第22話 ビッグマウスの末路

【鶴橋SIDE】



「親父、何だよこれ...」


「どうしたって言うんだよ、三郎」


二人の男が三郎を見て泣いている。


2人とも鋼の様な体に短髪の金髪。


甘いマスクをしており、知らない人間が見たら【ホスト】や夜の仕事をしている様にしか見えない。



父である五郎は2人に事のあらましについて伝えた。



「それで親父どうすんだよ! この県から出て行くって事は他県に行くと言う事だろう」


「それだけでもどうにかならないんかな、俺と兄ちゃん親父と三郎の為にこの家を建てたんだからな!」



「ああっだが、もうどうにもならない、弁護士立ち合いの元に書類を書いて、俺は退職届を書いた」



鶴橋三兄弟。


ボクシングが好きな人間なら誰しもが知っている。


長男の一郎は、ライト級の世界チャンピオン、派手なパフォーマンスから男女共に人気がある。


今現在は防衛を8回しており、自分ではキングオブキングスを名乗っている。


最もボクシングでそれを名乗って良いのはヘビー級だけなのだが、強気な一郎は「俺がやればヘビー級チャンピオンも秒殺だ」と言い張り、止めない。


最もこの強気な態度が、マスコミにも人気なのだが。



二郎。


現在は一郎が持っているチャンピオンとは別の団体のランキング6位。


少し前まで東洋チャンピオンだったが、返上して本格的に世界王座を目指し始めた。


近く、兄弟チャンピオンが出来るんじゃないかともっぱらの噂だ。



「だがよ、親父これ明かに反則じゃないのか?」


「兄ちゃん、確かに、俺も同感だぜ」



「ああっ確かに俺も疑ったが、グローブをつけたのはうちの部員だ、外した後もちゃんと確認した」


「親父、確かかか?」


「ああ、間違いない」


「いや、親父証拠がある」


「だから、証拠はない」


「いや、ある、世界チャンピオンの俺でもこれは出来ない、それが証拠だ、俺に出来ない事がガキに出来る訳が無い」


「そうだな、これは兄ちゃんも俺にも出来ないな...確実な証拠だ」


「いや、だが」


「親父は黙っていて良いよ、俺たちがどうにかしてやる」


「そうそう、後輩と弟の敵討ちはしてやんよ」



二人は頭に血が上っていた。


後輩の葛西に大切な弟がスクラップの様にただ病室で寝ていた。


《許さない》それしか考えていなかった。


では、どうすればこうなるのか?


それを考えなかった。


グローブの下に石を握り込もうが、鋼鉄製のナックルを入れてもこうはならない。


その事が後でとんでもない悲劇に見舞われるとはこの時二人は思っていなかった。





その日茜は浮かれていた。


天城翼が外見だけでなく、中身までもが自分の理想に近い事が解ったからだ。


《どう考えても、あそこ迄鍛えられた体をした翼さんが弱い訳ないだろう...でも此処までとはね》


茜はヤンキーなので1に外見....2に強さ、実にヤンキーらしい少女だった。


つまり、その二つがあれば、あとは馬鹿だろうがどうでも良い。


もし、他を加えるなら車がバイクが好きであれば尚よい、そんな感じだ。


いつもの様に翼が座るベンチで話を始める。


ピンクの特攻服に晒しを巻いて、自慢の長い金髪は風に流れる様にサラサラ。


彼女にとっては、恋愛の勝負服だ。


「翼さんは何時も此処にいるんですね」


「気がついたら習慣になってね」


「そうなんですか...まぁ私も最近はこの辺りを散歩するのが日課です」


こんなしおらしい茜を見たら京子は驚く事だろう。


完全に猫を100匹位被っている。


「だから、よく逢うんですね、何時も話し相手になって貰って助かっています」


「そうですか? 私、迷惑になってませんか?」


「はははっ、迷惑なんてそんな、茜さんみたいな美人で綺麗な人が話し相手になってくれるんですから嬉しくてしかたないですよ」



茜は外見は本当に綺麗だ。


実際に【特攻小町】【血みどろ天使】なんて呼ばれる事もあり、雑誌に写真も良く載る。


但し、ヤンキー雑誌、一番新しい写真は、お地蔵さんの首を叩きおり「仏上等!」と書いてある写真だ。


まぁ、こんな性格だから、彼氏は未だ出来た事は無い。



すべての女性が綺麗に見える翼から見ても、その中でも物凄い美女に見える。



「私って、そんなに綺麗ですか、だったら」




「兄ちゃん、ちょっと顔貸してくんない」


「あんっ、てめー今...あああっん!」



《ヤバイじゃん、此奴鶴橋の兄貴...じゃん》



「あのさぁ、今俺は、茜さんと楽しく話しているんだけど? あんた誰」


何だ此奴急に、敵意剥き出しで。



「知らねーわけ無いだろうが? ボクシングしていて俺知らない奴は居ないよな?」


「本当に知らないが」


「おい、二郎、挑発に乗るな、初めまして天城翼くん...俺の名前は鶴橋一郎、そいつは二郎だ、知らない訳無いんだろうがあえて名乗ってやるよ」


「それはご丁寧に」


「それで、お前さ、確かに弟はやんちゃだったよ! お前を虐めていたし、金もとったかもしれねー、そして親父は《やり返さないのが悪い》そういったんだろうな、だがな、一生をぶち壊す必要はないだろう」



