第124話 グリース産オンガニール


 再び家へと戻った俺は、自室にこもってオンガニールの実の実食に移ることにした。

 念のための口直しとして、蜂蜜と唐辛子と珈琲を買ってきてある。

 甘さ、辛さ、苦味、全てに対応できる品を揃えた。


 俺はオンガニールの実を袋から取り出し、ライトにかざしながら観察から始める。

 丸々とした青いリンゴのような実。

 匂いはゴブリンの物と同じで、甘酸っぱい香りで美味しそうなんだが……実の味は最低最悪なんだよな。


 大きく息を吐いて覚悟を決めてから、俺は一気にオンガニールの実に噛り付いた。

 シャキッとした触感と共に、鉄のような味とペイシャの森で食べた腐肉の味が口の中に広がる。


 絶対に想像しないようにと心掛けていたのだが、ふとした瞬間にグリースの死体が頭を過った。

 その瞬間に、グリースを直接食べている感覚に陥り、胃からぶちまけるように吐きかけたが――口を思い切り閉ざし、無理やりにでも体内に押し戻す。


 なんとか飲み込んでから、すぐに近くにあった唐辛子を口に入れて、辛みで不味さを消し去ってから、蜂蜜で辛みを抑え込む。


「………………ふぅー。流石に味が気持ち悪すぎるだろ」


 思わずそう呟いてしまうほど、常軌を逸した不味さを誇るオンガニールの実。

 ……いや、不味いというよりも、死体を想像させるような味のせいか。


 グリースの死体を想像さえしなければ、吐くほど不味いということはないのだが、グリースを宿主として育った植物の実の味がこれでは……想像するなというの方が難しい。

 ゴブリンの実は後味が悪い程度だったが、こっちは噛んだ瞬間から何の手も施されていない腐肉のような味がするからな。


 一口大きく食べただけで、この圧倒的な疲労感。

 珈琲を飲みながら気分を落ち着かせ、拒否反応を見せる体を無理やりに納得させてから、俺は残りを一気に食べることを決めた。


 極力噛まずに味わわない。

 飲み込んだ瞬間に唐辛子を口にぶち込む。


 シミュレーションを行ってから、俺は残りのオンガニールの実を全て口の中に押し込んだ。

 できる限り心を無にしながら、口を両手で押さえながら必死に飲み込み、すぐさま唐辛子を口へと放った。


「……………………………………………んぐっ」


 人生で一番長いと感じた一分間だったが、なんとか食べきることができた。

 変な汗がダラダラと流れ出ているし、心臓も音が聞こえるぐらい高鳴っている。


 唐辛子の辛みもあるだろうが、それ以上にオンガニールが引くほど不味かった。

 床にへたり込みながら、蜂蜜と珈琲を飲みながら静かに待つ。



 それから一時間ぐらいだろうか。

 ようやく体が落ち着きを取り戻し、平常な思考へと戻った。


 これだけ不味かったからからな……。

 成果なしとかは本気で止めてほしいところだが、こればかりは実際に判別してもらうまで分からない。

 動けるようになった俺は、本日四度目となる教会へと向かった。


 椅子に座り、毎度のように魔力ポーションを飲んでいる神父に声を掛け、能力判別部屋へと移動する。

 それから金貨一枚と冒険者カードを手渡し、すぐに能力判別を行ってもらった。


「ぜぇーはぁー、ぜぇーはぁー。……お、終わりましたよ」

「ありがとう。助かる」


 そう短くお礼を伝え、俺は能力判別が反映された冒険者カードを受け取る。

 ――いつにもなく緊張するな。

 大きく息を吐いてから、俺は恐る恐る冒険者カードをひっくり返して能力の確認を行った。



―――――――――――――――


【クリス】

適正職業:農民

体力  :20 (+85)

筋力  :18 (+102)

耐久力 :16 (+82)

魔法力 :4 (+11)

敏捷性 :11 (+34)


【特殊スキル】

『毒無効』


【通常スキル】

『繁殖能力上昇』

『外皮強化』

『肉体向上』

『要塞』

―――――――――――――――


 

 はぁ? なんだこれ……。

 基礎能力の上昇幅の大きさにも驚くが、それ以上に通常スキルの数が一気に三つも増えている。

 

 喜びというよりも、ドン引きって表現が正しいかもしれない。

 これだけのスキルが、一気に付与されることってあるのか?


 オンガニールの性能は、計り知れないものがある可能性が高い。

 増えたスキルに恐怖しつつも……一気にクラウスの背中が見えた気がした。


「……だ、大丈夫ですか? 何かありましたでしょうか?」


 俺が凄い顔で冒険者カードを凝視していたことで、神父を心配させてしまったようだ。


「大丈夫だ。能力判別助かった。明日は俺の仲間を二人連れてくるから、そいつらの能力判別を頼む」

「えっ? あなたの友人も能力判別を……? それに二人!?」

「心配はしなくていい。俺は明日受けないし、二人は一回ずつだけだ」

「そ、そうでしたか。てっきり二人共に何度も受けるのかと思いましたが……それなら大丈夫です。お待ちしていますね」

「ああ、それじゃ」


 そう言い残し、俺は教会を後にした。

 ここからは家に戻り、有毒植物の摂取をしようと考えていたのだが……話が変わった。

 

 実践で使えるかどうか試すために、外に出てスキルの試し打ちを行いたい。

 今まではほとんど身体能力だけで戦っていたが、スキルが使えるようになったのなら、更に戦術の幅は広がってくる。


 教会を出て街の外へと向かう道中、スキルが複数手に入った恐怖心は薄れていき――徐々に楽しみという気持ちが増していく。

 俺は頭の中で色々なことを考えながら、インデラ湿原の手前の平原を目指して歩を進めたのだった。

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