞くと

「秘密」

と、嬉しそうに笑いながら人差し指を口の前で立てていた。

 俺は行き先やお金の不安を持ちながら新幹線へと乗り込んでいった。

 新幹線の中で彼女は窓側の席でずっと外を見ていた。俺は持ってきた何度も読み続けた小説を読んで過ごした。

 気が付くと彼女が降りる用意をしていた。いつの間にか寝ていたようだ。

「もう着くのか」

「うん、次の駅で降りるよ」

彼女がそう答えたので俺も降りる用意を始めた。

 降りた駅は熊本駅と書かれていた。

「ここって熊本だよね。九州の」

「うん、そうだね熊本だね」

「何でここなの」

「ここに私の知り合いがいるの。それでその知り合いが色々助けてくれるみたいで」

などと喋りながら俺たちは熊本駅の外へ出た。

 外に出ると真っ暗だった。時間を確認すると夜の十一時になろうとしていた。

 これからどうするのかと彼女に聞こうとしたとき

「あ、いたいた」

一人の大学生くらいの男が近づいてきた。

「針川さん、お待たせしました。これからよろしくお願いします」

彼女の言っていた知り合いとはこの人のようだ。

 針川という人の車に乗り、この人の家へひとまず向かった。

 車の中で

「池田裕君だったかな。彼女から話は聞いているよ。今日は一旦内に泊まって明日また今後について話すよ」

針川さんが話すが俺には一つ気になることがあった。

「すみません、針川さんと彼女はどうして知り合いなんですか」

俺の問いに

「八月に入る直前で夢に公園で座っている人が見えて何か意味があるのかと思ってその場所へ行ったら彼女がいたんだ。そこで事情を聴いて今に至るかな」

針川さんの答えに俺は納得はできなかったがそれ以上は聞かなかった。

 針川さんの家につくと針川さんが料理を作ってくれそれを食べてお風呂に入りその後用意してもらった布団で寝た。

 次の日、朝食の匂いで目が覚めた。寝ていた部屋をでてリビングへ向かうと

「おはよう、池田君。ご飯できてるから食べてね」

と、朝食を食べながら、言ってきた。

「ありがとうございます」

と、言いながら席について

「頂きます」

と、一言言い食べ始めた。ご飯は美味しく体が元気になるような和食だった。

 朝食を食べ終わり、彼女もそろったところで針川さんが

「じゃあ今後の予定を教えておくね。まず今日この後は町で旅に必要なものを買う。そして飛行機に乗ってまずは北海道にでも行こうか」

そう話す針川さんを遮り俺は

「どうして初対面の俺たちにこんなにもよくしてくれるんですか」

俺の言葉に針川さんは

「一人の若者を助けるためかな。死ぬことは簡単だ、だがそれはもっと他人に迷惑をかけて世界を見てからでも遅くないんじゃないかな」

そう答えた。

 俺にはその時、言葉の意味がよく理解できなかった。それに気づけたのはあの少年を助けた時だった。

 話が終わり町で買い物を済ませた俺たちは空港へ向かい飛行機に乗って北海道へと向かって飛んで行った。



 

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