「逆に言うが、試合で怪我しても文句言うのか? あんたら見た感じ格闘技やってそうだが」



「何処までも馬鹿にするのは止めたまえ、横にいる女を見れば解る、お前みたいな不良が虐められているわけ無いだろうが」


「私は関係ないだろうがーーーっ、お前の弟は最低の人間だって有名だ、嘘だと思うならその辺の学生に聞けばわかるよ」



「ああ、知っているさ...だがな俺は程度の事を言っているんだ、殴って怪我した、それ位なら文句は言わないがあれは無い」



「茜さん、有難いけど少し静かに、あのさぁ貴方達が鶴橋の関係者、多分兄弟なのは解った...だけど俺はあんた達の言う所のストレート1発しか出して無い、それで怪我してなんで文句言われる訳? しかもちゃんとした試合だ」



「一発だと!嘘いうな」


「もういいや、送って行くから、茜さん帰ろうか」



「待てよ! お前...そうだ試合ならリベンジ受けるとか言ったらしいな? それは俺ら相手でも言えるのか?」


「まぁな...だが、今は受けたくはない」


「逃げるのか?」


「それは無いな...受けるのは構わん、だが今は嫌なだけだ」


「もし、逃げるなら、お前の横の女がどうなるか解らないぞ」


「茜さんに手を出す気か?」


「お前も、その女も不良だろうがーーーっ喧嘩もしないで何が《喧嘩上等》なんだ」


「なっ...」


うん、確かに茜さんの服に書いてある...だけどこれファッションじゃ無いのか?


大人気ない、仕方ないな...やれやれだ。



「茜さんに手を出されちゃ困るから、聞くよ、俺はどうすれば良いんだ?」


「ジムにきて試合しろ...それで良い」



「解った、その代わり勝っても負けてもこれで終わりにしてくれ」


これは前にこいつ等の親父が言ったんだ、俺が同じ事言ってもよいだろう。


「勝てるつもり? いいぜ」



「それじゃ、茜さんまた明日」


「おい、翼さん、駄目だってこいつ等、ボクシングの」


「此処からは男の話しだ、いつも奢ってもらって悪いから、明日はそうだ、俺が飯でも奢るよ」


「本当?」


「約束だ」


「解った」


《しゃーないな、男って言われたら顔たてなきゃな、まぁ怪我していたら気遣ってあげればよいし...負けて悲しんでいたら慰めてやりぁ良いか...このガタイだから大怪我はしないだろう》


「それじゃ、また明日」



「女とのお別れもすんだみたいだな、行くぞ」


「解った」



【大橋ボクシングジム】



「会長、ちょっとリング借りるわ~」


「おい、相手はプロじゃ無いんだ、手加減しろよ」



「解った、解った、なぁ、兄貴、そんな事しないよな?」


「まぁちょっとこの子供に世間の厳しさを教えるだけだ」



大橋ボクシングジムはまっとうなジムだから本当はこんな事はしない。


だが、ジムの看板二人に《ならやめる》といわれりゃ許すしかなかった。


しかも、デビュー戦を控えた葛西まで潰されたから、心情的には大橋会長も腹はたっていた。



「まぁいいさ...兄ちゃん、まぁ、少し痛い目にあって反省するんだな」



「ああっ、この書類に、あんたと二人がサインしたら、ちゃんと受けてやるよ」



「何だ、この書類、兄ちゃんプロ気どりか? どれどれ、まぁ、真っ当な契約書だな」


これは北村弁護士が用意してくれた物だ。


もし次、同じような事があったら事前に書かせるように言われた。


たいした内容じゃない、簡単に言えば《ルールに則って試合したら、怪我しようがお互いにお金の請求はしないし、責任は無い》


そういう内容が法律的に書かれている。


流石の北村弁護士もまさかこうなるとは思っていない。


ただ鶴橋の父親が何かすると思い、用意した物だ。


この間の様に証言をする人が集められない可能への配慮らしい。


「会長、内容に問題は?」


「ねーな、ようは試合だから怪我しようがどうなろうが自己責任、弁済は一切しないってこった、此方もこれなら都合が良い」


グローブやトランクスは貸してくれるそうだ。


案外悪くない。



お互いにサインしたから、これで問題にされる事は無いだろう。



「お前、やっぱりプロ格闘家なんじゃないか?こんな物まで用意して」


「違う、お前の弟のやり方が酷いから弁護士が用意しただけだ」


「そうかよ、まぁ良いや、これでお互い問題無く戦えるな」



「ああっ、それでどっちからやるんだ?」


「兄貴はチャンピオンなんだぜ、俺からだ、というか、俺で終わりだ」



「大した自信だな」



そのまま、リングに立った。


いちゃもんが怖いので、鞄の隙間からスマホで録画もセットしておいた。


これも北村さんの指示だ。



プロだと言うのだからちょっと位は強いのかも知れない。


俺が前いた世界にも拳闘士というのが居た。


酒場でよく素手で殴り合って金をとる者から、ナックルをつけて冒険者として活躍する者まで色々だ。


この世界には冒険者になる者は居ないから...此奴は多分ショータイプの拳闘士なのだろう。


多分酒場にいたクルーガーみたいな奴だな...彼奴はよく「俺の拳はドラゴンすら殺す」と言っていたが眉唾だ。


精々がゴブリンを殴り殺せる位だ。



「俺のいるリングに上がるとは良い度胸だな兄ちゃん」


「何だ、その構えは」


明かに顔を防御しているが体はがら空きだった。



「兄ちゃんは知らんかもしれんが、俺はボディーの強さには定評があるんや」


「なら、良い」




「始めるぞ」



リングが鳴った。



自信があると言うのだからボディーを殴っても良いだろう。


そのまま腹を殴った。


「そんな物...うがっああああああああっ」



「おい、大丈夫か? 早くカウント」


様子を見て、タオルが投げ込まれた。


「うがぁぁぁ...痛てぇぇぇぇぇーーーっ」




そのままリングから二郎は運ばれていった。



「彼奴大丈夫か?」



「彼奴もボクサーだ、大丈夫な筈だ気にしないで良い、舐めていて力抜いた瞬間にラッキーパンチが当たったんだろう、だが誇って良いぞ、彼奴は世界ランカーだからな...まだやれるか?」



「まぁ一発殴っただけだからな」



「そうか、なら俺が相手してやろう、俺はやる気は無かったんだが、三郎、二郎とやられちゃやるしかないな」


「強いのか?」


「ああっ、俺はチャンピオンだからな、世界で一番強い」



「そうか、なら少しは楽しめそうだ」



「ほう...余裕だな」



そのまま一郎はリングに上がった。


「はぁ、まさか二郎が負けると思わなかった、それじゃいいな」



どう見ても強そうに思えないな、多分クルーガーみたいにショーの為にビッグマウスなだけだ。


そう言えば、まだ攻撃を受けた事は無かったな。


まぁ、喰らう価値も無いな、こうも遅くちゃ意味がない。



俺は軽くパンチを繰り出した。


びちゃっ  グローブが掠り顔が切れた。


そのまま手加減してがら空きの腹に手加減してパンチを繰り出した。



「ぐえぇぇぇぇぇぇっ」


盛大に吐きながら蹲っている。



大橋会長がタオルを投げ込んだ。


これで終わりって事だろう。


俺はそのまま近づいて「約束ですからもう俺に構わないで下さいね」そう伝えて俺はリングを降りた。




「おい、いや、天城君だったか? ボクシングに興味ないか?」


拳闘の事か?


戦う拳闘なら興味はあるが、ショービジネスにはうんざりだな。


こんなに弱いのに【世界一】を名乗るなんて痛すぎる。


多分、八百長でもしてカッコ良く見せるのかな...俺に役者みたいな事は出来ないだろう。



「余り、興味ないな...参考までですが、稼げるんですか?」


「ああっ君なら稼げる...その甘いマスクにその実力、直ぐにチャンピオンだ」


「どの位?」


「億万長者だ」


無理だな、俺にあのお芝居は出来ない。


八百長やりながら演技するなんて無理だ。


だが、無碍に断るのもな...


「考えておきます」そう伝えてジムを後にした。



【大橋ジムSIDE】


「しかし、凄い奴がいたもんだ...チャンピオンと世界ランカーがKOなんて」


「凄いですね」



事務員がけたたましく走ってきた。



「会長、今病院から連絡がありましてすぐ来るようにと」


「解った」



病院に向った大橋会長が見た物は、緊急手術中の2人だった。



「これは一体どうしたっていうんだ」


「貴方が責任者ですか?」


「はい...」


「一体どんな練習していたんですか? 二人とも内臓破裂を起こしています」


「内臓破裂...ボクシングは出来る様になりますよね」


「あんた、何言っているんだ? 一郎さんも二郎さんも歩行困難は確実です、場合によっては寝たきりの可能性もある、複数の臓器が破裂しているんです...特に二郎さんの方はペースメーカーの埋め込みも必要かも知れません...命の保証はしますが、それ以外は諦めて下さい」


「そんな...ああっ」



「此処に運ばれてきて良かった、小さな病院だったら死んでいましたよ、命が助かった事が奇跡です」



「そんな...それじゃボクシングは」



「諦めた方が良いでしょう、今うちの優秀な医者が手術していますが命の保証以外は...言われても無理です」


「あああああっーーーーーーっ」



一郎の世界タイトルの防衛線に、二郎の世界挑戦、二つの違約金。


そして二枚看板の2人の引退に、期待のルーキーを失った大橋ジムは...昔の様な弱小ジムに戻るしかなかった。


大きな怪我なので警察が事情聴取したが...書類があるので問題視されなくなった。


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